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第33話 狩りの時間

 血塗れとなってしまったエントランスとは一転して、2階の通路は屋敷の荘厳さを保ったままだった。壁に突き刺さった鉄斧、デリスと悠那の靴底から付着する血糊の足跡を気にしなければ、まだマシな部類という意味で、であるが。


「壁に鉄斧とか、変な趣味してますね」

「全くだな、トロンの趣味か? 金持ちの考える事はよく分からないな」


 諸悪の根源である事を自覚していないのか、2人は言いたい放題言いながら通路を歩く。気のせいか、デリスに担がれた伊藤は苦しんでいるようだった。まるで、ツッコミ不在の状況を嘆いているように。


 鉄斧は兎も角、壁際に飾られた普段見る事もない貴重な装飾品を目にしながら歩いていると、目的地である部屋には意外と直ぐに到着した。


「ここですね。この扉の奥から佐藤達の声がします」

「ふーむ…… 途中で奇襲の1つもあるもんだと思ってたけど、何にもなくて拍子抜けだったな。この伊藤君とやらもすぐには気付いていなかったようだし――― ああ、全部の部屋に防音処理してんのか」

「防音? カラオケでもやるんですか?」

「……場所によっては歌いもするかもな。ま、屑の本懐をどこでも発揮できるようにって感じか。警備の観点からしちゃあ、最悪だな。あんだけ入り口で騒いだのに、まだ気付けないとか笑えない冗談だ」


 仮に全部屋が防音になっているとすれば、今回のようなカチコミが発生しても、全員に連絡を行き届かせるのにどれだけの時間が掛かる事か。わざわざ1つ1つの部屋を回る労力を考えれば、その構造がどれだけ欠陥住宅なのかが分かるだろう。新鋭と謳われた上に胡坐をかいてしまったのか、灰縄はどうも組織としてはお粗末であった。


「う、ううん? よく分かりませんけど、今度はこちらが奇襲できるんですね!」

「まあ、な。扉を開いて最中でない事を祈りたいよ」

「……?」


 首を傾げる悠那を、デリスは何となく頭を撫でてやった。


「ハル、悪人を殺す事に躊躇いがないその姿勢、確かに見届けた。だけどな、その悪人がもしお前の学友だったとすれば、お前はそいつも殺せるか?」

「んー…… どの程度の罪かにもよりますけど、私の命を狙うのなら容赦しないと思います。私、生きる事に真剣に取り組んでますから! 悪人相手に死んでなんてやりません!」

「……うん、その意気その意気」


 デリスは悠那の頭をグシグシと強めに撫でてやった。自分の弟子の心意気が嬉しいのか、ほんの僅かに口元が緩んでいる。


「わっ! 師匠、痛い痛い!」

「さ、師匠パワーの注入も終わった。盛大にやってやれ」

「はい!」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「伊藤の奴、おっせぇーな…… どこで道草食ってんだ?」

「おいおい。お楽しみがあるからって邪魔者を退室させたのは、どこの鈴木だよ?」


 鈴木がぼやくと、田中が半笑いで駄目出しをした。彼らは変わらず、トランプゲームで時間潰しをしていたようだ。但し、ゲームをしているのは3人で、皆上半身は裸だった。そう、彼らは3人で、順番待ちという時間潰しをしているのだ。テーブル席から離れた、佐藤と奴隷の事が終わるまで。尤も、同じ部屋の中で席からは殆ど離れていない為、距離的には変わらないのだが。


「なあ、早くしてくれよー? 急がないと伊藤が帰ってくるぞ?」

「ギャハハ、なら見せ付けてやれば良いじゃねぇか! あいつとは違うっていう、男らしいところをよ!」

「あー、あいつこの前、猿みたいだったもんな。マジで!」


 4人の笑い声が、部屋中に響き渡る。その中で1人、少女は身を震わせ口を噤んでいた。早くこの時間が終わるようにと、祈りながら。


「ま、その子この辺では珍しい初物みたいだし、優しくしてやれよ」

「お前、佐藤がそんな注文聞く訳ないだろ……」

「まあ、気絶しなけりゃ及第点じゃね?」

「……賭けるか?」

「面白れぇ、なら俺は気絶する方だ。佐藤、頼んだぞ!」

「おう、任せとけ」

「ちょ、お前! 俺が取ろうとした方を……!」

「ギャハハ、取ったもん勝ちだよ! ギャハ―――」


 ―――ズガァン!


「ギャ、ッハァッ!?」


 突如、部屋の扉が内側に吹き飛び、その正面に座っていた田中の後頭部に直撃した。かなりの速度で放たれた扉の重量は通常よりも重く・・なっており、田中の意識を手放させるには十分な威力を伴っていた。


「当たったのは――― 田中ですね」

「噂の佐藤君じゃなかったか。まあ、幸運1だしこんなもんだろ。状況的には―――」


 扉がなくなった空間の隙間から、デリスが部屋の内部を覗き込む。悠那の奇襲に当たってしまった不幸な田中が1人、呆然と椅子に座っているのが2人、女を押し倒している男が1人、その男に押し倒されて泣きじゃくる女が1人。


「―――セーフだな。いやあ、間にあってひと安心したよ」

「アウトですよっ!」


 何言ってるんですか! と言わんばかりに、悠那はデリスに反論した。


「大丈夫、大事なところはまだ見えていない。本当にギリギリセーフだったんだよ。後はお前次第だ、ハル」

「やっぱり手出し無用な感じなんですね。いいです、大丈夫です」


 溜め息をつきながら、悠那は前を見据える。眼前にはモンスターが4体と、人質が1人。彼女は頭を切り替え、狩人となる。


 一方で、不良達は顔面蒼白といった様子だ。それもその筈、彼らには悠那を相手にグウの音も出ないほどに敗北した、苦い思い出があったのだ。そして、悠那と対峙して初めて認識する事ができる彼女の異常性、それを知る数少ない理解者でもあった。悠那に負けた後、佐藤達が彼女に手を出そうとしなかったのは、この為である。


「は、悠那、桂城悠那だ……!?」

「おい、おいおいおい! 何で、何でお前がこんなところにいるんだよっ!?」


 喉に熱いものを感じながら、席から立ち上がる鈴木と高橋。誰の目から見ても、彼らは動揺していた。事情を知らないデリスは疑問符を浮かべるも、まあチャンスだしいいかと流している。


「て、てめぇら狼狽えるな! 知ってるんだぜ、悠那。お前はこの世界では能無しの烙印を押され、てんで弱いって事をよ。い、良い機会じゃないか。今まで溜め込んだ鬱憤、ここで精算しようじゃねぇか、なあ!」

「そ、そうだ、そうだよな! 前の時は兎も角、今なら俺達の方が強ぇんだ! てめぇの貧相な体で払わせてやる!」

「ま、まあ顔付きだけは好みだったし、それもありだよな……!」


 デリスはそんな在り来たりな台詞をこれ見よがしに言う彼らに、正直飽き飽きしていた。モンスターの声に耳を貸す狩人はいない。そんな理由で、今の悠那に彼らの無用な声は聞こえていないのだ。仮にもし、伊藤が意識を失わずこの場にいたのなら、この数日という日数は悠那が成長するのに十分なものだと、ストーカー染みた情報収集から得た知識で分かるものだが、悠那を避けていた佐藤達には知り得ない事だろう。


 それよりも、人質を盾にするなり汚い戦法と取ってくれれば、悠那の教育上とてもありがたいとさえ思っていたのだが、それをする気配すら見せてくれない。押し倒されていた少女が涙を拭いながら佐藤から離れるのを見て、ああ、もう彼らの戦闘力しか期待できるものはないなと、デリスは長嘆息を漏らした。


「へ、へへへ……! 悠那、冥土の土産に見せてやるよ。俺だけが持つ特別な力、固有スキル『烈怒帝流レッドテイル』をな!」


 予想外の固有スキル持ちが嬉しいが、頼むから自分から能力を暴露するなよと、デリスは心から願っていた。

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