第95話 石巨人
最後となった獅子の首を落とした千奈津が、ホッと一息つく。即席とはいえ、各自の持ち味を活かしたコンビネーションを発揮できたのだ。上手く嵌って安心したといったところか。まずは第一関門突破だな。ま、次がラストだけど。
「………」
相も変わらずその立派な体格の割に物静かな巨人は、獅子型ゴーレムが戦っている最中も不動を貫いていた。戦いに勝つ為というより、侵入者の実力を見極めるようプログラムされている感じなのかな。この手のダンジョンの試練ってのは、実は結構あったりする。特に宝物庫の手前とかは本当によくある。
ダンジョンとは滅亡した古代文明の遺産だとか、複数のモンスターの巣が組み合わさって偶発的に食物連鎖の輪を形成してしまったとか、様々な所説がある。明確な区切りはないから、前にハルが殲滅した灰コボルトの巣だってダンジョンと言えばダンジョンだ。とまあ、ダンジョンの成り立ちなんて小難しい話はさて置き、簡単に言えばモンスターが一杯、希少品や宝も一杯な、一攫千金を狙う冒険者達にとって夢のある素敵な場所だと言えるだろう。夢を見たまま死ぬ可能性もまた高し、ではあるが。
「……向かって来ませんね」
「こちらから仕掛けない限りは襲ってこないんでしょうか? それか攻撃範囲に入った途端に、という場合も考えられますわね」
「どちらにせよこのまま油断せずに、ですね」
ハル達と石巨人が対峙し合う事数十秒。警戒を続け、時折作戦を話していたらしいハル達側に動きがあった。テレーゼを先頭に出して、その後ろでハルと千奈津が倒した獅子ゴーレムを一カ所に集め出したのだ。ああ、これは何となく俺も分かるぞ。これからの展開が。
「よーし、これで準備完了だね」
パンパンと両の手を払い、満足そうに何度も頷くハル。ハルの目の前には、破壊された頭部以外がほぼ無傷な獅子ゴーレム達の残骸、それで築かれた石の山があった。
「重かったぁ…… テレーゼさん、そちらに変化は?」
「今の所変わらず、ですわ。恐らく、あのゴーレムが決めた境界線を越えなければ、仲間のゴーレムを私達でどうしようとも動かないのでしょう。準備時間を設けてくださるとは、大変ありがたい事ですわね」
「ええ、お蔭で余裕を持って動けそうです。では! いきますよっ!」
「了解!」
「いつでもどうぞっ!」
ハルがゴーレムの山から手頃な足を掴み、1体を丸ごと引き抜く。となれば当然―――
「せいっ!」
―――投げつける。オーバースローから放たれた獅子は一直線に石巨人へと飛んで行く。弧を描くとかそんな軌道じゃない。マジで一直線の剛速球だ。沈黙を守っていた石巨人も、流石のこれには攻撃であると感知して動き出す。まるでキャッチでもするかのように、左腕を前に突き出したのだ。
しかしながら、石巨人はそこまで器用ではなかったらしい。突き出された左腕は飛来した獅子と真っ向から、威力を殺される事もなく衝突した。単に防御する為の左腕だったようだ。
「ハルナ、あのサイズと重量も問題なく投げられるようになったのね」
「ああ、益々将来の通り名が『投擲の魔法使い』になりそうだよ」
このダンジョンが作られ、今に至るまでの長い歴史の中で、この動かぬ石巨人に魔法や弓矢での先制攻撃を試みた奴らは、もしかすればいるかもしれない。だが、仲間のゴーレムを砲弾として投じられた事は、まずなかっただろう。これはもう、投じる際のイメージとしても攻城兵器の類に近い。
「して、その成果は?」
「微妙かしらね」
衝突の際に生じた土煙が薄れ、石巨人の左腕が露わになっていく。ガラガラと音を立てて落下していくは、ハルが投げつけた獅子ゴーレムの瓦礫だ。ぶつかった際、見事に粉砕されたらしい。彼の体は四散して、これが生身の体であったら悲惨の一言に尽きる状態になってしまっていた。
一方の石巨人の腕はというと、表面に亀裂が走ってはいるものの深刻な状態ではない。獅子の方もかなり頑丈だと思っていたが、石巨人の方は更に頑強であるようだ。
「おおう、とっても頑丈……!」
「変に感動している暇はないわよっ! 次弾装填!」
「アイサー!」
獅子の砲弾は残り9つ。それがなくなれば、今度は自前の鉄球の出番だろうか? しかし、石巨人も攻撃を受けては黙って見ているだけではない。遂に地響きを鳴らしながら前進を始めた。15メートルはあろうかという長身である為、1歩1歩が凄まじい歩幅。そして速い。
その威圧的な巨体でグングンと迫って来られるプレッシャーは凄まじいものだ。2体目、3体目とハルが投擲を続ける頃には、もう石巨人は殆ど眼前。千奈津も光の槍で損傷箇所への攻撃を試みているが、まだまだ傷は浅い。そうこうしているうちに、石巨人が大振りに腕を振り上げる。狙われているのは、攻撃の先駆けとなったハルだ。
「私を差し置いて、それはないのではなくって!?」
「………!」
テレーゼ嬢が盾を鳴らしながら叫びを上げると、石巨人の腕の向きが変わり出した。標的の変更、ハルからテレーゼへと明らかに攻撃対象が移っている。
「おー。格上にも通じるんだな、あれ」
「予め気を張っておかないと、つい無意識に振り向いちゃったりするのよね…… あ、ちなみに固有スキルの有無までは私も知らないから。あくまで神問石で分かる範囲内ね」
テレーゼ嬢はまだまだレベルが低いから、生まれながらに固有スキルを持っているパターンかね。全くもって羨ましい話だ。いや、注目されるスキルは別に欲しくないけどさ。
―――ズガァン!
俺がそんな考えに耽っていると、テレーゼ嬢の盾に石巨人の巨腕が衝突していた。強烈な轟音の後に、盾からはベコンと何やら嫌な音色が。テレーゼが盾で受け止める直前、得物を黒杖と光刀に切り替えたハルと千奈津が腕の左右から攻撃を仕掛けるも、威力はそこまで落ちなかったらしい。
「こ、れ、はっ―――」
そして威力に耐え切れず、テレーゼが盾を構えたまま後方へと吹き飛ばされる。あ、これは不味い。壁に直撃コースだ。普通に不味い。飛ばされる寸前に千奈津がリジェネとリフレクトを施したが、それで済みそうなスピードじゃない。
「ゴブ男!」
「ゴッブ!」
俺の声の意図を察してくれたのか、ゴブ男は抱えていた水筒を投げ出して跳躍。壁とテレーゼの間に挟まるようにして腕を広げる。その直後にテレーゼをキャッチ、クッション役として捨て身である。ただ、耐久面で見ればゴブ男はテレーゼよりも脆い。このままではどっちにしろ死ねる。だがな、このゴブ男はただのゴブ男じゃない。俺がチューニングしたニューゴブ男だ。
「ゴォーブ!」
ゴブの背中から広がるは、炎の翼――― ではなく、ディアリーの魔法による炎の渦。怒涛の勢いで放出された紅蓮は吹き飛ばされる威力を軽減し、壁に達するまで放ち続けられる。轟々と壁が黒焦げになり始めた頃、ゴブ男とテレーゼは地面に着地した。
「あ、ありがとうございますの、ゴブリンさん! 炎の翼を生やすなんて、凄まじい魔法ですのね! まるで不死鳥のようですわ!」
「ゴブー」
ゾンビ的な生命力の強さ、って意味では間違っていない。
「それにしても、あの強さ…… 燃えますわ燃えますわ燃えますわ! 私の心の炎も燃え滾っておりますのっ! 巨人のゴーレムさん、私はまだ健在ですのよっ!」
死線をくぐったばかりでこの意気込み、強敵に立ち向かった盾役が陥る恐怖の波には呑み込まれていないようだな。だけどね、そこで君に叫ばれちゃうとね、俺達まで巻き込まれちゃうんじゃないかなぁ?
「………!」
「ゴブッ!?」
ほーら、石巨人がこっちに来なすった。




