第7話 眠る火炎(1)
「……えっと、今日はこれかな?」
迷いの森に大勢の妖精が押しかけて早2日、私……ルージュとルーザはその時に貰った大量の菓子やフルーツを食後やお茶の時間などで少しずつ消費していた。そして今も、朝食のデザート用に選んでいる最中。
流石に2人じゃキツいところがあるし、数日後にはルーザは元の世界に帰ることになっていることもあるからエメラにも素材として使ってもらったり、自分自身で食べたりと手伝ってもらってる。今回ばかりはエメラがお菓子好きで本当に助かった。
折角、ルーザがお土産にスカーレットベリーを買ってきてくれたというのに、この品物の山のおかげでどうしても後回しになってしまい。最後の日までには2人で食べられるといいんだけど。
ちなみに大分食べたとはいえ、まだテーブルの角に箱やカゴが積み上がってる。これだけのお礼を貰うようなことをしたルーザも詳しいことは黙ったまま。頭を抱えてる上に、王都への外出も何故だか頑なに拒否してる。
気になるけど話したくないようだし、あまり聞くものじゃないかな。
「はい、ルーザ。これ今日の分」
「ああ」
その『今日の分』を私はルーザの目の前に置く。今日はフルーツをまとめて刻んでからそれを絞って、それで出た果汁を混ぜてミックスジュースにした。方法は単純だけど、結構な量を放り込んだおかげでかなりの量を消費できた。
その使ったフルーツもプレゼント用のそれなりに高価そうなもの。そのため味も文句なしのものなんだけど……こんな豪華な盛り合わせ貰うルーザは本当に何をしたんだろう。
「……あ、そうだ。今日エメラが何かしたいことがあるらしいから、カフェに行くことになってて」
「具体的に何するんだよ?」
「分からないけど、なんか嬉しそうにはしてたよ」
「……また自分の趣味をやるんじゃないだろうな」
ジュースを飲みながら話した今日の予定に、ルーザはげんなりとした表情を浮かべる。
昨日も今日やることについての話し合いを4人でしたのだけど、エメラは私達より遥かに楽しみにしてるように話してたし、その可能性は高そうだ。
でも、こうしてルーザと過ごせるのもあと僅か。エメラの趣味だろうがそうでなかろうが、あと2日すれば会うこともしばらくは出来なくなる。内容はともかく、ルーザにも目一杯楽しんでほしい。
「……なあ、ここって護身術の授業ってあまり力を入れてないのか?」
「え? あ、えと……そうだね、国が戦争とか争い事には加担しない方針だから、その気質が国民にも伝わって、あまり武器を持ち歩かない風習があるかも。魔物退治も基本的に衛兵任せだね」
「だからかよ……」
そう言いながら、ルーザは積み上がった贈り物を睨みつける。その表情にはうんざりという感情が見て取れた。
「えっと……それがどうかした?」
「いや。妖精助けも大概に、ってのを教訓にしとこうと思ってな」
「……?」
多分、この贈り物を貰った時の原因になるものについて言ってるのだろうけど、私には理由がさっぱりだった。
それほどまでに何か懲りることがあったのか。本人から聞けない以上、わからず仕舞いになるのだけど……。
ミックスジュースを飲み終わった後に、私達は予定通りエメラのカフェに向かう。
休日の朝早い時間ということもあって、まだカフェは開店前。私達の他に誰もいないテラス席に、イアは待ち合わせのために腰掛けていた。
「おう、来たか」
「イアは何するのかとかは聞いてない?」
「全然だ。ってことは、そっちもなのか」
「ああ、オレらも何も聞かされていない。マシならいいんだがな」
イアもエメラが何をするのか聞いていないらしい。イアにまで秘密にするなんてことは滅多にない。余程大きなことをするのかと、少し不安にもなってくる。
3人であれこれ模索しているとエメラも紅茶を運びながら私が囲むテーブルに来た。
「あっ! ルージュとルーザも来たんだ」
「うん、ついさっきね」
エメラはにっこり笑い、持って来た紅茶をテキパキと並べていく。紅茶の爽やかな香りがふっと漂ってきた頃に、私は本題を切り出すことに。
「ねえ、エメラ。いい加減、何するのか教えてほしいんだけど」
「うん。実はここ最近でわたし用のキッチン道具買い換えてね、お小遣いピンチになっちゃったから……」
「うん?」
エメラは一度、言葉を途切らせる。まるで何かを宣言する雰囲気だ。何事かと身体が少し強張る。
「だから今日はお小遣い稼ぎしたくて!」
……。
「「「……え?」」」
いきなりの提案に私達は戸惑い、ぽかんとした声が重なった。何をするのかと思いきや……全く予想外の提案に私達3人は揃って首をかしげる。
いや、何故にそんなことを。そもそもどうやってやるつもりだろう。
「すっげー唐突なんだけどよ、行くアテはあるのか?」
「もちろん。噂で聞いたんだけど……」
エメラは早速、その提案に至るまでの動機を説明していく。
エメラによれば、王都郊外の山に今もまだ貴重な鉱石がたっぷり埋まっている廃鉱あるらしい。ただ、強力な魔物が棲みついた為に今は手つかずになって、そのまま放置されている……とのことだ。
噂って言ってる時点で、あまり信用を置けないのだけれど……。それに魔物ってことは私達に一緒に誘ったことを大体予想できる。
「魔物が怖いから、お守り代わりに一緒に来てってことか……」
「そう! 流石ルージュ、よくわかってる!」
「そこは褒められてもなんにも嬉しくない……」
皮肉にしか聞こえないエメラの褒め言葉に思わずがっくりと項垂れる。
エメラは筆記は出来るけど、実技は苦手だ。それに対してイアの実技の成績はなかなかのものだし、私も中の上は取れている。ルーザの成績は分からないけど、あれだけ大きな鎌を振り回せるのだからかなりなものの筈。魔物を退治するのに自力だけでは不安があるから、私達に協力してもらおうってことだろう。
「でも本当だったらすごいことじゃない? 鉱石は沢山あるみたいだから稼ぎ放題!」
「セリフだけだと汚い盗賊に聞こえるぞ」
「失礼な! 確かめようってだけ!」
ルーザの言葉に心外だ、と言わんばかりに抗議するエメラ。でもルーザの言うように、ただ独り占めしようとしてるようにしか聞こえないんだけど。
それに、逃げ出さなきゃいけないくらいの魔物だなんて、相当なやつがいるんじゃ。それに姉さんからそんなこと一切聞いてない。
「国も調べてないよ、そんな廃鉱。稼ぐ前に倒れたりなんかしたら元も子もないじゃないの」
「そ、それは……その時は全力で逃げよう! それに限る!」
「あのね……」
明らかに考え無しで突っ込もうとしているエメラにため息が漏れる。
そんなところに行って本当に大丈夫なんだろうか。今の話だけじゃ不安しかない。
「それに何買うつもりなんだ? 稼ぎたいってことはなんか欲しいんだろ?」
「うん。すぐ買わなきゃ意味ないの。わたし、絶対それ使いたいし」
「えっと、だからなんなんだよ?」
「ヒントは明日!」
イアがいくら聞いてもエメラはぼかしたようにしか答えない。
それにしても明日は何か特別なことがあっただろうか。私には特に思い当たることが無いし、行事とかがあるにしても最近まで城から出てなかったせいで私にはさっぱりだ。
「理由はともかくオレは興味あるぜ。それこそ鉱脈掘り出したら一攫千金じゃねえか!」
「イ、イアまで。えっと、ルーザは?」
「金とかはどうでもいいが、そこにいる魔物の方が気になる。追い出されるほどヤバいやつなんてな」
ルーザも意外に興味を示してる。
何故かはわからないけど、ルーザに何かあったせいで王都には行けないし、私も今日は特に予定がない。これと言って断る理由が思いつかない。
「わかったよ、付き合う」
「ホント⁉︎ ありがとう!」
結局、エメラの押しに負けるような感じで行くことになってしまった。私達3人は不安が残る表情で、顔を見合わせて思わず苦笑い。
決まってしまったのなら仕方ない。汚れてもいい服装に着替えるために一旦2人と別れ、後に集まることを約束した。
ルーザはこっちに来たのがいきなりのことだったから着替えも持ち合わせていないので、私の比較的動きやすそうな服を貸した。私も汚れが目立たないよう、黒いローブを来て行くことに。




