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スイーツな王様  作者: 月帆
本編
59/114

捨てられたマドレーヌ

「どうして、そう思われるのですか?」

ロザリアの言葉を否定せずエリザが答えた。

ロザリアは自分の着ている質のいいドレスのスカートを軽くつまんだ。

「だって、この格好…なにも言わないなんておかしいじゃない。」

ロザリアの着ているドレスは寵妃としては質素だが、柔らかな生地に繊細な刺繍がほどこされ、首周りには宝石も飾られている。

王宮に仕える侍女であれば、寵妃とは気がつかなくとも、それなりの高位にあるものだとわかるはずだった。

「侍女だと思っているなら、この格好について一言ぐらいあっていいものだと思うわ。」

ロザリアの言葉にエリザは驚く様子もなくうなづいた。

「失敗ですね。」

エリザが軽く言った。

「わざと失敗したのか、失敗したふりをしているのかはわからないけれどね。」

ロザリアも軽く言う。

木々の葉が風に揺れる音、鳥の小さな鳴き声、厨房のにぎやかな声がひどく遠く感じる。


「私、仕事を辞めることにしました。」

エリザが唐突に言い出す。

「どうして?」

ロザリアはいつもより緩慢な動きで尋ねる。

「今の仕事より貴重なものが手に入りそうですから。」

影の薄い真面目な侍女の姿を取り払い、エリザの瞳が妖しく光る。

「寵妃を手に入れることができるなんて、私はついてる。」

そう言ってロザリアの片手で手首を掴む。

「本当に…おてんばなお姫様。」

ロザリアは抵抗することなく、侍女の肩にもたれかかった。

瞼は重く閉じられている。

「こんなお菓子が食べたいだなんて…」

エリザはお盆に載せたマドレーヌをひとかけら口の中に入れた。

「甘い…」

そう言いながら、余ったマドレーヌを投げ捨てロザリアの肩を軽く揺する。

「もう聞こえていないかしら…」

エリザはそう言いながら、お盆に乗せたコップの中の水を植木にかける。

「お菓子の味にはうるさいくせに、水の味は分からない…甘えん坊のお姫様だこと。」

ロザリアの閉じられた瞼を見て、エリザが小さく笑った。


「誰か…。」

エリザが慌てた様子で厨房にやってくる。

「どうしたんだい。」

エリザの顔見知りなのか、侍女の一人がエリザに駆け寄ってきた。

「あの東屋で気分が悪くなったとお嬢様が倒れられてしまって…。」

「ああ、さっき中庭にいた貴族のお嬢様ね。こんなところまできて、迷惑かけるなんて…さすが貴族様ね。」

侍女がため息をついた。

「知り合いのお嬢様なの?」

侍女が面倒くさそうにエリザに尋ねる。

「ええ。だから少し人を呼んで来たいの。他の人に言っておいてくれるかしら?」

「わかったわ。エリザも大変ね。」

そういうと侍女は、近くにいた料理人や侍女仲間達に耳打ちをする。


「これで、誰が来てもおかしく思われない。」

エリザがそっとつぶやきながら、その場を後にする。

「うまくいきすぎてこわいわ。」

エリザが微笑んだ。

普段のエリザしか知らないものがみれば、別人かと思うような表情だった。


エリザとともにすぐに数人の男達が毛布を抱えてやってきた。

「大丈夫ですか。」

男達は心配そうにロザリアに駆け寄る。

「急に倒れられて、お願いします。」

エリザも心配そうにロザリアを覗き込む。


会話だけ聞いていれば、怪しいところなどなにも見当たらない。

けれど、エリザと男達の瞳は妖しく揺らめく。


そして、ロザリアの瞼は閉じたまま…

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