ホットチョコレートの香り
女官長の立ち姿を見て、仁王立ちとはこのことだっ…とマリアは思った。
「女官長…さまっ。いつから…。」
何とか失態を取り直そうとマリアは女官長に尋ねた。
「正体がばれてしまえば女官長に怒られるとお話になられていた件からです。」
無表情か、無機質な微笑みを常にたたえている女官長が、苛立ちを隠せない様子でベットの上に立つロザリアとマリアの姿を交互に見る。
ほとんどの会話を聞かれていたことを悟りロザリアは少しうなだれる。
マリアは直立不動の姿勢をとる。
「姫君。」
女官長の後ろから理性的な瞳をたたえた宰相が少し笑を含んだ声をかける。
心なしか瞳が潤んでいる。
「宰相様まで…。」
マリアが泣きそうな顔でロザリアを振り返る。
さすがのロザリアも威張ったポーズをやめ、しおらしくベットから下りて女官長の前にやってきた。
白を基調としたシンプルでゆったりとした寝衣ですら、ロザリアの肢体の滑らかさを強調し清楚な美しさを引き立てる。
「マリアの名前を語ったのは申し訳ありません。」
長い睫毛を伏せしおらしくロザリアは謝りの言葉を口にする。
頭を下げた時に結い上げていない美しい金髪も肩からさらりと落ち位置を変える。
ロザリアは顔にかかった金髪を、細い指ですくい耳にかける。
先ほどベットの上で腰に手を当て威張ったポーズをとっていた人間だとは思えない優雅さ。
「私も、人に迷惑をかけないよう考えたのです。」
まさにロザリアが話している仕草も態度も立派な宮廷教育を受けた模範的な姫そのものだった。
「…籠の中の鳥も辛いのですよ。」
伏せられた目、しぐさに思わず引き込まれる。
マリアは頭が痛くなるのを感じた。
そして『さすが姫様、お上手で』と思う。
しかし、先程の会話とベットの上で腰に手を当て威張ったポーズを見られた後では馬鹿にしているようにしか思われないのではと思うと、さらにマリアの頭は痛くなった。
「それに女官長に宰相様も…急に来られるのでしたら言っていただかないと。」
恥ずかしそうに白いシンプルな寝衣に目をやる。
ロザリアは平静を装いながら、必死でこの場を取り繕おうとしていた。
二年間、平穏に過ごせていたのに…
面倒くさい側室の役割なんてせず、大好きなお菓子作りをして暮らしていたのに…ロザリアの頭の中を様々な思いが交錯する。
今女官長たちが訪れているのが夢であればいいのにと思いながら、そっとベットの上に目をやる。
先程まで温かい湯気を出していたホットチョコレートの入ったカップがロザリアの目に入る。
もう湯気は立ち上っていない。
きっとホットチョコレートは冷めている。
夢なら冷めて欲しいと思うのに…ホットチョコレートの甘い香りが現実だということをしらしめてくれる。
マリアとの会話を聞かれ、ベットの上ではしゃいだ姿をみられたからには、もう病弱で大人しい姫とは騙されてくれないとロザリアは覚悟した。
「少し下がっていただけますか?私にも準備というものがあります。」
ロザリアは平静を装いながら言った。
「なんの準備ですか。」
女官長が苛立ちをかくさず冷静に問う。
逃がしてももらえそうにないとロザリアは思い、女官長の顔をしっかりと見た。
ロザリアは深呼吸する。
「猫かぶりのです。」
ロザリアは腹を決めいいきった。
マリアの倒れる音が室内に響いた。
誤字脱字修正いたしました。ご指摘ありがとうございます。




