どちらのマドレーヌがお望み?
「何が言いたいの。」
エリザが額に汗を浮かべながらロザリアの顔を覗き込んだ。
木々のざわめきが止まったように感じた。
大きな声ではないが、しっかりしたロザリアの声があたりに響く。
「もともとねメイドが菓子職人のかわりに作ったらしいのよね。」
ロザリアはエリザにもたれかかりナイフを首に当てられたまま。
体は動かない。
「うるさいお姫様。」
黙らせようとしたのかエリザはナイフの柄をロザリアの首を目掛けてふり下ろした。
突然…
動かずエリザにもたれかかっていたロザリアの体が動く。
するり
と、エリザの腕から抜け出しマリアと同じようにためらいなく長いスカートをめくる。
一瞬、白く細い足があらわになる。
足にはマリアと同じく短剣があり、さっと引き抜くと躊躇いなくエリザ手に突き刺した。
エリザの顔が苦痛からか、ロザリアの予期せぬ行動からか、醜く歪んだ。
その間にロザリアはマリアの元へ移動する。
「お疲れ様です。」
マリアが安堵の表情でロザリアに頭を下げた。
「貴方は水の中にしびれ薬を盛ったようだけれど…薬には慣れているのよ。」
ロザリアがエリザのほうを向き言った。
「それに解毒剤を飲んでる分、私に分があったわね。」
何でもないことのようにロザリアはいう。
エリザは突き立てられたナイフを投げ捨て、血を流しながら、木々の中に消えていく。
「あとは、お任せしても?陛下」
ロザリアは土で汚れたドレス姿のまま優雅に腰を折る。
「分かっている。」
やっと到着したマシと騎士達にリュミエールはエリザの後を追うように指示し、騎士達もあわただしく木々の中に消えていった。
厨房でも騎士達の姿やリュミエールの姿に気が付いたのか、忙しさとは別種類の騒がしさが産まれていた。
「ダメね。さすがに動きを封じる程の反撃ができなかったわ。」
ロザリアが土に汚れたドレスを軽く払いながら言った。
「当たり前です。」
マリアも頬を膨らませる。
そして足元に転がる男達を、背の高い靴で踏みつけた。
聞く機会のない、嫌な音が小さくなる。
「鼻の骨…折れたわよ。」
ロザリアが顔をしかめる。
「私の姫様に触るなんて…話を聞かなきゃいけませんしね、口は潰してません。」
マリアが物騒なことをつぶやき続けていたが、ロザリアは無視する。
「ロザリア…いろいろと聞きたいことがある。」
リュミエールが静かに言った。
ロザリアはうなづき、歩き出そうとするが、少し体がふらついている様だった。
マリアがロザリアの肩を支える。
「私のいないところで、困ります。」
駄々っ子のようにマリアがロザリアを小さく攻めた。
「ごめんね。まさかエミリア様との話があんなに時間をとると思っていなくて…」
あまり悪いとは思っていない様子で、ロザリアが謝った。
リュミエールがマリアを退け、ロザリアの肩に手を回す。
「最近、毒に触れていなかったから…情けないです。」
怒りもせず、無言のリュミエールに居心地の悪さを感じてロザリアが口を開いた。
「毒だとわかっていたのか。」
リュミエールは声を荒立てることなくロザリアに尋ねる。
ロザリアは一瞬迷った後正直に答えた。
「ええ、飲んだときにわかりました。だから、大丈夫だと思ったんです。」
ロザリアは、念のため解毒剤も数種類、朝飲んでいたし…入れられた毒の種類もおおよそわかっていたので…
と、言葉を続けようとしたが、その前に膝にリュミエールの手が伸び抱きかかえられていた。
「陛下?」
抱き上げられたことに、思わずロザリアは赤面する。
「そういえば…聞いていなかったな。菓子の意味は?」
リュミエールが声をかけた。
「忘れてください。」
ロザリアが少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「聖女か悪女か…でございます。」
後ろでマリアの声が聞こえた。
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