意地悪な葡萄菓子
ロザリアが 月の離宮に入ってから、周りの目も厳しくなり自由に動くことは難しくなったが、ロザリアの周りは格段に安全となった。
離宮の周りに配置された騎士、頻繁に通うリュミエール。
マリアはロザリアの部屋に花を替えながら嬉しそうな声を出していた。
「姫様がいかに愛されているかと…貴婦人たちは悔しがっておいでです。舞踏会で姫様の美しさも証明できましたし。今まで忘れられた側室。醜女。……いろいろ言われていましたがザマーミロです。」
破天荒なロザリアを静止することの多い侍女のマリアが嬉しそうにいう。
「愛されてないし、契約よ契約。」
ロザリアが指摘する。
「周りから、そう思われていることが大事なんです。姫様が美しいことさえわかればいいんです。」
今にも踊りそうな勢いでマリアが言った。
「見た目なんて化粧でどうとでもなるじゃない。」
ロザリアがつまらなさそうにかえす。
「見た目は喧嘩では一番大切でございます。」
マリアが断言する。
紅茶を飲みながらロザリアはマリアの嬉しそうな声を聞き流した。
「結局、舞踏会では怪しい人物は?」
「きなくさいのはたくさん。一番怪しい人物は尻尾さえ感させませんでした。というのが感想です。」
予想していた言葉にロザリアは微笑みさえ浮かべる。
「私の命も安く見られたものね。」
「あと、先日おっしゃったマスキンの関係者、軍会議に出席した中ではそれらしい人物はいませんでした。けれど間者がいるらしいという事は噂になり始めていました。」
リュミエールが言った言葉に嘘はないようだとロザリアは確認する。
「私はお菓子があればよかったのに。」
どんどんと面倒臭くなっていく。
「本当に。私は姫様を美しく着飾ることができれば、それで良かったのですけれど。」
「ゆっくり穏やかな生活…。」
ロザリアがため息をついた。
「二年で終わりましたね。」
マリアも同意する。
「ま、いいわ。取り合えず、売られた喧嘩はきっちり買わないとね。」
紅茶のコップを置き、ロザリアが立ち上がった。
月の離宮に接する中庭をロザリアとマリアは護衛の女騎士を二人、伴って散歩をしていた。
滅多に人前に出ないロザリアの姿を一目みようと、貴族達がそれとなく集まってくる。
女騎士の冷たい視線で、直接貴族達がロザリアに声をかけることはなく遠巻きにロザリアの姿を見ているだけだったが…ロザリア達から少し離れた場所で大きな声が聞こえた。
「何かしら?」
騎士が制止する間もなくロザリアが声のする方へ向かう。
若い女官長が三人の貴族の娘に頭を下げているところだった。
「どうなさったの?」
ロザリアが優しく声をかけた。
「まあロザリア様。この子がお茶をこぼしてしまって。」
含みのある言い方で貴族の娘が説明する。
「こんな子がよく王宮に勤めていられるわ。」
他の貴族の娘が声を上げる。
「あら、そう。お怪我は?」
ロザリアは女官を見て言ったが、貴族の娘が態とらしくロザリアの手をとる。
「ありがとうございます。お優しいロザリア様。」
「ロイ、この方を女官長の元へ。」
女騎士の名前を呼ぶ。
「ロザリア様のそばを離れるわけには参りません。」
女騎士が短く答えた。
「大丈夫よ。この方たちと、あちらの東屋で待っていますから。マリアは一緒にお茶の準備をしてきて。」
「しかし…。」
「ここには近衛兵もいるし…ね。それに、エル侯爵様、カエ伯爵様、ルエ子爵様のご令嬢もご一緒ですもの。安心していいわ…勝手に決めてしまってごめんなさい。いいかしら?」
三人の貴族の娘にロザリアは声をかけた。
紹介もしていないのに、自分たちの身分を正確に言われた貴族の娘達はただうなずくだけだった。
「それにしてもロザリア様が私達の名前を知っていらっしゃたなんて光栄でございます。」
「その髪はどうやって結われましたの?素敵ですわ。」
「陛下とは、どんなお話をなさっておいでですの?」
ロザリアは微笑むだけで返事を返すことはなかったが、三人の貴族の娘は気にする風もなく次々に話題をかえていく。
「姫様、準備が整いました。」
マリアがお盆に菓子ををのせ戻ってきた。
「ありがとう。」
ロザリアが答える。
「ま、侍女にお礼だなんて。」
「ロザリア様はよそからいらした人だから。」
「ああ、あの小国の…。」
貴族の娘達が囁きあう。
ロザリアは気にした風もなく、東屋の中に設置されたテーブルにお茶を準備するように促した。
「ま、珍しい。このゼリー、緑色ですわ。」
「中に入っている粒はなにかしら。」
「お国のものですか?」
貴族の娘たちがお菓子を見て口々に話す。
不自然な毒々しい緑色のゼリーの中に、薄い緑の球形をしたものがツヤツヤと光ながら浮いている。
「貴方達から頂いたものを無駄にするのも忍びなくて、特別に作らせましたの。」
ロザリアがにっこりと微笑んだ。
貴族の娘の目が不自然に泳いだ。
「贈り物などしておりませんが…。」
貴族の娘が否定する。
「あら?そう。お食べになって。」
ロザリアがゼリーを進める。
「蛙や蛇…よく届いておりました。そういえば蛙の産卵時期ですわ、姫様。」
マリアが言った。
貴族の娘たちの顔色が青くなる。
「蛙の産卵ね、あらどうなさったの?顔色がすぐれないようだけれど。」
「急にめまいが……失礼してもよろしいでしょうか?」
そう貴族の娘たちは言い席を辞した。
「蛙も栄養ある食材なのにね。」
そういいながらロザリアはゼリーを一口食べた。
「葡萄の粒が蛙の卵に思えるなんて、ほんと嫌がらせするのに足だしてるわね。」
ロザリアがため息をつきながら、葡萄の入ったゼリーを食べる。
「おたまじゃくしは蛙になって足が出てきますし…優しいお灸ですね。姫様。」
マリアが面白くなさそうに答えた。
「逆にいじめてるみたい。」
「ま、姫様。お優しい、そんな慈善はいりませんわ。」
「暇つぶしよ。」
「そうでございますね。」
マリアが同意した。
嵐の前の静けさ…穏やかな日の日常だった。
誤字脱字修正いたしました。ご指摘ありがとうございます。




