くちづけのスイーツ
月の離宮と呼ばれるだけあって、窓の外には月の形が美しく輝いている。
マリアが湯気の立ち上るカップを、手際よくテーブルの上に整えていく。
「マリアの入れてくれたお茶は久しぶりね。」
優雅にカップを口につけながらメマリーが嬉しそうに笑った。
そして、琥珀色をした液体をゆっくりと美味しそうに飲む。
「本題に入りたい。」
メマリーの嬉しそうな声とは対照的な、リュミエールの低い声が問いかけた。
「早い男は嫌われるわよ。」
優雅にことさらゆっくりとカップを置きながらメマリーが言う。
リュミエールの眉間に皺がより、王子が少し気の毒そうな表情を見せた。
「お姉様。」
ロザリアも静かに先を進めるよう声を上げた。
「せっかちね。」
途端にメマリーの笑顔は消える。
「マスキンの情報でね…」
そしてメマリーは世間話でもするような気軽さで口を開く。
「マスキン特有の香草が密売されていらしいわ…もちろんこの国で。」
「香草?」
あいまいな表現に再度問いかける。
「一種の麻薬ね、マスキンでも一番厳重に管理されている。そして-金になる。」
小国とはいえ大貴族の娘とはいえない言葉を口にした。
リュミエールとメマリーがしばらく見詰め合う。
「俺に教えてもいいのか。」
先に口を開いたのはリュミエールだった。
「すぐ抗議がくるんじゃないかしら。それとも…戦争?」
軽い調子で、怖いことをさらっと答えた。
「本当は、ロザリアをさっさとつれて帰ろうと思っていたんだけど、なんだかおもしろいことになりそうだから様子を見るわ。」
王子が非難のまなざしを向けるが、メマリーはゆっくりと視線を制する。
そしてお茶についていたスプーンをリュミエールの傷ついた肩に向かって投げつけた。
避けようとすれば、避けれたはずなのにスプーンはリュミエールの肩を直撃する。
「それから、これ以上ロザリアを危険な目にさらせたら。」
言葉を区切る。
「…殺すわよ。」
茶化した様子でメマリーは言ったが、瞳は笑ってはいなかった。
そしてリュミエールの返事を待たず立ち上がり、王子にも視線で立ち上がるように促す。
「そろそろ、夜も更けてまいりましたし、今日はお暇しますわ。」
そして王子を付き従え、堂々とした様子で月の離宮を後にした。
二人が去った後、マリアは事は終わったとばかりにお茶のかたづけをはじめた。
「皆、二人にしてくれないか?」
「どなたとですか?」
マリアが意地悪く尋ねる。
「ロザリアだ。」
リュミエールはむっとした態度で答える。
答えとともに宰相、女官長は立ち上がり『はじめっから姫様と話したいといえばいいものを。』とぼやくマリアの腕をマシが取り部屋から出て行った。
「どうされましたか?」
ロザリアの問いかけに、しばらく無言の時間が流れる。
「俺はお前が好きらしい。」
「らしい?」
唐突に話される言葉に、ロザリアは平静をよそおおいながらも顔が赤くなっていた。
「あの…」
「わかっている。お前の心が俺にないことは…寵妃をやめたがっていることは。」
窓から差し込む月光が、ロザリアの髪にあたり美しく柔らかい光を放つ。
ゆっくり、そうゆっくりとリュミエールはロザリアの傍に行き、ロザリアを立たせた。
そして跪き、ロザリアの手をとり恭しくくちづけをする。
「それでも…………ま、寵妃はやめさせてやる。だが逃げるなよ。」
支離滅裂な言葉を残してリュミエールは執務室から出て行った。
残されたロザリアもただ呆然としていた。
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