第32話 慈しみなる水乙女(4)
「えっと、その……みなさんはシルヴァートさんの氷河山で『滅び』の脅威を目の当たりにしたんですよね? それを見て、どう思われたのか……それを聞かせてくださいますか?」
「それって」
「みなさんが、生半可な気持ちで動いていらっしゃるわけではないと思うんです。そうじゃなきゃ、わざわざここまで来てくださる筈が無いでしょうから。その気持ちを、言葉として示していただけますか?」
私達は『滅び』に対してどう思って、どうして立ち向かう選択をしたのか……それをニニアンさんは聞きたいのだろう。シルヴァートさんも、エレメントを私達に託したのは私達がいつの日か『滅び』を退けられると希望を見出したからこそだと言っていた。ニニアンさんがそれを聞くのも最もなことだ。
まだ一度対峙しただけの『滅び』については、まだ分からないことだらけだ。どうして起こったのか、どうして世界を脅かすのか、危険だということ以外何も知らない。それにもかかわらず、私達が戦うことを選んだのは、
「見て見ぬふりは嫌だったからです。氷河山でのことはまだ序の口だったのかもしれませんけど、放っておいてはまずいと分かっていて何もしないでいるのは駄目だと思ったんです。本当に世界が終わるかどうかはまだ分からないし、突拍子すぎて信じきれてないところもあります。でも自分に何かできることがあるならやりたい……少なくとも、ここにいる全員そう思ってここまで来たんです」
「自分達の住んでいる場所に直接被害が出たってのもあるが、中途半端な気持ちでいたならそこでとっくに挫けてるか投げ出している。立ち向かうために、少しでも力を得るためにここまで来た。今こうしてアンタと対面していることが、その証明になるんじゃないか?」
「そう、ですね。……みなさんの覚悟、しっかり伝わりました」
私とルーザから理由を聞いたニニアンさんは、それまで緊張で顔を強張らせていたけど、優しく微笑んでくれた。
「予想していた通りでした。抗うために、みなさんはここまで来てくださったんですね。分からないながらも立ち向かうその姿勢……私の方こそ見習うべきですね」
「それじゃあ……!」
「はい、エレメントはもちろんお渡しします。それだけご立派な考えをお持ちなら、水の精霊のみんなも反対しないでしょうから。では早速!」
ニニアンさんの差し出した手の上に光が集まり、やがて一つの塊になっていく。
光は雫の形をした、澄んだ水のような輝きを浴びた宝石のようなものになった。これがニニアンさんのエレメントなんだろう。
「い、いきます。えいっ‼︎」
ニニアンさんの手からエレメントが離れると、勢いがついたエレメントはゴッドセプターに向かって吸い込まれた。
ガンッ! と金属がぶつかるような音が響き、衝撃が伝わってくる。みんなに支えてもらったおかげでバランスを崩すことは免れた。
「わあっ、綺麗……!」
エメラがうっとりするかのような声を上げる。
私もつられて見てみると、ゴッドセプターのプレートの穴の一つに蒼く輝く光が宿っていて、既にはまっていた二つのエレメントの光と合わさって杖全体を輝きが包んでいた。
確かに綺麗……。杖の宝玉もエレメントの光を反射して、より一層神秘的に見えた。
「せ、成功です! 良かった……」
「ふーん。ドジ踏みが珍しくやるじゃん」
「オ、オスクさん酷いです⁉︎」
「冗談だよ。頼りにしてるから、今後ともよろしくってな」
「は、はい。世界を救うことももちろんですけど、みなさんが明確な答えを得られるまで私も最大限のサポートをさせていただきます。でも……ちょっと悔しくもあります」
「え、何がです?」
ふと漏らしたニニアンさんの言葉が気になって、思わず聞き返す。悔しいとは一体どういうことなんだろう。
「あ、えっと。その……私達大精霊の役目は、王笏の封印を解く鍵の一つでしかないんです。それを持つみなさんの支援をするしかないのがもどかしくて。責任や期待を、みなさんに全て背負わせてしまうのが申し訳ないんです。みなさんが選んだ道とはいえ、こちらの都合でみなさんが自由に選べた筈の道まで縛ってしまうようで……」
「……僕らにはそいつを振るう資格が無かった。ただそれだけのことだろ」
「えっ。でもオスクさんは……」
「ニニアン」
「あっ。ご、ごめんなさい……」
「とにかく気に病むなよ。アンタは今やるべきことを果たして、これから先支える気でいてくれてる。それで充分なんだよ。一人一人に役目がある、何でもかんでも背負おうとする必要はないってこと」
「……はい。そうですね……自分の役目を、ちゃんと果たさなくちゃですよね」
オスクに励まされたニニアンさんは、改めて私達に向き直る。
「分からないことがいっぱいあって、みなさんも色々思うところあるかもしれませんが、私はいつでもみなさんの味方であることには変わりません。まだ話せないことも多くありますが……困ったらいつでも頼ってください。わ、私じゃ頼りないかもですが、そうあれるよう努力しますので!」
ニニアンさんがそう言ってくれるのはすごく心強い。ニニアンさん自身は頼りないというけれど、それでも大精霊という大役を任されているのはそれ相応の実力があると周りが認めているからこそだろう。
ここに来た目的の一つは達成できた。あともう一つ……オスクが今後のために入手しておきたいらしい『遠写の水鏡』について譲ってもらえるかどうか話をしようとしたら、
「……ん? なんか奥で変な力を感じるな」
「ほ、本当です。おかしいな……さっきまでは感じなかったのに」
「どうかしたのか、お前ら?」
突然、何か不審なものを感じ取ったかのような反応を見せる大精霊2人。私達にもそれが伝わり、さっきまでの和やかな雰囲気が一変、ピリピリとした緊張感に包まれる。
オスクとニニアンさんはその気配が発されているらしき方向理由島の奥をじっと見つめている。敵を睨み付けるような鋭い眼差し……良い知らせでないことはすぐに分かった。
「……予定変更だな。嫌な予感がする」
「えっと……まさかそれって」
大精霊であるオスクが『嫌な予感』というほどの事態なんて、一つしかない。どう考えても、『滅び』に関係することに違いないだろう。
「あくまで気配を感じたって程度で確信はないけど。だけど氷河山の時と確かに同じ空気だ。おいニニアン、案内頼むぞ」
「は、はい!」
オスクの頼みにニニアンさんは力強くうなずく。
もちろん私達も一緒に行くつもりだ。本当に氷河山での同じようなことになるなら、そうなってしまう前に早く止めないと……!
「なんかヤバそうだな。俺も行こうか」
「い、いいんですか? 船は……」
「気にするな。俺は付き共を信頼しているからな。それに、お嬢ちゃん達みたいな子供が危険に飛び込もうとしているのに、大の大人が知らん顔しているわけにはいかないだろ?」
「ロバーツさん……。はい、お願いします!」
「では行きましょう。こちらです!」
ニニアンさんが先頭に立って案内してくれ、他の私達はその後ろを追いかけてその嫌な予感します感じたところへと急ぐ。
やっとまた一歩を踏み出したと思ったら、また事件の予感。休む暇は無さそうだ。だけど、それを止めるためにもここまで来たんだ。迷っている時間はない。
大精霊の力を宿したゴッドセプターを抱えながら、私はそう心に留めた。




