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 アーリスがコージャイサンに泣きついた翌日にはラムーアが張り切って用意した最良品のさくらんぼの発送が完了し。

 その数日後、荷物が届いたカティンカから礼を言われたりと、それ以外は変わらない日々を送っているうちに八日が経った。


『魔導具の用意が出来た。遣いは今日出発するから到着したら受け取ってくれ』


「分かった。待ってるね」


『ああ。対応頼むよ』


 思っていたよりも早い連絡に驚きながらもアーリスは了承の意を返した。

 そしてさらに四日後の夕暮れ時、遣いが訪れたとラムーアに告げられてサロンに向かうと、そこにいた人物に彼は目をまん丸にした。


「え? カティンカ嬢⁉︎」


「アーリス様、ご機嫌よう」


「ご機嫌よう。って、え、あれ? あの、どうしてここに? そんな事、一言も……」


 アーリスが戸惑うのも当然だ。昨日も一昨日もいつも通りに検証をしていたし、カティンカからこちらに来るとは一切聞いていないのだから。

 彼女はまるで悪戯が成功した子どものようにニカッと笑った。

 けれども、ひとつ深呼吸をするとそこに居たのは微笑みを浮かべる貴婦人であった。


「私の一月の成果披露も兼ねてお遣いに参りました」


 そして、披露された丁寧な淑女の礼(カテーシー)は努力の賜物だろうか。

 同じく礼を返したアーリスだが、領地の邸のサロンでカティンカと対面しているのはなんだか変な感じがする。顔を見合わせた二人は同時に照れ笑いをした。


「突然の訪問で驚かせてしまってすみません。あの、コージャイサン様からお手紙を預かってるんですけど……」


「拝見します」


 そう言って差し出された一通の手紙。

 ラムーアや他の使用人がいる手前、淑女の仮面を外さないのだろうが、アーリスはその姿にどことなく違和感を覚えてしまう。

 結婚式の時よりも良くなった仕上がりのせいだろうか。

 それとも素のカティンカとのやり取りにすっかり慣れきってしまっているからだろうか。

 彼女の努力を自分が無駄にするわけにはいかないとアーリスも言葉を飲み込み、そのまま対応を続けることにした。


 さて、手紙を読むと、彼女がコージャイサンの使者として来た事は間違いないようだ。

 見慣れた筆跡でまずは驚かせて申し訳ない事、到着が夕刻になった場合は泊めてあげて欲しい事、使者の滞在費用はコージャイサン出す事が書かれていた。その一文にまた胸がざわつき始めた。

 しかし、いくら妹のように思っていても未婚の、それも妙齢の女性を、仕事相手とは言え男の邸に泊めていいものか。

 悩みながらもアーリスが顔を上げると、彼女は心なしか困ったように眉を下げているではないか。

 それもそうだろう。高位貴族(コージャイサン)に言われたのなら子爵令嬢(カティンカ)が是と答えるしか出来ない事は分かりきっているのだから。困っている彼女をどうして放っておけようか。

 それにもう日がだいぶ傾いている。今から宿を探せと言うのも酷な話だ。泊まりを断ったとしてもカティンカなら軽い調子で探しにいきそうだが。

 けれども、その道中もしも何かトラブルに見舞われたら……考えただけでも心配で落ち着かない。ならばまだ自分の目の届く範囲にいてもらうほうが安心だ。

 自分の胸のざわつきと、カティンカの安全を天秤にかけて。

 アーリスは腹を括ることにした。


「事情は分かりました。遠いところまでご足労いただきありがとうございました。夜の移動は危険ですからぜひ今晩は泊まっていってください」


「すみません。お世話になります」


 ほっと安心したように肩の力が抜けた彼女にアーリスは優しく微笑みかけた。そして、泊まるとなれば準備が必要だと執事にその視線を向ける。


「ラムーア、客室の用意をお願い」


「かしこまりました。ジンシード子爵令嬢様は長旅でお疲れの事でしょう。晩餐の用意が整うまで客室でお待ちいただくのはいかがでしょうか?」


「あ、そっか、うん。確かにその方がいいね。それなら誰かカティンカ嬢についてあげて欲しいんだけど……」


 王都の邸ならばイザンバ付きであったシャスティやケイトに頼めばいいのだが、今領地にいるのはアーリス一人。つまり貴族令嬢の世話に慣れているものがいない。

 どうしたものか、と考え出すアーリスにおずおずと声がかかる。


「あ、あの、家から一人ついて来てくれているのでそこまでしていただかなくても大丈夫です」


 言われてみれば、茶髪で分厚い眼鏡をかけたカティンカよりも小柄なメイドがそっと後ろに佇んでいる。

 メイドはアーリスの視線に気付くとぺこりとお辞儀をした。


「そうですか? 何か困った事があれば遠慮なく言ってくださいね」


「はい。お気遣いありがとうございます」


「客室までご案内いたします。ジンシード子爵令嬢様、どうぞこちらへ」


 ラムーアに対して貴族令嬢らしく頷くとアーリスへと向き直った。


「アーリス様、お言葉に甘えて一旦下がらせていただきます」


「はい。ゆっくりしてくださいね。あ、もし本が読みたくなったら言ってください。と言ってもザナからの借り物なんですけど」


「え、いいんですか? でも私も何冊か持ってきてるんで大丈夫です」


 けれども彼女は食いつかなかった。それどころかいつもの明るい笑顔とは違い、淑やかな微笑みを浮かべたほどだ。

 試したつもりではなかったが、結果は淑女の仮面の勝利のようで少し気まずくなりアーリスは笑って誤魔化した。


「あはは、そうですよね。引き止めてすみません」


「いえ。アーリス様のお気遣い、すごく嬉しいです。それでは失礼します」


 授業の愚痴を言えどもカティンカが元々出来ている部分もあったのだから、そこを強化されたと思えば今の対応にはなんの問題もない。


 ——でも、なんか……やっぱり変な感じがするな……淑女モードだからかな……。


 何が、とは言えない。既視感はある、けれども何かが違うような。

 イザンバの淑女の仮面を見てきたからギャップには慣れているつもりなのにと、首を傾げながらアーリスも執務室へと戻った。


 さて、急な来客にも関わらずおもてなしはきちんとされている。使用人たちの仕事ぶりに邸の主人代行は申し訳ないやら誇らしいやら。

 食事中も彼女はしっかりと淑女の仮面を付けており、自然とアーリスもオタ活の話は避けるようになった。

 ただただ和やかに夕食を終えた後、二人はサロンで向かい合わせに座っている。その真ん中の机の上にカティンカ付きのメイドが一つの箱を置いた。


「これが新しい魔導具なんですけど……ふふふ、見たら驚きますよー?」


 ニマニマと悪戯を仕掛けるような表情の彼女の言葉にごくりと息を呑み、アーリスは蓋を外した。


「え、すご……本当に球体じゃない!」


 そこには手の大きさほどの長方形の水晶の板と、ほぼ同じ形のケースがひとつ。早速水晶板を手に取ってみて、さらに驚きの声を上げた。


「うわっ、しかも軽い!」


「ね! こんな形になるなんて思いもしませんでしたよね! アーリス様、下の丸いボタンに魔力を流してみてください」


「こうですか? おおっ!」


 魔力を通すと画面に連絡先、通信履歴、設定の文字が浮かび上がって、アーリスから感嘆の声が止まらない。


「この履歴とかはイザンバ様の意見だそうです。誰と話したのかが分かるのと、出られなかった場合も不在履歴として残るそうです。あと連絡先の登録できる数も増えてるとか」


「えー、すごっ!」


「まだ何も登録されていないんですけど、この文字を指先でポンって触れると情報が出てくるんだそうです」


「へー! 簡単だ! それに見やすくていいですね!」


「私もそう思います。ただこの水晶の板だけじゃ自立しないじゃないですか。そこでこっちのケースに入れるそうです。で、ケースの後ろのここ。これ、開いてみてください」


「えっと、こうかな? うわっ、え、壊した⁉︎」


 言われた通り容器の背面に収納されている板を開く。しかし、その時にパキッと音がしてアーリスに焦りが生じた。


「あははは! 大丈夫、壊してないですよ! 音が鳴るまで開けるのが正解なんですって。これがスタンドで、ケースとスタンドと机で三角形になって……ほら! こうやって立つそうです!」


「わー、本当に立った! すごいなー!」


 感動しきりのアーリスの対面で彼女は手順書を見たり、魔法陣を広げたりと準備を進めた。


「では、切り替え作業を行いますね。えっと、この魔法陣の上に元になるものと新しいものを置いて情報の引き継ぎをするそうです」


「成る程」


「昨日まで使ってた水晶お預かりしてもいいですか?」


「あ、部屋にあるんです。レポートも一緒に取ってきますね」


「お願いします」


 オタトークをしていないせいか話も逸れることなく穏やかに進む。

 いい事なのに何か物足りないなと感じながらアーリスが部屋に戻ると、タイミングよくチリンチリンと水晶が鳴った。

 慌てて時計を見ればいつもの検証時間を示していて。

 けれども彼女は今この邸のサロンにいる。ならばイザンバかコージャイサンだろうと考え。水晶に魔力を通した。

 しかし、そこに映ったのは二人ではなく目を引く鮮やかなスイートオレンジの髪。どくり——と心臓が大きく音を立てた。

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― 新着の感想 ―
凄い本当にほぼスマホではないですかΣ( ゜Д゜) そしてわざわざ水晶でカティンカ嬢が何を話すのかドキドキしますね(*´~`*) でもカティンカ嬢の方がお友達のお兄様って感じだから色っぽい話ではないかな…
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