ほろ苦いティラミス
「さあ、おいしいスィーツを作りましょう。」
ロザリアは手際よく、新鮮な卵を割り卵白を泡立てる。
美味しいお菓子を作る至福の時間の始まりだった。
「さ、あとは寝かすだけね。」
ロザリアは氷室にティラミスを入れる。
「お帰りになられますか?」
控えていた護衛の騎士が声をかける。
「ええ。」
ロザリアは素直に頷き、少し粉のかかったエプロンをはずし外に出る。
「あんら~き・ぐ・う。」
月の離宮へわたる廊下で出会ったのは巨体を揺らすツーマだった。
ツーマは巨体にふさわしい量の白い布を護衛の騎士に渡す。
「ちょっと持ってなさい。」
ツーマがロザリアの周りを一周する。
「ダメね、いい女になりたいなら身支度ぐらいしっかりなさい。」
そう言いながら、ドレスに付いた粉を払う。
「あの…」
「いい、いい男にはいい女が集まるんだからね。」
まだ口を開こうとしているツーマの言葉をさえぎったのは護衛の騎士だった。
「ロザリア様の護衛の途中ですので。」
そう言って白い大量の布をツーマに付き返す。
「ま、いいわ。」
「お知り合い?」
護衛の騎士の歯切れの悪い言い方にロザリアが尋ねる。
「知り合いといいますか…。」
更に歯切れの悪くなった口調にロザリアは話題を変えた。
「それにしても、すごい布の量ね。ご自分の服を作られるのかしら?」
「おそらく陛下のものではないでしょうか、あの方は陛下のもの以外作られませんので。」
控えめに護衛の騎士が答える。
「あんなにたくさんの白い布?」
最後の何に使うのと言う言葉を飲み込む。
「もうすぐ、前王妃の法要が近いですので、その際の式典の服を作られるのではないでしょうか。」
ロザリアの不思議そうな表情を読み取ったのか護衛の騎士が答えた。
「そういえば、この国は直系王族の忌む儀式は白を纏うんだったわね。」
「はい。」
「ね、でも。白なんて汚れそうじゃない?」
ロザリアは茶目っ気たっぷりに片目をつぶり、護衛の騎士に微笑んだ。
「汚れるようなものつくるもんですか。これだから小娘は。」
ツーマはふんっと鼻を鳴らし、嵐のように過ぎ去っていった。
夜になると執務を終えたリュミエールが当然のように月の離宮を訪れた。
マリアが、くつろぎやすい服を持ち着替えを手伝う。
「腹が減った。」
料理長あたりか、女官長あたりが教えたのか、あきらかにロザリアが何かを持ってくるのを待つ姿勢でいすに腰掛ける。
テーブルに片手を置き、指先で『トントン』と催促をする。
「あつかましい人ですね。」
ロザリアはため息をついた。
「俺は食べるのが専門だ。」
えらそうにふんぞり返る。
軽くロザリアは肩をすくめ、今日作ったティラミスをきれいに器に盛り付けテーブルに出した。
軽めのビスケット生地に、黄みがかった白と上には柔らかい茶色の粉がふりかけられ、豊饒の大地を思い起こさせる柔らかな感触でスプーンがティラミスを受け止める。
「今日のは少しほろ苦い味だな。」
柔らかく、滑らかな食感にリュミエールは舌鼓を打ちながら感想を言う。
「大人の味だと思いませんか?陛下の好きなワインに合いそうだと思って。」
そう言うと、マリアがリュミエールの好む銘柄の赤い液体の入ったグラスを差し出す。
「ワインの味もよくわかっていないお子様に言われたくないな。」
グラスを傾け、たわいもない会話を繰り返す。
会話が途切れたころ真剣な顔でリュミエールはロザリアを見た。
「父を知っているか。」
「前国王?確か前王妃が亡くなられた後、喪に服されたまま隠居されたのでは?」
前王妃が亡くなり、退位してから表舞台に立つことはなくロザリアはもちろん、ここ数年貴族たちですら姿を見たことはない人物だった
「父が舞踏会を開くそうだ。」
苦々しい表情でリュミエールが言った。
数年、表舞台から退いていた人が表に出てくる。
前国王であり、いまだ影響力を持つ人物が・・・何か起こる予感がした。
「表向きは母の法要だ。」
珍しく言いにくそうに一瞬ためらう。
「近親者だけで行う小さなものだといっても国の重鎮は来る。法要後、母の好きだった舞踏会を開くらしい…俺も、宰相も…今日初めて知った。」
リュミエールだけでなく宰相の情報網もかいくぐって予定された出来事に、それだけ隠居したはずの前国王の力が見え隠れするようだった。
「そして、そこで俺の王妃を紹介をするらしい。」
「そうなのですか。」
思わず語尾が震えた。
「参加してほしい。そこで、約束どおり寵姫の任は解く。」
「楽しみですわ。」
ロザリアは微笑んだ。
所詮、側室・・・名前だけの側室。
元の生活に戻るだけだ。
そう思いリュミエールを見る。
「月の離宮をかたづけなくてはいけませんね。」
確認の意味を込めてリュミエールに尋ねた。
「ああ。」
これでおしまい。
そう思うと思わず体が動く。
唇が触れ合うだけの…
「ロザリア?」
初めての行動にリュミエールが顔を真っ赤にする。
「仕返しです。」
なんの仕返しか分からないまま口が動いていた。
K様ご指摘ありがとうございました。




