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第58話 出陣

 ゴブリンの勇者は軍勢が向かう先、その目的地周辺を見晴らしていた。大分前にネル騎士団長が率いていると思われる者達と接敵したとの連絡が、部下の伝令からあった。しかし、それから良い知らせは未だ流れてこない。あったとしても先行部隊が全滅した、弓矢が素手でキャッチされ意味を成さないといった悪い知らせばかりだ。


 ここからも何やら魔法らしき光が見え、そしてその後に部下達が悲鳴を上げているのが聞こえる。彼はネルが強力な炎魔法を使用する事を知っていた。だから、あの光はその魔法に依るものだと推測する。


(魔法は我々ゴブリンの知力では理解できず、何よりも潜在的に適さないところがある。だからそれらを武器で補い、肉体的な訓練を積んだのですが…… 少々分が悪いようですね。お伴の部下もかなり戦えるようですし、やはり私が―――)


 勇者が一考していると、ゴブリンコマンドが新たな情報を携えて駆け寄って来た。その酷く焦っている様子から、聞かずともまた悪い知らせを持ってきたのだと簡単に読めてしまう。


「ホ、報告ッ! オーガ! 3体! 死ンダッ!」

「何ト……! アノ輝ク魔法デヤラレタノカ?」

「否! 素手! 素手!」

「オ、オーガヲ相手ニ、素手、ダトッ!?」


 オーガは鍛え上げたゴブリン1部隊の人数を、1匹で相手する事ができるほどの戦力だ。言わば、ゴブリン達にとって隠し玉。それが人間を相手に3匹が、それも素手によって倒されたとなれば、ゴブリンキングが焦り出すのも自明の理であった。せめて魔法で倒されたのであれば、範囲外からの一方的な攻撃でやられたのだと言い訳ができただろう。しかし、魔法を得意とするアーデルハイトの騎士を相手に肉弾戦で、それも多勢に無勢の状態で敗北したとなれば、一体如何にして勝つというのか。武装した兵達で囲もうとも戦力は減るばかり、オーガの怪力が通じない。残るとすれば、ゴブリンの勇者に出てもらうしか。彼はそう思い浮かべた瞬間、ハッと顔を上げた。


「どうやら、私の出番のようですね。これ以上の戦力投下は無益でしかないでしょう」

「オ、オ待チクダサイ! 勇者様ハ我ラノ最後ノ砦、ソウ易々と出陣シテハナリマセン! 数デ押シ続ケレバ、如何ニネルトテイズレ体力ガナクナルデショウ。ソウナレバ、幾ラデモチャンスハ―――」

「その頃に戦力の殆どをなくしたとしても? 仮にそれでネル騎士団長を打倒できたとしても、国境の砦を落とす余力はなくなるでしょう。だからこそ、私が今行くのです。これでも一族を代表する勇者ですからね。後の指揮は任せましたよ?」

「ハ、ハハァー!」


 ゴブリンキングが御輿の上から勇者に深々と頭を下げる。もはや彼は、自分が影武者である事を頭から切り離してしまっているようだ。


(ある程度の被害は予想していました。ですが、まさかここまで戦力差があるとは。過ぎた事はあまりとやかく言いたくありませんが、貧乏くじを引きましたね…… ネル騎士団長がこちらに掛かりっきりな分、南から迫るオークは背後から敵を蹂躙している事でしょう。やれやれ、勇者とは損な役回りを引き受けてしまうものです)


 青きマントをなびかせ、ゴブリンの勇者、ゴブリンヒーローが前線へと赴いた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「グゥ、オオォ……」


 ズシンと地に響く音を鳴らして、4匹目となるオーガがハルによって倒された。


「素手でも余裕の無傷か。オーガじゃ戦いにならないな」


 ハルはオーガの2匹目からステゴロでの戦法に移行して、相手の土俵で戦っていた。相手の土俵とはいえ、格闘技その他諸々をかじっているハルにとっては些細な違いか。まあ、それでも黒杖を使っての戦いより厳しくなるのは確かだった。だったのだが、今のところハルが攻撃を受ける様子はなく、ここまで見事なまでの完封勝利を描き切っていた。


 今更だが、やっぱり合気による受け流しが強過ぎる。パワーだけならばオーガはハルの遥か上をいく。だが、そんな怪力なんて関係ないとばかりに、ハルは全ての打撃攻撃を受け流し、地面に転ばせ、時には自分の力を上乗せして返してしまうのだ。


 しかもこの合気、灰コボルトボスと戦っていた時よりも進化している。受け流す過程で相手に触れる際、ハルはちゃっかりハートハッシュの魔法も使っていた。対象の精神を揺さ振るこの魔法は意外にも合気との相性が抜群で、何が起こったのか分からない不可思議を恐怖に転じさせ、更に敵を混乱の渦に誘い込む。俺だってあのファンタジー染みた受け流しの原理が分からないのだ。前知識のないオーガにとって、ハルの技術は恐怖でしかないだろう。


 また、その恐怖はオーガ達だけのものではない。前線に未だ大量にいるゴブリン達にも、多大な影響を及ぼしていた。まあ、自分よりも遥かに大きく、強い筈のオーガが完封されたら戦い辛いよな。ゴブリンに対しては討伐速度を重視して黒杖を使っているから、その辺りもゴブリン達が狼狽するのに繋がっているのかもしれない。


「フュームフォッグ、設置完了! 千奈津ちゃん、前進するよ!」

「その前に補助魔法を掛け直すわ。ちょっとだけこっちで休憩して!」


 敵部隊を殲滅したハルが毒霧を振り撒き、前線を押し上げる。そして一旦、千奈津の待つ毒霧の深いところまで戻り回復薬で一服、千奈津はその間にリジェネとリカバーブレスを再度詠唱して、効果時間を延長させる。それが終われば鉄球を回収したハルがまた鉄球を、千奈津はグリッターランスをぶっ放す。鉄球が切れたら、またハルが前線を掻き回しに――― といった具合に、チームワークもなかなかに磨かれてきていた。


 ゴブリン達は毒霧の中を思うように進む事ができず、カウンターを恐れて矢も迂闊に放つ事ができない。約1000匹の相手に対し、こちらは2人だけの戦力。それでも、少しばかり休憩する程度の時間はできるようになったな。


「そろそろ折り返し地点かな。どうだ? 魔力的にもそろそろ厳しいだろ?」

「私の方はもう回復薬を飲んでしまいましたし、そろそろ節約しようと思ってます。悠那と一緒に前に出るのもありかと」

「私はもう2、3回は回復薬飲めそうなんで、もうちょっと今の調子で頑張りますっ!」

「……ハル、お前もう3回くらい飲んでなかったっけ?」


 ペットボトルサイズの奴でさ。しかも、結構腹に残るタイプなんだけど。


「頑張りますっ!」

「お、おう、頑張れ」

「はい! では、また行って来まーす」


 ハルは元気に駆け出して行った。素晴らしき代謝能力かな、と。それだけ飲めるんなら、MPが続く限り魔法を使う毎日の鍛錬にも、回復薬を導入した方が良いかもしれないな。消費量が多くなれば、熟練度も上がっていくだろうし。


「ヴァイル!」


 お、ハルの奴、新しい魔法も使い始めた。『ヴァイル』は触れた死体が生けた屍と化す、レベル30の闇魔法だ。詰まる所、ゾンビだな。ハルは極力ゴブリンの体を破損させないよう倒し、その死体をゴブリンゾンビに変異させて仲間としたのだ。


「ヴァー……」


 うむ、紛うことなきゾンビである。仲間の少ないこの戦況において、ゾンビといえど頭数を増やす方法は間違ってはいない。だけど、この魔法には欠点もあったりするんだ。ゾンビとなった対象のステータスは、生前と比べてかなり下がっている。詰まり―――


「パギャ……!」

「ああ、ゴブの字っ!」


 普通のゴブリンと1対1で戦っても普通に負ける。ハルの覚えている魔法にしては消費MPも大きい分、あまり効率的とは言えないのだ。


 ―――ん? 急にゴブリン達が道を開けだした。戦意喪失したのか? いや、奥から肌の赤いゴブリンが歩いて来る。あいつの為に開けたのか。しかし、見た事ないタイプのゴブリンだな。青いマントをしているが、被りものは王冠じゃない。ゴブリンキングの亜種?


「ふふっ、はじめまして。貴女がネル騎士団長ですね?」

「いえ、人違いです」


 でも、ちょっと馬鹿っぽい。

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