捨てられたマドレーヌ
「どうして、そう思われるのですか?」
ロザリアの言葉を否定せずエリザが答えた。
ロザリアは自分の着ている質のいいドレスのスカートを軽くつまんだ。
「だって、この格好…なにも言わないなんておかしいじゃない。」
ロザリアの着ているドレスは寵妃としては質素だが、柔らかな生地に繊細な刺繍がほどこされ、首周りには宝石も飾られている。
王宮に仕える侍女であれば、寵妃とは気がつかなくとも、それなりの高位にあるものだとわかるはずだった。
「侍女だと思っているなら、この格好について一言ぐらいあっていいものだと思うわ。」
ロザリアの言葉にエリザは驚く様子もなくうなづいた。
「失敗ですね。」
エリザが軽く言った。
「わざと失敗したのか、失敗したふりをしているのかはわからないけれどね。」
ロザリアも軽く言う。
木々の葉が風に揺れる音、鳥の小さな鳴き声、厨房のにぎやかな声がひどく遠く感じる。
「私、仕事を辞めることにしました。」
エリザが唐突に言い出す。
「どうして?」
ロザリアはいつもより緩慢な動きで尋ねる。
「今の仕事より貴重なものが手に入りそうですから。」
影の薄い真面目な侍女の姿を取り払い、エリザの瞳が妖しく光る。
「寵妃を手に入れることができるなんて、私はついてる。」
そう言ってロザリアの片手で手首を掴む。
「本当に…おてんばなお姫様。」
ロザリアは抵抗することなく、侍女の肩にもたれかかった。
瞼は重く閉じられている。
「こんなお菓子が食べたいだなんて…」
エリザはお盆に載せたマドレーヌをひとかけら口の中に入れた。
「甘い…」
そう言いながら、余ったマドレーヌを投げ捨てロザリアの肩を軽く揺する。
「もう聞こえていないかしら…」
エリザはそう言いながら、お盆に乗せたコップの中の水を植木にかける。
「お菓子の味にはうるさいくせに、水の味は分からない…甘えん坊のお姫様だこと。」
ロザリアの閉じられた瞼を見て、エリザが小さく笑った。
「誰か…。」
エリザが慌てた様子で厨房にやってくる。
「どうしたんだい。」
エリザの顔見知りなのか、侍女の一人がエリザに駆け寄ってきた。
「あの東屋で気分が悪くなったとお嬢様が倒れられてしまって…。」
「ああ、さっき中庭にいた貴族のお嬢様ね。こんなところまできて、迷惑かけるなんて…さすが貴族様ね。」
侍女がため息をついた。
「知り合いのお嬢様なの?」
侍女が面倒くさそうにエリザに尋ねる。
「ええ。だから少し人を呼んで来たいの。他の人に言っておいてくれるかしら?」
「わかったわ。エリザも大変ね。」
そういうと侍女は、近くにいた料理人や侍女仲間達に耳打ちをする。
「これで、誰が来てもおかしく思われない。」
エリザがそっとつぶやきながら、その場を後にする。
「うまくいきすぎてこわいわ。」
エリザが微笑んだ。
普段のエリザしか知らないものがみれば、別人かと思うような表情だった。
エリザとともにすぐに数人の男達が毛布を抱えてやってきた。
「大丈夫ですか。」
男達は心配そうにロザリアに駆け寄る。
「急に倒れられて、お願いします。」
エリザも心配そうにロザリアを覗き込む。
会話だけ聞いていれば、怪しいところなどなにも見当たらない。
けれど、エリザと男達の瞳は妖しく揺らめく。
そして、ロザリアの瞼は閉じたまま…




