でてきたお菓子はフォレ・ノワール
「あれを持ってきてくれるかい?」
そう宰相は近くの若い侍女に声をかけた。
少し宰相と雰囲気の似た侍女は頭を下げる。
「なにかしら?」
ロザリアは適当に相槌を打ちながら、王子達に笑顔を向ける。
「お持ちいたしました。」
しばらく…というほど時間が経たないうちに若い侍女は銀の皿に小さなケーキをのせ戻ってきた。
銀の皿には黒いスポンジに美しく白いクリームが塗られ、赤いサクランボが飾られたお菓子を侍女が差し出した。
「フォレ・ノワールというお菓子らしいですよ。」
宰相が頷きながら説明する。
「黒い森…ね。誰が選んだんですか。」
王子が軽く眉をひそめる。
「私だ。」
リュミエールがロザリアの背後から声をかけた。
「ご無事でなによりです。」
王子が軽く会釈をする。
「せっかくの宴に水を差してしまい申し訳ない。」
リュミエールも王子にすまなさそうな表情で返す。
「いえ、久しぶりに姉と踊ることができ楽しかったですよ。」
リュミエールと王子の穏やかでいて、どこか冷たさを感じる会話が続いていく。
豪華な刺繍を施された上着をまとったリュミエールは、負傷部が見えないことで、事を知らないものが見れば、怪我をしていることさえ感じさせない様子だった。
「さあ、皆さんご賞味ください。」
そうリュミエールは言いながらフォレ・ノワールを進める。
口の中にココアの甘さと、濃厚なクリーム、そしてサクランボの甘酸っぱい味が広がる。
「鬱蒼と茂る樹木が太陽をさえぎり、森の奥までは光が差し込まないと思えるような場所ですら…生命は生きている。」
リュミエールがかしこまった様子で王子に説明する。
「それがなにか?」
王子は突然のリュミエールの言葉に、再び眉を寄せた。
「それを気が付かせてくれたのは、貴方の姉君ですよ。」
そうリュミエールはいい、負傷した腕でロザリアを引き寄せた。
リュミエールたちの会話が聞こえない距離にいる、貴族達の視線をロザリアは感じた。
「…黒い森が王宮だと?」
王子がリュミエールをにらむ。
「まさか。ただ私の中の寂しさを癒してくれる存在だといいたかっただけですよ。」
そうリュミエールは返し、ロザリアの額にキスをした。
「さ、王子。この国を楽しんでいってください。」
そうリュミエールは言い、ロザリアの持つ銀の皿を近くのテーブルに置き、軽い足取りでロザリアをエスコートする。
幾人かの貴族に挨拶を済ませ、リュミエールはロザリアを連れたまま舞踏会を後にした。
舞踏会場の外扉の前には女官長とマシが待っていた。
「痛くないわけはないのにな。」
マシがリュミエールの豪華な刺繍の入った上着を脱がせた。
腕に巻かれた包帯にはうっすら血がにじんでいた。
「王だからな。」
リュミエールが面白くなさそうに返事をする。
「さあ、場所を移しましょう。」
女官長が淡々とリュミエールを促した。
○




