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第69話 帰ってきた日常

 ―――修行14日目。


「すぅ…… すぅ……」

「………」


 朝起きれば、そこにはたわわと実った果実が2つあった。執拗に押し付けられ、柔らかな感触と心地好い温かさが服越しに伝わってくる。もちろん、これらはハルのものなどではなく、昨日俺と激戦を繰り広げたネルによるものである。


 ……昨夜じゃないぞ、昨日だからその辺間違えないように。


 何分我が家にはベッドは2つしかないのだ。ハルの部屋に千奈津が泊まるとなれば、自然とネルは俺の部屋で寝る事になる。そこに厭らしい意味合いなどある筈もなく、ましてや弟子達が同じ屋根の下で眠る中で、そんな事をする訳がないじゃないか。


「すぅ……」


 昨日の自称遊戯で獅子の如く俺を攻めたてたネルも、寝顔は可愛いものだ。普段はじゃじゃ馬と闘牛をかけ合わせて10倍増しにしたような性格をしているのに、この時だけは吐息は静かで寝相も悪くない。昔と、本当に変わりない。こっそりとネルの髪を指ですくって撫でてやるのが、ちょっと気持ち良かったりする。


「黙っていれば淑女然とした美人なんだけどなぁ、黙っていれば……」

「……ギリ」


 でも勘は良いから、何か変な事を言えば歯を食いしばってメキメキと俺の体に掴みかかってくる。こうなってしまうと、俺が訂正しないと手を離してくれないのだ。これで無意識なのだから便利な体である。


「ほれ、可愛い可愛いネルさん。朝だぞ、起きろ」

「ん、んん……」


 俺の骨を軋ませる腕は解いてくれたが、まだ寝惚けているようだ。追撃とばかりに肩を揺さ振ってやる。


「うー……」

「起きたか?」

「……キスしてくれないと、起きない」

「………」


 ネルはごくごく稀に、とても乙女である。


 それから何やかんやあって、俺とネルは居間へと行くのであった。居間では既に起床していたらしい千奈津とゴブ男が、テーブルの上に朝飯を並べていた。


「おはようございます。ネル師匠、デリスさん」

「ゴブ!」

「あ、師匠! 今日は自力で起きられたんですね。ネルさんもおはようございます!」


 千奈津とゴブ男の声を聞いて、ハルも調理場から顔を出した。昨日のうちに俺が調整したからか、ゴブ男の調子も良いようだな。相変わらずゴブゴブ言ってるけど、声には覇気がある。


「おはよう。ついでにネルを起こせる程度には成長したよ」

「ちょ、ちょっと……!」

「「?」」


 うーむ、朝目覚めれば隣に(黙っていれば)美人がいて、女子高生2人(とゴブリン)が朝食を作って待っていてくれる。言ってしまえばこれは、人様からとても羨ましがられる状況なのではあるまいか? そうか、遂に俺も勝ち組か。しかしなぁ、ムーノ君辺りからしか同意されそうにないのはなぜだろうか。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「アーデルハイト魔法学院に行く時は連絡しなさい。分かった? 絶対よ?」

「お邪魔しました。悠那、またね」


 朝食を終えてからややして、ネルと千奈津は屋敷に帰って行った。これは連絡を忘れると烈火の如く怒るパターンだ。あの寝顔はしっかり覚えておくとして、この口約束も記憶に留めておかなきゃな。でないと死ぬ。俺が死ぬ。


「千奈津ちゃんとゴブ男君が手伝ってくれたので、午前の家事は殆ど終わっちゃいました。師匠、鍛錬しちゃいます? やっちゃいますっ!?」

「目をキラキラさせながらやる気になるのは良いけどさ、まずはお前の状況整理からな。ハル君、君の闇魔法は今何レベルになってるかな?」

「ええっと…… レベル70は越してますね」


 お、また大台越したのか。なら尚更だな。


「メモの用意は?」

「滞りなくっ!」

「よろしい。遠征前までレベル30付近の闇魔法しか使えなかったハルが、今ではもうレベル70だ。となれば新たに覚えた魔法もかなりある。今回は4つだな」


 レベルを上げる事で覚える闇魔法は決まっている。ハルが覚えたのは次の通りだ。


 ダーク:レベル40で会得、一定時間対象の視覚を封じる。


 クライムランス:レベル50で会得、闇の槍を放出。


 ヴァイオボム:レベル60で会得、毒水の塊を放出。


 グラヴァス:レベル70で会得、グラヴィを手を触れずに使える広範囲版。


「おおー! クライムランスとかヴァイオボムとか、色々と格好良さそうですね!」

「残念な事に、その2つはハルにとっては使えない魔法に入るかな」

「え?」


 露骨に残念そうな顔をするんじゃない。こればっかりは仕方ないのだ。というか、お前の戦い方が特殊過ぎるんだ。


「まずクライムランスだけど、これは千奈津が使っていたグリッターランスの闇バージョンだと思ってくれていい」

「……? 使える魔法じゃないんですか?」

「普通の魔法使いにとってはな。特に闇魔法の中じゃ、初めての攻撃魔法らしい魔法だ。重宝しない筈がない。だけどな、お前今までどんな魔法使ってた?」

「投擲です。あっ」


 気が付いたか。これまでハルは石や鉄球を用いてそれらに魔法を付与し、持ち前の投擲能力を活かして攻撃を行ってきた。その威力は絶大で、昨日新たに習得した『強肩』スキルにより更なる強化も図られている。しかしながら、このクライムランスは投げて使うものじゃない。魔力を用いて敵に飛ばす魔法なのだ。そこにハルの投球力が関与する余地はなく、恐らくは普通の魔法に成り下がってしまう。もとから上位互換以上に強い魔法を持っているのだから、今更この魔法を使う理由はないだろう。


「そ、それじゃあ、ヴァイオボムは……?」

「聞くよりも実際にやってみろだな。あそこに落ちてる小石目掛けて使ってみ?」

「了解です。ヴァイオボム!」


 その詠唱、意気やよし! だが、そんなハルとは対照的にヴァイオボムによって生成された水玉は、ゆっくりと放物線を描くようにして進んで行く。ハルの手元から放たれて10秒も経っただろうか。漸く水玉は目標の小石の場所に落ち、バシャリと毒をその周辺に撒き散らした。


「……お、遅いです!」

「そう、弾速がめっちゃ遅いんだ。着弾した時の炸裂範囲と毒性は強いんだが、正直これを当てるのは至難の業だ。そして所詮は水だから、これをハルがすくって投げるにしてもダウスと大して変わりない。なら最初から魔力消費が抑えられるダウスを使えよって話にもなるしな」


 敵が身動きが取れない、もしくは目の前にいるとかそんな時には使えるかもしれない。尤も、そんな時は直接攻撃に出た方が手っ取り早いのだが。


「これはもしかして…… 思ったよりも使えない!?」

「ハルの場合、求める基準がどうしても高くなるからな…… ま、その代わりダークとグラヴァスはお前向けだよ。今日からはこの2つも練習するように。それと、今日はまた街に出ようと思う」


 スクロールとかスクロールとかスクロールとかを買いにな。ふっふっふ、金ならある! 俺用のもそうだが、丁度良い機会だしハルのも見繕う。


「お買い物ですか? それなら、食料品を買い足したいです。暫く家を空けていたので、備蓄が少し心もとなくて」

「決まりだな。ゴブ男はどうする?」

「ゴッブ! ゴブゴブ!」

「うんうん…… 物持ちとして付いて来たいらしいです」


 へえ、そうなのか。調整したのは俺の筈なのに、全然分かんねぇ。


「ハルとの戦いでゴブ男の装備壊れちゃったからな。クワイテット魔具店に行く前に、ゴブ男も服装を改めるか」

「ゴブ!」


 あそこ、ペット同伴オーケーだったかなぁ。

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