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【超短編小説】八王子Burning

 なんでですか。

 なんで今日なんですか。

 逮捕されるのは構いませんよ。そのくらいの覚悟はしています。

 でも首里城とか金閣なんか燃やしてる場合じゃないんですよ。

 もっと他に燃やさなきゃいけないものがあるでしょう?

 焼かなきゃいけないものがあるでしょう?

 ほら、あなたも鼻声だし目が真っ赤じゃないですか。

 敵の敵は味方と言うでしょう。

 ひとまずは行かせてください、話はその後です。



 冗談じゃあありませんよ。

 僕にはやらなきゃいけない事があるんです。

 ほら、どいて下さい。

 それとも一緒に行きますか。

 ……そうですか、それは残念です。

 でも、きっと僕じゃなくても誰かがやりますよ。


 ぐねぐねと小さな木を捻じ曲げて挙げ句には針金で固定して美しさを競う盆栽だとか生け花だとか、そんなもので植物の美しさがどうと言う世界に対して絶望しているんです。

 苦痛しかない。

 お前たちは一生をそうやって小さい庭とかベランダで精々が小学生の弁当みたいな大きさの植木鉢で何か立派な事を成し遂げた気になっていればいいんです。


 非常に面倒くさくなったが仕方ない。

 俺は幾つかのガソリンスタンドに行ってそれぞれのスタンドで灯油を買い求めた。

 赤いポリタンクになみなみと注がれた液体が心地よく揺れる。

 まるで母親の胎内みたいだ。

 もっともその頃の記憶は無いが、人間ってのはそういう風に感じるらしい。

 まぁどうでもいい話だ。




 とにかく俺は灯油を買って家に帰った。

 そして別のポリタンクに灯油を移しながら、車からは手動ポンプでガソリンを汲み上げていく。

 灯油とガソリンが半々くらいになるようにして混ぜる。

 ガソリンと灯油が入ったポリタンクをいくつか揃えて、軽トラの荷台いっぱいに赤いポリタンクが搭載されていく。



 俺はにっこりと笑う。

 岸田劉生の絵みたいに暖かい微笑みだ。

 荷台に掛けたシートはさながら青空を包む夜の黒いカーテン。

 開ければ太陽がそこにある。



 面倒な作業をやり遂げた。

 俺は満足感でいっぱいだったんだ。

 明日は早起きをして西へ向かう。高速道路だって使っていい。そうして俺は荷台のシートを剥がす。

 朝が来る。

 一面の赤いポリタンク。

 俺はその白いキャップを外して蹴り倒す。

 太陽からどくどくと灯油ガソリンがこぼれ出てくる。



 俺はゆっくりと軽トラックを動かしながら線を描く。

 太陽の長い尾っぽでハレー彗星みたいに線を、できるだけ遠くまで。

 空になったポリタンクを蹴り飛ばす。

 次のポリタンクを開ける。

 蹴り倒す。

 灯油とガソリン。

 ゆっくりと動く軽トラック。



 俺はそれを繰り返す。



 そして最後の太陽が流れ出たら咥えていた煙草を投げ捨てる。

 太陽の長い尾が一瞬で綺麗に燃え上がる。 

 シミだった太陽が本当の太陽に。

 俺はにっこりと笑って眠る。

 暗闇で眠る岸田麗子だってここまで笑えなかっただろう。

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