黒いスイーツ
医務室からロザリアが一人抜け出した頃、王宮の一室ではマスキンとの国境での争いについての会議が持たれていた。
昼間だというのにカーテンを軽くひき、物々しい空気の王宮の一室で会議が行われていた。
会議だというのにテーブルには赤紫色をした魅惑の飲み物が置いてある。
「…では、このように。」
「これだけの武力を持ってすれば、長く続いた争いも今度こそ終わりましょう。」
集まった閣僚貴族たちが口々に話し合う。
「まったく陛下は和平の条約ばかり口にして…」
一人が口を開けば、次々に貴族達の不満があふれ出す。
「和平など。和睦の親書が本物かさえ怪しいというのに。」
「あの田舎者にうつつを抜かし、まったく。」
「そうですな、あんな田舎者に入れあげるとは…ふさわしい姫ならばいくらでもいるものを。」
忌々しそうな声があがる。
マスキンとの争いについて話のはずが、何時の間にか不在のリュミエールの私生活への話へ移る。
名の知れた貴族、地位のある貴族たちが、マスキンとの争いに乗じて、正妃の座をわが娘が射るよう、しいては王の寵愛を受けるべく私欲にまみれた会話へとうつる。
「さて、決済を陛下に仰がなくては。」
「あの若造にか…忌々しいことだ。」
小さな嘲笑が起こる。
「本当に国のことを思っているのは我々ですな。」
延々と続くかと思われた言葉を止めたのは不在であるはずのリュミエールの声だった。
「おもしろいな。」
静かなリュミエールの声が響く。
貴族たちが声の主を探す。
いつの間にか壁に背をあずけ話を聞き行っている姿のリュミエールがいた。
もちろん片腕である宰相の姿も…そこにあった。
「いいお話です。」
宰相も答える。
「本当に国のことを思っているか…争いでどれだけ人が死ぬか。」
「本当に国のことを思っていらっしゃるならご自分で戦いの指揮をとられるのもいいかもしれませんね。」
宰相が冷たく言った。
「余計に人が死ぬな。」
リュミエールが宰相の言葉を流す。
「陛下、いついらっしゃったのですか。」
青ざめた貴族のうちの一人、唯一口を噤んでいたバミュー侯爵が尋ねる。
「最初からだな。あとを頼む。」
宰相のほうをリュミエールが見る。
優しい悪魔のような表情をした宰相がうなづいた。
「お待ちください。」
貴族達がリュミエールにとりすがる。
「私たちは、なにもやましい話は致しておりません。」
震える声で貴族が声を上げる。
「そうだな。話をしていただけだ。国家機密という名のな。」
リュミエールが冷たい声をかける。
「私が話を聞きましょう。」
背を向けるリュミエールのかわりに宰相が返事をした。
「お疲れ様です。」
貴族たちが話をしていた部屋を出ると、そこにはマリアがいた。
「まったく、驚かされる。」
リュミエールは保身術に長けた貴族達が、自分がいることに気がついた様子もなく話続けていたことについてマリアに説明を無言で求めた。
マリアは練り玉をリュミエールに見せた。
「種明かしは姫様がなさると。離宮へ?」
「ああ。」
リュミエールは月の離宮に向けて歩き出した。
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