第26話 先輩との距離感
アルバート魔道学校の代表八名にわたしは選ばれた、ということになった。
眼鏡先輩に勝ったのがいけなかったのか、やたらと上級生から睨まれている気がしてならない。ホリンくんがいればさっと目を逸らされたりはする。一年なのに番長かよって思う。
「エルくん。もうすぐ対校戦だけれど、調子はどうだい?」
「シグルド先輩。ええ、ぼちぼちです」
わたしが眼鏡先輩と代表決定戦を行った日に出会ったシグルド先輩。あれから彼はよくわたしに声をかけてくれるようになった。
声をかけてくれて嬉しいのは嬉しいのだけど、シグルド先輩がわたしに笑いかける度に女子生徒からの睨みつける攻撃がきつくてたまらない。
シグルド先輩って顔が良いからなぁ。誰にでも向ける爽やかな笑顔が女子のハートを撃ち抜いているのだろう。ファンとか多いのかもね。
優しそうではある。それでもときめきの一つも感じないのは、わたしが元男だからだろうか。タイプじゃないって可能性もあるけれど。まだよくわかんないね。
「この間のルヴァインとの戦いは素晴らしかったからね。私もエルくんの実力を目の当たりにして考えが変わった。また、キミとは時間を作ってゆっくりと話をしたいものだ」
ルヴァインって誰だ? とか思ったけど、話の流れ的に眼鏡先輩のことだろうな。やばっ、すでに名前忘れちゃってるよ。ごめんなさいルヴァイン先輩!
わたしが何かを答える前に、シグルド先輩はわたしの髪をさらりと撫でた。
ビクビクビクッ!?
体に電流が走ったかのように震えてしまった。い、今の感覚はなんだ!?
わたしがパクパクと口を開閉するだけで言葉を発せられずにいると、シグルド先輩はふっと微笑する。なんだその微妙な笑みは!?
周囲からは黄色い悲鳴。わたしに対する敵意がまた上がった気がする。
「ではまたね」
「は、はい……」
先輩に対する接し方がわかりません。前世から人間関係が微妙すぎて先輩後輩っていう距離感がよくわかんないんだよなぁ。社会人含めてってこれダメすぎる。
「おい」
「ぴゃっ!?」
急な背後からの声に変な声が出てしまった。は、恥ずかしい。
振り返れば仏頂面のホリンくん。不機嫌を態度から表していた。目つきの怖さが二割増しな気がする。
あー……、これはシグルド先輩といたのを見られてたな。
ホリンくんはわたしとシグルド先輩がいっしょにいるのを見ては不機嫌になる。とにかくシグルド先輩が嫌いでたまらないらしい。
二人の間に何があるのかはわからない。気になるけど聞けない。だってなんか怖いんだもの。不機嫌なホリンくんに聞けるほどの度胸はわたしにはなかった。
「あいつとしゃべんなって言ってんだろ」
「えっと……シグルド先輩のことかな?」
「……」
ホリンくんはそれだけで無言になってしまう。
最近ではいつものことだ。こうなると会話は諦めないといけなかった。
ちょっとやりづらい……。
てなことが続いていた学校生活。息抜きをしたくて王都に遊びに出るのは仕方のないことだろう。
※ ※ ※
「キミは、エル・シエルか」
「むぐっ……、眼鏡先輩」
昼間の大通りを屋台で買った串焼きを頬張りながら歩いていると、ばったり眼鏡先輩と会った。
「眼鏡先輩じゃない! 僕の名前はルヴァイン・エイウェルだ! ちゃんと覚えたまえ!」
「す、すみませんっ。ル、ルヴァイン先輩」
やべー、思わず眼鏡先輩って呼んじゃった。本人を目の前にしてそれはないだろ。当たり前のように怒られてしまう。
「というかキミは一体何をしているんだ! 仮にも貴族とあろうものが食べ歩きなんてはしたないぞ!」
「い、いやぁ……その……」
それくらいほっといてくれ。
ちょっと面倒なのに絡まれたのではなかろうかとやべー感じ。うん、やっぱりわたしって貴族っぽくはないな。別にすごい教育を受けたわけでもないからこれくらいのことで怒られる意味がわかんない。
ガミガミおじさんに絡まれてしまった気分。早く解放されたい。
「じゃあ、向こうで座って食べましょうか」
「は?」
わたしが指差した先にはベンチがある。
食べ歩きがダメなのなら座って食べれば問題ないだろう。
これで文句はないだろうと先輩を見ると、なぜだか顔を赤らめてそっぽを向いていた。
「う、うむ……。それならいいだろう」
よし、言質は取った。
とにかく文句を言われたのではおいしいものだっておいしくなくなってしまう。わたしはベンチへと早歩きに辿り着く。
座ってようやくやれやれしていると、隣に誰かが座った。
誰だと思って顔を向ければルヴァイン先輩だった。
「は?」と声を漏らしてしまうのをギリギリ耐える。
てっきりさっきので別れたつもりだったのだが、どうやらわたしについて来たようだった。
なんで? というのが顔に出そうになったけど必死で堪える。また文句が始まってしまうと面倒だ。
「何をしている。食べるならさっさと食べるといい」
「あっはい」
と、言われましてもなぁ。
ゆっくりおいしくいただきたかったのに……。あんまり親しくない人がいる時の食事ってなんでこうおいしくないんだろうか。
はぐはぐ串焼きを食べる。たぶん綺麗な食べ方じゃないんだろう。隣のルヴァイン先輩が渋い顔をしている。すみませんね、育ちの悪い貴族で。
「……あんまり見られると恥ずかしいんですけど」
「はっ。す、すまないっ」
ぐるんと顔を明後日の方向に向けてしまった。いや、そこまでせんでも。首痛めそうな動きだったな。
待たせるのも悪いので手早く食べきってしまう。
「ごちそうさまでした」
わたしがそう言うと、ルヴァイン先輩はゆっくりとこっちに目を向けた。
「キミは強いんだな」
「はい?」
前後の文脈がなさすぎて何を言っているのかわからなかった。
そんなわたしに気づかないのか、彼は目を細めた。
「キミの実力はすごい。僕なんかじゃ足元にも及ばないってことがわかってしまうほどに……」
しみじみ言う彼を見て、こないだの代表入りの戦いのことを言っているのだと気づいた。
「そんなことないですよ」
「謙遜しなくてもいい。僕は別にキミを恨んでいるわけではないし、むしろ感謝している」
「感謝、ですか?」
負けてせっかくの代表から落ちてしまったのに感謝とは一体? 首をかしげるしかない。
「キミはアルバート以外の魔道学校がどれほどの実力か知っているか?」
「いえ、知りませんが」
確か王都にはアルバート含めた四校の学校があるんだっけか。
知っているのはそれだけで、中身がどうなっているかは知らない。母校以外はよくわかんないよね。異世界でもそれは変わらない。
「対校戦は毎年行われているが……、アルバートの生徒が優勝したことはただの一度もない」
「えっ!?」
アルバートってそんなに弱いの!? さすがにそこまでだとびっくりしかできないんだけど。
「他の三校。ビラノフ、カラスティア、デルフ。これらの学校はアルバートの生徒の魔法を二つも三つも上回っている。今までそれを見てきて、僕は知っているんだ」
彼はぎゅっと拳を握る。少し震えていた。
そうか。ルヴァイン先輩は三年生だっけ。対校戦を見る機会はいくらでもあったのだろう。
「代表者に選ばれたのが光栄だったのは確かだ。けれど、僕は恐怖していたんだ。対校戦は国としても行事だ。王様だって観にくる。そこで僕が醜態をさらしてしまったら? それが怖くてたまらなかった」
情けない! なんて言えるはずもない。
前世の『俺』が訴える。彼を笑うべきではない、と。こういう感情がわかってしまうのがわたしなのだ。
恥をかくかもしれない。その考えがどれほど自身に負荷をかけるか知っている。
強い心を持っている者ならばそんな苦しみとは無縁なのかもしれない。鼻で笑ってしまうような悩みなのかもしれない。
どんなに苦しくて恥ずかしいか。それは味わった者にしかわからない。弱い心を持った者にしかわかりっこない。
「だから、感謝している。というのはおかしいだろうね。格好悪いにもほどがある」
「いいえ」
きっぱりと答える。
かっこ悪いのかもしれない。みんなそう思うのかもしれない。でも、わたしはそうは思わなかった。それが人の感情じゃないかって思うのだ。
「……それに、僕はキミに期待しているんだ」
「わたしに?」
「そうさ。いや、あれだけ僕を圧倒しておきながら期待しない方がおかしいだろう」
まあ、ぶっちゃけ苦戦はしなかったね。言わないけど。
「息巻いていた僕を完膚なきまで叩き潰してくれたんだ。もしキミが対校戦で良い成績を収めれば僕の立場も悪くはならないさ」
「ふふっ。じゃあ先輩の立場のためにもがんばってきますよ」
「そうさ。がんばってくれたまえよ」
二人で笑い合う。
合わない先輩かなって思っていたけれど、しゃべってみると案外そうでもなかった。
こんなエリートっぽい人でも悩んでいるんだ。ルヴァイン先輩のおかげでってのはおかしいかもだけど、わたしはほっとした。
「そ、そうだその……」
笑いが収まったタイミングでルヴァイン先輩が改まる。なんかまた顔を赤くしている。
なんだなんだと身構えていると、彼はこんな提案をしてきた。
「キミのことをその……エル、と呼んでも?」
「どうぞどうぞ。わたしだってルヴァイン先輩って呼んでますしね」
「あ、ありがとう。……エル」
表情を明るくするルヴァイン先輩だった。
改まってくるから何かと思った。別に呼び方なんて好きにすればいいと思うんだけど。先輩なんだしさ。
でも、まあ、うん。
案外この人、かわいい人なのかもしれないな。




