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「チッ、俺様がこんな安っぽい馬に乗せられるとはな」
「仕方ないじゃありませんか。ハルクとゲンガイには最新の情報が入っていて、こちらを警戒しているのですから。目立つわけにはいきません」
「あぁん?糞下僕も連れてるんだ。伝わってる人数とも違ぇから余裕だろ」
「あんたいい加減にしろよ。あんたの方がよっぽど糞野郎じゃねぇか」
街道を三匹の馬で進む。
最初の頃は尻も痛かったし、振り落とされて蹴られそうにもなった。
だがやはり、人というのは慣れる生き物だ。
苦手意識があったのも最初だけ。
今では馬たち特有の優しげな瞳に夢中だ。
トーチの元に帰ったら約束通り、騎乗出来る生物を飼おう。
俺としては馬が第一候補だ。
ソルディオとエミリアの二人は決して俺の事を名前では呼ばない。
むしろ名前を憶えているのかさえも怪しい所だ。
俺もそうそう二人を名前では呼ばないが。
クラッドの街が存在するクロイス王国の遥か東。
神聖デルヴァス国の南に位置するミスティア帝国の帝都に俺達は向かっていた。
最後の目標である二人はここで一緒に潜伏しているらしい。
イサクの遣いが消されているのも承知しているようで、周囲にはミスティアの兵が警護している可能性が高いそうな。
ミスティア帝国は君主制の中でも絶対君主制の国だ。
皇帝が黒と言えばどんな純白でも当然黒になる。
国民に恐怖政治を敷いているが、ミスティア帝国は戸籍をしっかりと管理している為に国外逃亡が難しいらしい。
国外からの入国と出国はそれなりに緩いようだが、そんなに難しいのだろうか。
ちなみに冒険者もここで初回登録をしてしまえば国民とみなされ、国外には出れない。怖い怖い。
どう考えても問題があるだろうとも思うが、現状どうにも出来ていないようだ。
奴隷が他国と比較しても数多くいるのもミスティア帝国の特徴だ。
亜人間中心を奴隷にしている宗教国家よりはマシだが、あまり印象は良くない。
「おうおう、悪事が横行しているねぇ」
「駄目ですよソルディオ。冒険者証を外して商人として入った意味がなくなります」
「あんたみたいに胸糞悪い国だな。見ろよ、巡回してる兵士たち。好き勝手してそうな奴も多い」
帝都の中を巡回する兵士たちには何パターンかあるようだ。
一般人たちと明るく挨拶を交わす兵もいれば、通るだけで周囲の人間が怯えた目で見送る兵もいる。
兵士の脛当てに僅かばかりぶつかった奴隷が死ぬまで蹴られ、所有者であろう店主をも殴り飛ばす。
そんな場面もここまでの道中にはあった。
逆に道に迷った老人を優しく送り届けてるであろう兵士もいたが。
皇帝の命令が絶対であるが故に規律が緩いのだろうか。
まだ俺にはその辺が計れていない。
「誰が胸糞わりぃだぁ?下僕が生意気言ってると殺すぞ」
「はんっ、世界に大きく干渉出来てしまう盟約魔法は使用者にも大きな制約を与える。俺にももう多少バレてんだよ」
「チッ、戦い好きの猿にしては頭が回りやがる」
「あんたにだけは絶対に言われたくねぇ」
いがみ合いながら宿屋を目指す。
エミリアが調べてくる情報は今まで外れたことがない。
今回の目標は、一区画先にある貴族御用達の宿に複数の護衛付きで滞在しているようだ。
皇帝もしくはその周辺の人物と接触出来たのだろうか、護衛は腕利きのミスティア帝国兵らしい。
「ここの宿には食堂がないらしいです」
「おい糞下僕、俺様の舌が満足するもの買ってこい」
「俺は糞じゃねぇ。毎度毎度俺を使うが、あんたもたまには自分で行けばいいだろ」
宿だからといって、必ず食堂があるわけではない。
だからたまにこのような問題が起きる。
今までもこういうやり取りは何度も行ってきた。
「今回の馬鹿どもを殺せば下僕期間も終了だぞ? 大人しく下僕を続けていれば、終了後しばらく俺からは危害を加えない。今回はちゃんと見逃がしてやる。そういう約束だろ?」
「覚えてるよ、うるせぇなぁ」
俺が文句を言いながらもちゃんと従っているのには理由がある。
今の発言は適当な約束のようで実は重大だ。
盟約とはかたく誓う約束である。
盟約者は盟約相手との約束に関連する事柄に関して、盟約相手に嘘を吐けない。
だから俺は今も大人しく下僕を続けている。
外は既に暮れ始めていた。
帝都だというのにそれほどの活気はない。
いや、店舗数は多いのだが店員に覇気がないと言う方が正しいか。
悪辣そうな顔立ちの商人は筋骨隆々の奴隷を連れて元気そうだった。
しかし善人そうな面構えの商人は接客こそ丁寧だったが、声が小さかった印象だ。
「ここに落ちるのと魔の森に落ちるの、どっちが良かったかなぁ」
思わずそんな事さえ口に出てしまう。
ミスティア帝国に落ちていたら命のやり取りの楽しさは分からなかっただろうなぁ。
でもあの頃の俺だったら、詐術で悪徳商人の仲間入りを果たしていそうだ。
うん、脳内シュミレートでも案外上手くやっている。
馬鹿なことを考えながら、食い物屋を回る。
その中でも一段と香ばしい香りを垂れ流している屋台へと足を運んだ。
おぉっ、焼きそばに似ている麺料理を売っているじゃないか。
迷わず購入して、その場で食べる。
「うんまっ。このソースの香りに肉や野菜の具沢山。更には麺も中太の縮れ麺と俺好み。最高じゃないか店主」
「おう、そんだけ褒めて貰えるとこっちも嬉しいねぇ。見栄えは悪くなるが、これをかけると中々美味いんだ。試してみるか?」
俺の言葉に店主のおっさんもご満悦だ。
店主が取り出したのは汚らしい白っぽい液体の入った容器。
勧める店主の腕には信頼が持てそうなので、疑うことなくかけてみる。
この鼻の奥をつくような匂いは……お酢か?
まさかこの白い液体は。
「マヨネーズか!?」
「知ってんのか? 俺の独自レシピだと思ったんだがなぁ。まよねーずって名前なのか?」
「あぁ、一応似たようなものを俺は知っている。しかし確かに美味くはなったが、どこか惜しいな」
「そうなんだよなぁ。だからまだ正式には売り出しちゃいねぇ」
正直惜しい理由は分かっている。
明らかに分量ミスと撹拌不足だ。
しかし伝授してやろうにも俺も詳しくは知らない。
「俺も作り方を詳しくは知らないが、分離しているうちは駄目だと思うぞ」
「やっぱりそうか。また試行錯誤してみるわ。ありがとな兄ちゃん」
「こっちこそ懐かしいものが食べれた。また来れたら来る」
店主に手を上げてから立ち去る。
ソルディオにこれを食わせてやる必要はない。
あいつには評判の肉料理店でも行って、適当に見繕えばいい。
「おいっ、待ちやがれ」
「あっちの路地に入ったぞ」
「馬鹿がっ、あっちは変な広場があるだけで行き止まりだ」
「なかなかの手練れだ。普通の通り魔じゃねぇから油断はするな!」
「おめぇら絶対に逃がすんじゃねぇぞ」
肉やらパンやらが入った包みを抱えながら宿を目指すと、道中で怒声が響いた。
どうやら兵士たちが誰かを追いかけているようだ。
俺が目標を殺すまではあまり問題事を起こして欲しくはないのだが。
念のために路地裏へと覗きに行く。
粗暴な兵士たちの問題に野次馬根性を発揮しているのは俺だけのようで、周囲に一般人は集まっていない。
広場と呼ぶべきか、空き地と呼ぶべきか。
十数人の兵士が血眼に追いつめていたのは一人の少女のようだ。
綺麗な青色の髪に瑠璃色の瞳を携えている。
少女は別に逃げていたわけではないのかも知れない。
その瞳に恐怖の色はない。
実際、口角を上げながら兵士たちに剣を構えている。
戦いやすい場所を探していたのかもな。
それにあれは獣耳か?
頭の上には狼のような耳がついている。
ちょっと距離を取って観察していると、周囲の兵士を見ることなく俺を見つめる。
「キミ、良い色しているねぇ」




