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「ハァ〜イ! アタシの治癒魔法が必要なのはどの子かしら〜⁉︎」
勢いよく入ってきたのはサイドで纏められたゆるふわローズピンクの髪、好奇心に煌めく紫水晶のような瞳、派手で濃いメイクや女性のような話し方が特徴的だが、正装は男性用だ。
「やぁーん、可愛い子たちがいるわ〜! セレスティアちゃんたら相変わらず人使いが荒〜いって思ってたけど俄然ヤる気出てきちゃった! もちろん総大将に言われたらヤる一択なんだけど!」
うふふと笑いながら体を揺らす人物にただあんぐりと口を開けるジンシード子爵一家。そんな彼らを横目に平静を装ったアーリスが妹に問うた。
「ザナ、こちらはどなたかな?」
「こちらは防衛局医療管理官のロイド・エクター様です」
「え?」
「医療管理官のロイド・エクター様です」
「は!!!???」
子爵一家の驚きと言ったらない。信じられないと顔に書いてあるが、確かにロイドはその手に黒い板の他にカルテも持っており医療部関係者というのは間違いないのだろう。さらに信じ難いことにその部署の長だと言うではないか。
「うふふ、初めまして! 医療部のスーパースターとはアタシの事! ロイ姉って呼んでね〜! 脳筋騎士のバキバキな複雑骨折も、偏屈魔術師の濃ゆ〜い魔障も、謎の液体被ってイッちゃいそうな研究員も、み〜んなまとめて治しちゃうゾ!」
お茶目な自己紹介のシメに綺麗に決まるウインク。キラーンと星が飛んだのように見えたが気のせいではないだろう。
思考停止する者が多い中、イザンバは朗らかに口を開いた。
「ロイ姉様、皆様への治癒をよろしくお願いします」
「任せてちょうだい!」
「マジで⁉︎ 普通に呼んでるし!」
ロイドとにこやかな笑みを交わすイザンバと。
「成る程、防衛局所属といわれると納得の個性的な方ですね」
「そういう納得の仕方しちゃうんすか⁉︎」
あっさり受け入れるアーリスにハマルは驚きと尊敬が入り混じり。
「オネエなお医者様……キターーー!」
「姉さんは黙ってろ!」
「はっ! そうよね! 見た目をどうこう言っちゃいけない! てか、『ひよっこ兵士物語』のロイド先生と同じ名前ってだけでも滾るんだが! ね、イザンバ様!」
「姉さんの嗜好を人ふるな! マジ黙れって!」
騒ぐ姉にはひたすらツッコミを入れる。なんとロイドの登場に姉の淑女の仮面も弟の紳士の嗜みもすっかり吹き飛んでしまったようだ。
「うふふ、元気な子たちね。アタシそういう子大好きよ!」
そう言いながらしなをつくって投げキッスするロイド。それに対してカティンカは嬉々としてキャッチし、ハマルは嫌そうな顔をした。
ジンシード子爵夫妻は無言だが、どうやらロイドの個性に圧倒され情報処理に時間がかかっているようだ。親子でも反応がバラバラだが、ロイドは気にした様子もなくパンっと軽く手を叩いた。
「さ、せっかくのパーティーなんだもの。パパッと治しちゃいましょうね!」
そんな彼のウインクを受けてルサークはしどろもどろになりながらも懸命に首を横に降る。
「そ、そそそそそんな、私どもはたい、大したことはございませんので大丈夫でございます!」
「遠慮しなくていいのよ〜。診察も治癒もアタシにかかればあっという間なんだから! それにセレスティアちゃんから頼まれたとはいえ患者がいれば治すのがアタシの仕事だもの」
「ですが本当に管理官様のお手を煩わせるほどではありませませんので。それにこれ以上は火の天使様たちのご迷惑にも……」
ところがまだ遠慮しようとするルサークにイザンバが徐に動いた。
近付いてきた彼女はなんとベッドの横で膝をつくではないか。敬愛の対象が目の前に来た事、さらに膝をつかせてしまった事にルサークは緊張と恐れ多さに身が強張った。そんな彼に真っ直ぐに向けられるヘーゼルの瞳。
「ご自身の体ですから子爵が一番よくお分かりでしょうが、どうか私たちを安心させる為と思って診察を受けてくださいませんか?」
「火の天使様の仰せのままに!」
なんとあっさり頷いた。そんな父の様子に顔を顰めているカティンカや苦笑を浮かべるアーリスが少し引いた位置にいたロイドの目に入る。
「あらまあ〜困ったちゃんね……それじゃあ子爵夫妻から始めましょうか。治癒魔法をかける前に診察するわね」
二つのベッドの間を陣取るとロイドは途端に真面目な顔つきでになった。治癒魔法は体全体をぼんやりと包むより患部に向けてかければ治りが格段に早くなる。しっかりと原因を探ろうとする彼の眼差しに先程のお茶目さはない。
「視診は……どちらも異常なし。次、触診するわね。子爵、頭触りますよー。痛みや違和感はあるかしら?」
迷いのない手つきや所見を述べる姿は紛れもなく医師のもの。自然とルサークの返答も真面目なものになる。
「いいえ、ありません」
「他に気になるところは?」
「いえ、特には」
「お父様、足は? さっき転けてたじゃない」
ここでカティンカが口を挟んだ。さてはてルサークは見栄を張っているのか、ただ単に忘れていたのか。
カルテに書き込みをしていたロイドだが、カティンカの言葉をしっかりと拾い本人に改めて尋ねた。
「あらあら〜、どの辺り?」
「こちらの膝を少々。お恥ずかしい話ですが、火の天使様にご無礼がないようにと慌ててしま……いたたたたたっ!」
「やだぁー、押しすぎちゃった! 触った感じは折れてなさそうだけど、後でちゃんと確認するからちょっと待っててくださいね」
ロイドに打ったところを押されて涙目のルサークにこれまた軽くウインクを投げかけると、今度はマヌフィカに向き直った。
「それでは子爵夫人、子爵と同じようにしていきます。少し触りますね。痛みや違和感はあるかしら?」
「大丈夫ですわ」
「それじゃあ次は骨に異常がないかも調べましょう。寝てたからお飾りも取ってるし丁度いいわ」
「え、骨、ですか?」
「大丈夫よ、痛いことはしないから安心してね」
しかしマヌフィカの表情はどうにも懐疑的だ。すると、ここでもイザンバが動いた。そっと夫人の手を握る彼女に浮かぶのは慈母の微笑み。
「子爵夫人、大丈夫です。どうかロイド様を信じてください」
「はははははいぃぃぃ! 火の天使様の仰せのままに!」
これまたあっさりと陥落。夫婦揃ってのチョロさに姉弟は呆れるやら頭が痛いやら。流石のロイドも苦笑いだ。
「あらやだ、こっちもなのね〜」
「何がですか?」
「うふふ、気にしないで。イザンバちゃん、アシストありがとう。それじゃあ夫人、念の為聞くけど妊娠の可能性はあるかしら?」
「えぇ⁉︎ あ、ありません! なんて事を聞くんですか⁉︎」
「ああ、ごめんなさいね。妊婦さんは避けた方がいいから一応聞いたのよ。少し頭を浮かせてもらっても?」
「はい」
そう言ってロイドが取り出したのはカルテと一緒に持っていた黒い板だ。その間に紙を挟むとマヌフィカの頭の下にひいた。
「これで何を?」
「透過撮影の術式で骨の状態を確認するのよ。正面からと横からの二枚撮るわね。専用の撮影機を使ったら早いんだけど今日は持ってきてないのよ。少し時間がかかるけどじっとしててねー」
そう言ってロイドが手を翳すと現れた一つの魔法陣。それをマヌフィカの頭部全体を読み込むようにゆっくりと動かした。
二回の撮影が終わり起き上がったマヌフィカを家族が囲んだが特に変化はないようで、本人も何をされたのかいまいち分かっていないようだ。
果たしてそれで一体何が分かるのかと子爵一家の視線がグサグサと刺さる中、ロイドはカルテに挟んだ二枚の写真を真剣に見比べている。そして、含み笑いしながら結果が気になるであろう彼らにそれを見せた。
「きゃあっ!」
「うわっ!」
「なにこれ⁉︎」
「ふふふ、面白いでしょー? 人の頭ってこんな形してるのよ。白骨遺体にならなくてもちゃんと見れるなんてすごすぎない⁉︎」
彼はとても嬉しそうに言うが、撮られた本人は遺体と並べられて恐怖を抱いたのか顔を手で覆い、子爵は妻の肩を抱きながら絶句している。
「そこ喜ぶとこなんだ……白骨遺体なんて見たくないけど……」
と零すのはハマル。
「こんな術式があるなんて知らなかった! 医療管理官ってすごいですね!」
カティンカだけは尊敬の眼差しをロイドに向けた。
「そう思うでしょ? でもね、これ魔導研究部がイザンバちゃんからのヒントを元に開発したのよ!」
「ええ!!!???」
その発言はまたジンシード子爵一家を驚かせた。ああ、彼らは今日は一体何度驚いたことだろう。
さて、「なんで今それを言ったんだろう」と淑女の仮面の裏で疑問符を飛ばしていたイザンバの肩にポンと手が置かれた。アーリスの手だ。
「ザナ、どういうことかな? 僕がちょっといない間になんでまた新技術を作ってるの?」
「これはコージー様が幼児化した時の話ですよ。言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないよ! そっか、あの時のきっかけの……ああ、小さいザナに浮かれてないでもっと注意して聞いとくんだった……その時ザナは大丈夫だったの?」
「はい、私はコージー様たちが守ってくれましたし、魔導研究部ではああいうトラブルは割と日常茶飯事だそうです」
「あー、ね。僕も友達が防衛局勤めだから聞いたことはあるけど。将軍と元帥も壁を壊したりするんだってね」
クタオ兄妹の話を聞いて子爵夫妻はどこか心配そうな表情だ。コージャイサンに防衛局の人を紹介してもらえると期待していたが、どうやら不安を覚えたらしい。パフォーマンスがとても決まっていただけにその直後の氷漬けやトラブルが日常茶飯事であると聞くと余計に。
そんな両親の内心を娘は露知らず、好奇心の赴くままにイザンバに尋ねた。
「ねぇねぇ、イザンバ様。これ撮るのにお飾りがない方がいい理由ってなんですか?」
「金属は骨と同じで密度が高い物質なんです。この術式に使われている波長が密度の高い物質は透過せずに、密度が低い物質、皮膚とか紙とか布とかを透過する性質があるんですけど、お飾りをつけたままだと形がそのまま写ってしまって重なった部分の骨の様子を確認できないからですね」
「へぇー、そんな不思議な波長があるんだ。それ、人体に影響はないんですか?」
「実は自然界にも存在しているから日常的に浴びてる波長なんです。だから極端に回数を重ねない限りないですよ」
「何回くらい?」
「発病のリスクという事なら短時間に百六十回以上ですね」
「それって実際には不可能なやつでは? てか、それを知ってるってイザンバ様すごいですね!」
「私はたまたま知ってたから話しただけで、すごいのは術式を作った魔導研究部の皆さんですよ」
ただただスプラッタ案件を回避したかったイザンバとしては賛辞を向けられるのはとてもくすぐったい。だから以前のように秘技『言うべき相手はあちらですよ』を発動したのだが。
「ヤダー! そんな謙遜しないで! たまたまで出てくる知識じゃないもの! イザンバちゃんがたくさん勉強してきたからでしょ? コージャイサンちゃんの婚約者になってから大変だったっていうのも有名な話よー。人の恋路を邪魔する子はモテないのに! これ鉄則よね、夫人⁉︎」
「え? ええ、そうですわね」
ロイドの大きな声で、けれども嫌味のない否を突きつけられたイザンバはもちろん突然話を振られた子爵夫人も驚いた。
「イザンバちゃんは骨の強度にも詳しかったんですって。医術書も読んだのよね?」
「はい。以前人体に興味を持った事がありまして」
「うふふ、それってコージャイサンちゃんが怪我した時に手当てしたいとかかしら⁉︎」
楽しそうに問いかけるロイドにイザンバはただ静かに微笑み、少しだけ小首を傾げた。セレスティア直伝、誤魔化しの微笑みである。
「ああーん、健気で一途でとっても可愛いわー! 恋の力は偉大ねー! ねーぇ、夫人もそう思わない⁉︎」
「恋の力……恋の…………」
そう呟いたマヌフィカは今一度イザンバにしっかりと視線を向けた。
火の天使への敬愛と感謝は尽きない。けれども敬愛フィルターを取り払えば目の前にいるのは自分の娘と歳の変わらない、今日誰よりも幸せに満ちている花嫁だ。それにマヌフィカはここに来るまでに確かに見たのだ。思い思われ寄り添う二人の姿を。
『生のイザンバ様はね、年下とは思えないくらい素敵で可愛い人で』
『イザンバ様は発光物じゃなくてコージャイサン様の事が大好きな可愛い花嫁様だから大丈夫』
どうしてだろう。娘の言葉を思い出した。そして、去来する自身の恋。
——熱に浮かれた甘酸っぱい初恋を
——叶わなかった恋の苦味を
——ルサークと交わした思いやりを
イザンバの美しい所作や蓄えた知識、火の天使を生むほどの想いがたった一人のためだと思うと……マヌフィカの胸がじわじわと熱くなる。
「はい、とても——……とても素敵なお話ですわ」
「うふふ、そうよね。恋する乙女は可愛いだけじゃない。こっちがあっと驚くようなすごい力を発揮するのよね!」
「ええ、そうですわね」
子を見守る母の眼差しとなったマヌフィカはロイドの力説にもしっかりと同意を示すように微笑んだ。




