第68話 ある師匠達の遊戯風景
大人になっても子供の心を持ち続ける。それは簡単なようで、実は難しい事だ。社会に属するとは責任を負うとイコールとなり、いつしか人は心に余裕をなくしていく。そういった環境下で立場を如何に見出し、己を御し、また他者を御するか。競いに競い、心が荒んでいくのは必然だろう。だからこそ、そんな中で真に童心に返れる者だからこそ、真に大人になり得たといえるのかもしれない。
前置きはこの程度で良いだろう。正直こんな前口上なんてどうでもいいんだが、まああれだ。俺が言いたいのはだな、今まさしくここに、童心に返れる立派な大人達が全力疾走中でいるって事だ!
「おいこら! 山火事になったらどうすんだ! ちゃんと制御しろ、制御!」
「ふふん、これでも取り損ねたら間際で消えるように抑えているのよ。それとも何かしら、デリスはこの程度の魔法も捉えられなくなっちゃったの? それは失望よ。ええ、大いに失望だわ。腕が落ちたんじゃない? やーい、失墜失墜!」
「……ほほう、上等じゃん? 昔のように大泣きするまで虐めるのはー、大人見地から如何なものかと思いましたがー! その必要はないようですね、泣き虫ネルさん!?」
「ハァ!? 一体いくつの時の話を引き合いに出してるのかしらぁ!?」
―――童心に返れる大人、度が過ぎると大人気ない。分かっちゃいるが…… ここで退いたら男が廃るだろうがっ!
「デットリーロースト!」
駆けるネルが左手の5指から小さな炎弾を顕現させ、それらを俺の進路方向である5箇所の別々に向かって放出させた。炎弾はどれもが異なる軌道と速度で形成され、障害物となる木々の死角を使って非常に視認し辛いものとなっている。これら5つの炎弾を処理するのはクソ面倒であるが、何よりも怖いのがその威力だ。ネルが使用している『デットリーロースト』は、見た目こそ炎魔法の序盤で覚える『ファイアボール』と酷似している。しかし、その正体は触れた傍から大爆発を引き起こす超危険物だ。あの火の玉1つ1つに小さな村を吹き飛ばす威力が込められているものだから、受け手側である俺はこの野郎と愚痴の1つも口にしたくなる。
ならば俺は、これからどうすれば良いのか。頑張って全ての炎弾に追い付き、体を張って火消しをする? 同威力以上の魔法を良い感じにぶつけて、全ての被害を回避できるように調整する? いやいや、何で俺がそんな面倒な事をしなければならないのか。できる大人はもっとスマートに、何事も効率的にやるものなのだ。
「グラヴィイータス!」
俺は手の平の上に目に見えない程度の渦巻く闇を作り出す。この魔法を行使した瞬間、ネルはプンスカと怒り出した。
「あっ、狡いっ!」
「はっはっは! 負け惜しみが心地良いなっ!」
このグラヴィイータスは先の仮面の男、ディンベラーを捕らえる際にも使用した魔法だ。発生させた微小なるブラックホールは物理的な物体に干渉しない代わりに、魔力で形成されるものを全て引き寄せる。ネルが放つ魔法も、ディンベラーが転移魔法の移動先に設定しようとしたポイントだろうと、問答無用である。
引き寄せる際に木々に当たらないよう微調整するだけで、後は勝手に向こうからやって来る。全てひっくるめて纏まったところを、また別の種類のブラックホールを発生させて異空間にぽいっ。俺自身は一滴の汗も流さずに最短でミッションを完遂する、実に効率的な方法だ。
「さぁーて、今度は俺の番だなぁ? ビドーブアドヴァース!」
ネルの位置から遥か離れた場所目掛けて、紫色の特製濃縮毒弾を高速で撃ち込む。こいつは接した大地を一瞬にして腐海に変えてしまうほどの腐食性を持った魔法だ。誤って落としでもすれば、この森の壊滅は必至。さあ責任重大だぞ、ネル! そして俺もっ!
「小癪っ!」
―――ドゴォーーーン!
キッと矛先を睨み付けるネル。すると足元の地面が熔解したように真っ赤に染まり、次に鳴ったのはあの時の爆発音だった。あれは突貫を十八番とするネルの必殺移動術だ。地面を爆発させてその衝撃ごと自らも移動するという、マジで力任せでしかない力技。されど威力は絶大で、ステータス本来の敏捷力と瞬発力を酷いくらいに上昇させる事に成功している。実際、もうネルは俺の魔法に追い付いてしまった。
「ふん、やっぱり腕落ちてるでしょ!」
ネルの両手に燃え盛る炎が纏い出し、毒を浄化せんと手を伸ばす。
「馬鹿め、そこからが本番だ!」
ビドーブアドヴァースの第2段階。俺は毒弾を操作して、それらを幾つにも分裂、そして弾かせた。所謂炸裂弾である。ふはは、これなら簡単にはキャッチできまいて!
「だから、小癪だって!」
ネルはまず地面方向に落ちようとしていた毒弾の破片を掴み取った。液体を毒性ごと融解させた後、今度は空中であの爆発を再び鳴らす。残った毒弾が飛び散るスピードよりも速く何度も何度も方向転換して、無理矢理に他も掴み取ってしまった。突貫&突貫、何だろうと突貫で万事解決。実にネルらしい戦闘法だ。
「デリスならこれくらいやるって、読んでないとでも思った? お生憎様ね、私ほどデリスの嫌らしさに詳しい女はいないのよっ!」
「分かってないのはお前だ、ネル。防がれると分からずにあんな物騒なもん、保身的な俺がぶっ放すと思っていたのか? 俺はある意味で、お前を信じていたのさっ!」
第1投は完全な引き分けに終わった。まあ、様子見としてはこんなもんだろう。なら、真の勝負は次から。ああ、やってやろうじゃないか。俺は面倒事が嫌いだが、負けるのも大っ嫌いなんだ。
「「―――2投目ぇー!」」
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それから数時間後。鍛錬を終えた悠那と千奈津は、デリス宅に戻っていた。だが、まだデリスとネルは帰っていないようだ。
「師匠達、帰って来ないね。どこに行ったんだろう?」
「そうね。心配は不要だと思うけど、もう日も落ちてるし…… あ、デリスさんよりも先にお湯を頂いて良かったのかしら?」
「師匠はそんな事じゃ怒らないよー。お互いに汗だくだったし、そのままにしておく方が怒られちゃうかな。それに、お料理も手伝って貰っちゃってるし…… あ、ゴブ男君、そのお皿でお願いね」
「……ゴブ」
「まあ、これくらいは何でもないけど」
千奈津は手慣れた様子で包丁を扱い、まな板の上に置いたキャベツを千切りにしていく。リズムに乗った心地好い音が鳴る中で、不意に玄関の扉がギィと開いた。
「あ、帰ってきたみたいね。お帰りなさ、いっ……!?」
「いやー、何かスッキリしたな。終わってみれば引き分けだったけど、まあ些細な事だ。人間、どこかでガス抜きは必要なんだな、うん!」
「そうね。久しぶりに本気でやったから、晴れ晴れとしたとっても良い気分だわ。夢中になって時間を忘れちゃった。えへ♪」
帰って来たデリスとネルは、それはもう爽やかな笑顔をしていた。
「お帰りなさい、師匠!」
「ネ、ネル師匠もお疲れ様です……」
悠那は全然気にしていないが、いつもと比べてあまりに乖離した様子に、千奈津は驚きを隠せない。その日の師達は終始ご機嫌で、このまま泊まっていけとデリスから言い出す始末。結局その日は2人とも泊まる事になり、千奈津は悠那の部屋で一緒に寝る事になった。が、千奈津はこれから何が始まるんだと不安になってしまって仕方がない。千奈津の眠れない夜は暫く続くようだ。
第二章はこれにて終了です。
登場人物とかスキルとか、ここいらでまとめようかしら。




