第8話 星の降りし夜(3)
星の粉の瓶の蓋を開くと、中に閉じ込められていた光が外に漏れ出てくる。これを噴水に流せば私達の番はお終いだ。
あとは願い事だけれど……願い事って、何を願えばいいんだろう。今まで願掛けなんてした試しがない。突然経験がないことを今すぐやれといわれてもできる筈がなかった。
私がそんな風にあれこれ迷っていたら、ルーザはさっさと粉を流してしまった。
「え! ルーザ、願い事したのよね?」
「ああ。これ以上、見知らぬ場所に放り出されるなんて厄介ごとは起こらないようにってな」
「それ願い事か⁉︎」
ルーザの願い事というにはいささか疑問があるその望みに、堪らずイアがツッコミを入れる。
うん、まあ……一緒に生活してルーザはそういう性格っていうのがよくわかったから、もうあまり驚かない。
ルーザは願うよりも、自分で努力して望みを掴み取るような性格だ。だからこの星祭りも思い出作りが目的で、願い事にはあまり期待していなかったのかもしれない。
「別にいいだろ。そもそも願いってのは大っぴらに語るようなものでもない。ベラベラ喋る暇があるなら、その願いのために行動するのみだろうが」
「な、なんかすっげーカッコいいこと言われた気がする……」
「男としては負けてるんじゃないの、イア?」
「オレは女だ! これでもな!」
「あ、流石にそこは否定するんだ……」
エメラの言葉に即座に言い返すルーザの反応が少し意外だった。そういうところはあまり気にしてなさそうだったのに。
とにかく、私も願い事だ。後ろにも待っている妖精がいる。経験がないからといって、いつまでもここにいると迷惑がかかってしまう。
とは言ったものの、本当にどんな願いにしたものか。願掛けなんてしたことが無いし、どんなものを望めばいいのかもさっぱり分からない。
……ありきたりでいいかな。そう思って、私は小瓶を傾けて粉を水に注いだ。
「……『この4人でこれからも仲良くできますように』。そう願うよ」
「……なんでまたそんな」
「あはは……。私、これでも人付き合い苦手だから、こうしてみんなが『普通』っていえることが私には難しくて」
私は苦笑しながらルーザの問いかけにそう答えた。
私はエメラやイアのように自分からぐいぐい話しかけにいくのが苦手だ。以前は城から出してもらえなかったし、本の中のことしか知らなかった。
みんなにとって『普通』であることが、私には『普通』じゃない。エメラとイアとここまで打ち解けるのも随分と時間がかかったものだ。
「それに……明日帰ってもルーザとずっと友達でいたいから。一度離れ離れにはなるかもしれないけど、今の関係までも無くしたくないんだもの」
「……ったく。お前だって願いらしい願いじゃないじゃんかよ」
ルーザは呆れたように顔を背けるけど、かすかに笑っていた。
とにかく、私達はもう全員流したから噴水から離れて行く。後ろで待っている妖精達も流さなくてはならないし、ずっといたら迷惑にもなる。
噴水から離れて様子を見ることに。噴水には星の粉に満たされて、辺りには銀色の光が漏れ出していた。
「あの光が願い事なんだよな……。じゃあ、望みが実現するように、オレとエメラも頑張んなきゃな!」
「そう言うイアは何を願ったの?」
「え! あ、いや、オレのはいいだろ……」
そう言ってイアは私をチラチラ見てくる。しかも落ち着きがなくなって、顔もほんのり赤いような。
ん? なんだか挙動不審だ。一体どうしたんだろう。
「ははーん……。イア、いやらしいこと願ったんじゃないの?」
「ばっ……! そんなこと願うわけないだろ!」
「ふーん」
慌てているイアとは対照的にエメラは楽しそうにニヤニヤしている。何のことだかさっぱり分からない私は、そんな2人に首を傾げるばかり。
「ねえルーザ、どういうこと?」
「はん、オレは大体わかったがな。わかりやすく言えば、イアがお前に……」
「だーーーっ‼︎ 言わなくていいから!」
イアがルーザが何か言いかけそうになった時、大声を上げるものだからビクッとしてしまった。
「悪い悪い。口が滑ったか?」
「ぐぬぬ……! お、おいルーザ言うなよ⁉︎ いや、言わないでください!」
「どうだかな」
「え、えっと……みんな、とりあえず静かにしよう。ね?」
「うん、そうね!」
「お、お前らなぁ!」
「いいから黙ってろ。さもないとその腹一発殴って気絶させてもいいんだぞ?」
「わ、わかったよ……」
ルーザのジロリと圧のある眼差しに、それが冗談でないことを思い知って黙り込むイア。静かになったのはいいのだけど……イアが一体、何に慌てていたのかは結局わからず終いになってしまった。
そして……時間が来た。途端に、噴水からさっき注いだ星の粉が輝きだし、周りが銀の光に包まれる。
その光に合わせてか星の精霊が高く舞い上がる。星の精霊が粉を纏いながらくるくると回っていき、星の粉が空高く登っていく。星に願いを届ける……それを表現するかのように。
その光で夜空が銀色に飾り立てられ、すごく幻想的で綺麗な光景だった。
「わあ……綺麗だな……」
「ああ、確かにな」
みんな、光に見惚れた。ルーザもこの時ばかりは素直に綺麗だと認めていた。
願い事が本当に叶うのか、それは分からない。それでもこの景色は誰が見ても美しいと思えるようなもので……この光景が見られるだけでも幸福なような気がした。
そうして光が消え去るまでの間、私達はしばらくその様子に見入っていた……。
星の粉の光がおさまった後、イアとエメラと別れてルーザと屋敷に帰った。夕食も終えて、2人でそれぞれ自由に過ごしていた頃に、私はテーブルの隅に置かれていたカゴが目に留まる。
「あ……そうだ、ルーザ」
「あん?」
テーブルの真ん中にその紅い苺で一杯のカゴを置いた。ルーザがお土産に買ってきてくれた、スカーレットベリーだ。
「折角貰ったんだから。2人で食べる約束してたでしょ?」
「ふっ……そうだな」
ルーザは少し笑みを浮かべながら椅子に腰かけた。
それから2人でスカーレットベリーを摘んで食べる。スカーレットベリーはよく熟していて、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がってとても美味しかった。
……2人でこうしてここでなにかを食べるのも最後なのかな。
そう思うと、やっぱりわかってても寂しくなってきてしまう。これからも会えたとしても……しばらくは離れてしまうことに胸が締め付けられる感覚に捉われるように感じた。
でも、今はルーザが帰ることが優先だ、私の我儘を言うわけにはいかない……そんな気持ちを抑え込みながら、最後の苺を口に放り込む。
……満月まであと一日。




