黒いフィナンシェ
リュミエールが湯浴みのため出て行く。
女官長はリュミエールの後に仕えながら、ちらりとロザリアに口角を少しあげるだけの微笑を送り出て行った。
「疲れた。」
ロザリアは手を大きく伸ばした。
「ほんっと、疲れた。」
あとに残されたロザリアは今まで沈黙を守っていたマリアに話しかける。
「で、マリア、そちらの首尾は。」
控えていたマリアにロザリアは尋ねる。
「ま、大方の予想通りですわ。」
マリアはロザリアを見た時の貴族たちの反応を思い出しながら言った。
ロザリアの美しさにただ感嘆を漏らすもの、悔しそうに顔をしかめるもの、平静を装うもの、一つ一つの反応を思い出す。
予想外の反応をみせた貴族はいなかった。
「舞踏会の会場から飛び出すぐらいの反応を期待していたのに…期待外れ。」
ロザリアがため息をついた。
「お疲れでしたら、少しお茶でもお持ちします。」
そういってマリアは部屋を出た。
ロザリアはマリアが部屋から出て行ったのを見送りながら、広い室内を見渡す。
きっと女官長あたりが選んだのだろう、品のいい調度品がそろっている。
細かい荷物はさて置き、もともとの部屋においてあった小さな魚の入った水槽まで運び込まれている。
テーブルの上にはマリアの好きな武装具の本が場違いにもおかれている。
マリアも自分も気がつかないうちによくこれだけのことが舞踏会に行っているうちに…短い時間のうちに済ませることができる。
最も、マリアは知っていたのかもしれないが。
改めて、リュミエールの行動力に感心する。
他にも、舞踏会の時に新たに届いたのか貴族達からの贈り物も運び込まれている。
つまらなさそうにロザリアは贈り物の贈り主の名前をみる。
そこには、舞踏会で言葉を交わしたバミュー侯爵夫人の名前もあった。
機械的にロザリアは箱を開けると、美味しそうなフィナンシェが入っていた。
ロザリアは箱から無造作に一つフィナンシェを取り出す。
水槽の中で元気に動く魚を見る。
ロザリアは届いたお菓子をハンカチでつまみ、小さく割る。
そして、そっとひとかけら水槽の入れ、余ったフィナンシェを水槽のそばに置いた。
元気に動いていた魚の動きが止まり腹を上にして水面に浮かび上がる。
リュミエールが後宮…ロザリアの元をおとずれるようになって始まった嫌がらせ。
段々と酷くなる。
最も、予想できる範囲で実害はなかったけれど…どこの国にも闇は潜んでいる。
大きくなれば、大きくなるほど闇は深い。
静かに扉が開く音がする。
「懲りないわね。今日話した相手からお菓子なんて出来すぎているわ。こんなものにひっかかるとでも思われているのかしら…ね、マリア。」
そういってお茶を持ってきたはずのマリアの姿を見ようと振り返る。
「どういうことだ。」
そこにはマリアではなく、厳しい顔をしたリュミエールが立っていた。
「たまには忘れ物もするものだな。」
意地の悪い男。
ロザリアは咄嗟に水槽の前にたち魚を隠す。
そんなことをしても無駄だとわかっているのに…隠さずにはいられなかった。
「別に、なんでもありません。」
リュミエールの厳しい視線を外しながらロザリアは答えた。
「宰相や女官長は知っていて俺は知らないか。」
「宰相様?」
最近のマリアと宰相、女官長の様子を思い出す。
そういえば時折、マリアを呼び出していた。
今日の舞踏会の段取りをしていただけかとおもっていたのに…きっとマリアが告げることはないだろうから、女官長あたりが気がついたのだろうとロザリアは思った。
「大した事はありません。」
ロザリアは答える。
「大したことは…ないか。」
素早い動作で、水槽のそばに置いたフィナンシェの残りのかけらをとり口に入れようとする。
「やめて。」
ロザリアはリュミエールの逞しい腕をつかんでいた。
「大した事ないんじゃないのか。」
ロザリアは口を噛む。
「私は薬師の知識もありますから…山育ちなので。」
「俺は毒に慣れてる。」
にらみ合い。
誤字脱字修正致しました。
水槽の中のお菓子をリュミエールが食べようとした描写を修正致しました。
ご指摘ありがとうございました。




