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辺りはすっかり薄暗くなっており、すれ違う兵士たちの持つ灯りが周囲を淡く照らしていた。
買い直した食べ物を持ちながら帰路を急ぐ。
さっきから多くの兵士が俺の進行方向とは逆へと進んで行く。
なにか事件でもあったのだろう。物騒な世の中だ。
まぁその原因について思い当たらなくもないが。というか原因が数歩後ろをずっとつけて来ている。
大きく嘆息しつつも振り返る。
「なぁ、いい加減にしてくれよ。どこまでついてくる気だ?」
「やっと話しかけてくれたね。ねぇ、どこまでだと思う?」
「こっちは問答を繰り返してる暇はねぇんだよ」
ゆったりと揺れる青色の尻尾を尻目に頭を掻く。
何事もなかったかのように密かに路地を出てから、今まで気にしないように心掛けていたのだが、どうやら無駄だったようだ。
購入し直したばかりの熱を持った紙袋を片手に、小脇に抱えていた別の紙袋を少女へと放り投げた。
「冷めちまった方はやるからさっさと帰れ。さっきも言ったように俺にお前を養う甲斐性はない」
「うんっ、冷めてても美味しいねこのお肉」
「会話くらい成立させてくれ」
宙に浮いた紙袋を綺麗に受け取るとすぐさま中身を取り出す少女。
少しばかり粗野な食べ方で肉を頬張っている。
頭についているその大きな耳は飾りなのだろうか。少女が俺の話を聞き入れて踵を返す様子はない。
耳に注視していると、食事を終えた少女が自分の指を舐めとりながら俺を正視する。
「そうだ、じゃあ逆にボクがキミを扶養してあげるよ。ボクはとっても従順だからきっとキミ好みの女になるよ」
「なんつーか、面倒臭さを極めてるなお前。従順なら頼むからもう俺には関わらないでくれ。一匹狼の方が格好いいと思うぞ」
「フフっ、狼は集団行動をとる生き物なんだ。キミの望むようになってあげれなくて残念だなぁ」
ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべている様はとても残念そうには見えない。
身体強化魔法をかけて置いて行こうにも街中でそれを行うには目立ちすぎる。
こちらがあまり目立ちたくないという事をこの少女は理解しているようだ。たちが悪い。
「それにボクの種族は一度異性の伴侶を定めると死ぬまで浮気はしないんだ」
「なんて迷惑な種族なんだ。そもそもそんなんでよく子孫が繁栄していくな」
「うん、どんな手段を用いても相手をモノにするってのが一族の教えだからね」
なんてとんでもねぇ一族だ。完全にいかれてる地雷女を掴まされちまった。
こいつといると碌なことがなさそうだってのだけは分かる。
どうしたものかと悩んでいると後ろから声をかけられる。
「貴方が遅いせいで私まであの人に部屋を追い出されちゃったじゃないですか」
叱責するような声に振り向くと、夜でも不気味に輝く赤い瞳を持つ女が不服そうな顔で背後に立っていた。
相変わらず気配が読めず、気づけば側に立っている。その為、気配察知のスキルを持っている意味について毎度考えさせらる。
「あぁ、悪い。こっちも色々とあってな」
「そんな汚らしい犬っころになど構っているから遅くなるのです。さっさと帰りますよ」
「いきなり現れて初対面の相手に酷い挨拶だなぁ、お姉さん」
「いや、お前も俺ん時なかなかの挨拶だったけどな」
俺への時を思い出し、つい突っ込みをいれてしまった。
二人の女達はお互いを胡乱げな目で見ていた。
こういう時は関わらない方がいいと前の世界で学んでいたので、ここは傍観を決め込むことにする。
「ふーん、それで貴女は彼について行こうと決めたのですね。なかなかロマンチックじゃないですか」
「でしょ? ありがとう。お姉さんこそ凄く綺麗な瞳をしてるね。ボクは赤色が大好きなんだ」
宿に戻るまでの道中、二人の会話が止むことはなかった。
そして宿の前に辿り着いた時には、よく分からないが意気投合しているようだった。
この二人はどちらとも頭のネジが数本飛んでいるようなので俺には理解出来ない会話だったが。
それよりもソルディオの事を含めて、全部喋っていたようなのだが良かったのだろうか?
「という事で、私はエミリアです。よろしくお願いします」
「ボクはハティ。マーナガルムの一族さ。よろしくね」
そういえばまだ名前すら聞いていなかったな。
そんな事を思いながら、他人事のように俺は話を聞いていた。
そういえば薄暗さが消えて、今夜は随分と明るいな。
そう思い、ふと空を見上げると雲は一つとしてなく、数多の星々が煌めいていた。
そして満月にも近い大きな月が地上を照らしていた。
「じゃあこれから末永くよろしくね、ヒデオ」
「では、ハティの分の経費は貴方の分け前から出しておきますね」
「は? おっおい、ちょっと待てよ。勝手に話を進めてるけど俺は認めてねぇぞ」
「気高き狼人族の末裔に見初められたのですから当然の話ですが?」
声をかけられて我に返り、二人の方へと目を向ける。
俺の当惑を他所に宿へと入っていく。
見初められたからといって、なんで俺が面倒を見ないといけないのだろうか。
それにあいつ抜きでこんな事を勝手に決めて平気なのか?
そうだよ、あの糞野郎がこういう時こそ役に立つはず。
「あん? 別に良いんじゃねぇか。良かったな糞下僕」
「なんっっでだよ!!」
部屋に戻ると不機嫌そうなソルディオが待っていたが、エミリアが二三言葉を交わして飯を与えるといつも通りに戻った。
そして食後、ベッドで横になり腹を擦るソルディオにエミリアから詳しく事情が説明された。
こいつに期待した俺が馬鹿だった。
こうなってしまったら俺には止める術がない。
少なくとも糞野郎の側から離れるまでの間はハティの面倒を見なければならない。
「なんでお前らこんなあっさりとハティの事を信じてんだよ。少しは疑えよ」
「あら、だってハティは狼人族ですよ? 月に誓えますよね?」
「うん、月に誓ってボクはこれからヒデオの為だけに動くよ」
「ほら、狼人族の月への誓いですからね」
その、ほらってのが俺には分からないわけなんだが。
糞野郎に至ってはベッドで既に鼾をかいている。
俺がこちらの世界に来てから半年以上が経った。
しかし未だに知らない事の方が多い。
きっと今回もこちらでの常識問題なのだろう。
いつも補足をしてくれていたトーチが懐かしい。
「ボクはどこで寝ればいいかな?」
「もちろん彼のベッドで一緒に寝ればいいですよ」
「もう好きにすればいいさ。でも今晩は情報収集に行くから俺は戻らない。勝手に寝てな」
好き放題に話している二人に構わず部屋を出る。
受付をしていた主人にいくつか酒場の場所を尋ね、宿をあとにした。
「ちっ、ここも碌な情報がねぇ」
これ以上は怪しまれそうだと、しばらく別の話題で時間を潰してから二つ目の酒場を出た。
情報統制がしっかりとされているようでハルクとゲンガイの情報を全く拾えなかった。
今回は今までのように上手くはいかないかもしれない。
慎重に行わなければいけないという事は時間がかかるという事でもある。
今夜はこの辺にしてそこらで夜を明かそうと思っていると気配察知のスキルが報せを届ける。
こいつの気配遮断が下手なのか、エミリアの気配遮断が凄いのか。
まぁ後者だろうな。こいつも別に下手ではなさそうだし。
それにしても、こいつはまだ戻ってなかったのか。
「はぁー、宿からずっとつけて来てんのバレてんぞ」
「あれれ? やっぱりキミにはバレバレだったかな?」
目線をやった壁の角からハティが顔を出す。
覗かせた顔は相変わらず悪びれる様子もなく、と思っていたのだが今回は少しばかり元気がないように見えた。
「声かけてくれたってことは、用事は終わったんだよね? 少し時間貰ってもいいかな」
どうせ適当に過ごそうと思っていた所だしな。
促されるままハティに追従することにした。
遅くなりまして申し訳ありません。




