第103話 忌むべき存在
サイラス達との話を終え、ルーナ様とわたしは城へと戻った。
正直、わざわざルーナ様が話をしにいかなくても、誰か代わりの人でもよかったように思える。
なぜ? という疑問が顔に出ていたのだろう。唐突にくるりと振り返ったルーナ様がこてんと首をかしげる。
「難しい顔をされていますね。どうされましたか?」
「いえ、なんでもないです」
わたしが疑問を挟むことではない。わたしには関係のないことだ。
ただ気になっただけ。その態度を察したのだろう。
「私が直接お話した意味はありますよ。誰だって目の前で頭を下げられたら無下にはできないでしょう?」
聖女様ならなおさら。いや、聖女様だからこそ直接会う必要がなかったと思うんだけども。
サイラス達への頼み事。それは一つの村を復興する手助け。
冒険者がやるような仕事ではないと思う。『魔王殺し』という肩書きを得た彼らなら、もっと他にできることがあるはずだ。もっと必要とされることがあるはずだ。
「村の復興は冒険者のお仕事ではない。と思ってますか?」
「え、いや……」
また顔にでも出ていたのか? ルーナ様はおかしそうにくすくす笑っていらっしゃる。
「依頼をし、それを冒険者ギルドが認めたのなら、それは冒険者の立派なお仕事です」
そう言い切られては反論のしようがない。事実、清掃や人探しですら冒険者の仕事としてあるのだ。冒険者はただ戦うだけのお仕事ってわけでもない。
けれど戦わないのであれば低ランク冒険者でもいいはずなのだ。
ルーナ様は表情を真剣なものへと変える。
「エルさんは忌子、という存在をご存じですか?」
「いいえ……」
聞き覚えはあるし、調べもした。けれど聖女様の答えとは違うかもしれないので首を振った。
「忌子とは、簡単に言ってしまえば魔王に成り得る可能性のある存在です。忌子は魔物を引き寄せ、操り、その生態すら変異させる。そして、悪魔に魅入られると。そう信じられています」
「魔王に、成り得る……。悪魔って……なんですか?」
魔王は勇者一行に討伐された。そんな昔話はこの世界ではほとんどの人が知っている。
恐怖の対象である魔王。みんなが恐れるのは当然と言えた。
魔物を従える。魔王に似た力を持っている者を恐れる。それも当然のことだろう。
しかし、忌子と呼ばれた者が魔王になったことは一度もない。
それ以上に情報が乏しいのは悪魔という存在だ。
「そうですね。一般の方には見えない存在とでも言いましょうか。その存在を認識できる者は特別魔力が高い者。そして勇者や聖女、そして忌子などの特別な存在だけです」
悪魔。調べていたこととの差はなさそうだ。
精霊は存在している。精霊とは意思がなく、いずれはマナとなり人の糧となるもの。そう記述された本があった。きっと魔道学校でも学ぶことなのだろう。
こちらも一般の人には見えない。なんて言うと幽霊みたいだけれど、ある程度の魔力があれば感知することは可能だ。幼少時代のわたしでもそれなりには感じ取れていた。
そして悪魔という存在。悪魔には意思があり、人を魔の道へと誘うと言われているのだとか。まあ精霊はともかく、悪魔に関しては秘匿されている風ではあった。私もゾランに依頼していなければそういった類の情報は手に入れられなかっただろう。
悪魔と接触した者はごく少数だとか。共通点は皆すべて道を踏み外す。などと信じられているのだとか。
だからこそ悪魔の存在を知らない人の方が多い。知ることで悪魔に魅入られてしまう。そんな人を増やさないためだとかってね。
ルーナ様の話はおおよそ知っている範囲のものだった。
「どうしていきなりそんな話を?」
「復興をしていただきたい村ですが……、忌子が紛れていたようで、その人物が魔物を呼び寄せたそうです」
沈痛な面持ちだ。
その忌子一人のせいで村は壊滅状態。きっと魔物の脅威も完全には収まっていないのだろう。
なるほど。危険な依頼ってことか。
確かにサイラス達なら魔物が群れを成したとしても簡単にやられたりはしないだろう。それはこの間の戦いで証明されている。
「さて、この話はここまででいいでしょう」
パンッ、と手を叩き話は強制終了した。とりあえず、できるだけ強い冒険者に村へと行ってほしいってのはわかった。
「エルさんもメイドとしてのお仕事も慣れてきたようですし、明日からお出かけに付き合っていただきますよ」
「慣れてきたと言われましても……。まだ五日しか経ってない……ん、お出かけ?」
「はい。明日も護衛をお願いしますね。まだまだ王都でしなければならないことがあるのです」
明日はクラウドさんがいるんじゃあ……。と、意見を述べられる立場じゃなかった。
相手が聖女様でもなければここまで緊張しないのに。彼女に何かあったら償いようのない罪だ。
「あらルーク様。ご機嫌様」
「……お前か」
廊下でばったり、ルーク様に出会った。彼の後ろにはフラフラ状態のハドリーがいる。どうやら修行は終わったみたい。
眉間にしわを寄せるルーク様と、にこやかなルーナ様。対照的な表情だけれど、綺麗な銀髪や整ったお顔は似ている。やっぱり兄妹なのだろうか?
「どこかへ出かけていたか?」
「ええ、野暮用を少々……。ルーク様はそちらの少年と何をされていたのですか?」
自分のことだと反応したのか、ハドリーが口を開こうとする。しかし疲労のせいか上手く言葉になっていなかった。うん、今は発言しない方がいいね。
「魔法の修行がしたいと言うのでな。俺様が見てやっていた」
「へぇ……。わざわざ、ルーク様が……」
ルーナ様の声の音量が下がる。上手く聞き取れないので半歩だけ近づいた。
「私もその少年に興味が湧きました。お借りしてもよろしいですか?」
「好きにしろ。代わりにそいつを借りるぞ」
「そいつ」と指を差されたのはわたしだった。
人を指差しするんじゃありません! とは言えない。メイドっていうか、わたしの立場が弱い。
ていうか本人の意思とは関係なく貸し借りが行われているのですが……。やっぱり文句の一つも言えないけれども。
「構いませんよ。エルさん、ルーク様に変なことをされたら我慢せず私に言うのですよ」
「あはは……」
冗談なんだろうけど愛想笑いしかできない。だってルーク様が不機嫌そうにしていらっしゃるんですもの……。
そんなわけでハドリーと交代だ。当のハドリーはフラフラしすぎて話が頭に入ったか微妙。早く寝かせてあげてほしい。
「おい、ぼやぼやするな。さっさと行くぞ」
「は、はい」
結局ルーク様の立場ってなんなんだろう?
偉い人ってのは確かなのに。調べてみても彼の名前からは肩書も何も出てこなかった。
それはメイドとして働いている今でも変わらない。
こんなに堂々としているし、一部の人しか知らない秘密の隠し子ってわけでもないだろう。聖女ってのも本人が口にしただけで、それはルーナ様がいるし。
スカアルス王国でのルーク様の立ち位置。それを無視してはならないと、わたしの過去の失敗がそう告げている気がした。




