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三章。

「そう、それで私が彼らに地図を受け渡したの。大司教の一人であるイサク枢機卿から直接指示されたのよ? 凄いでしょ?」

「そうだな」


 仄暗い室内。

 自身の表情は変える事なく、相手の茶色い瞳を見据える。


 俺と女の声。

 それと二人の身体から発せられる音だけが室内に反響していた。



 もともと俺はする事があってその居酒屋へと足を運んだ。

 一人で飲んでいた女は俺に一目惚れをしたそうだ。

 積極的に話しかけてきた。

 その後一緒に防音の効いた連れ込み宿に入ると、女から襲われたのだ。

 馬鹿な女だな。

 狙いはこいつだったが、俺は自分から話しかけてすらいない。

 そして勿論、誘ってもいない。

 されるがままに事を一度済ませてやると、女は自分が如何に凄い女なのかを語り始めた。


「サラサと一緒にいれば良い目にあえるのか?」

「当然よ。私は神聖デルヴァス国で助祭をしているのよ? 収入だってかなりのものなんだから」


 リストと照合するまでもない。

 特徴も名前も一致している。

 酒に性交渉、こいつら本当に生臭坊主だな。

 

 女はじれったそうに俺を再び迎え入れる準備をしていた。

 早くと急かされたので女の背後へと回り、俺は僅かに口を歪ませる。

 最近はもう何も思わなくなったな。


「早くぅ。今度は貴方から来てよ」

「あぁ、俺が楽に逝かせてやるよ」

「え? ガハッ」


 後ろから抱きしめるようにして首をへし折る。

 女は一瞬だけ苦しそうに声を上げた。

 だが、すぐに糸が切れたようにベッドへ倒れ込んだ。


 とりあえず脱ぎ散らかされた衣服を身に纏う。

 後は遺体の処理をするだけだ。

 ポケットから折りたたまれた紙を取り出して開く。

 サラサ助祭っと。

 名前に斜線を引いて塗りつぶす。

 後二人だ。


 もう少しでトーチの元へ戻れるかもしれない。

 彼女は今なにをしているんだろう?

 ちゃんと生きて俺を待っていてくれてるだろうか?


 考え事をしている内に遺体の処理も終え、糞野郎の待つ宿へと足を運ぶ。

 俺が力の理不尽さを再認識したあの日からもう三ヶ月も経ってしまった。

 あの日から俺は糞野郎の手足として働かされる日々だ。





 ソルディオ。

 これだけ一緒にいれば、嫌でもあいつの事情は耳に入った。


 神聖デルヴァス国は教皇をトップにおいた封建制だ。

 カトリックのように結婚を禁じられているわけではなく、子も生せる。

 歴史が長く、今では戒律もほぼ風化されている状態だ。

 守られている掟は始祖であるデルヴァスの血を絶やさないことだけ。


 現教皇はデルヴァスの血筋ではなく、元は大司教の一人。

 正妃であるエリザベートが前教皇の一人娘でデルヴァスの血脈だった。


 ソルディオは現デルヴァス教皇猊下であるクラザハール・ベルゴ・デルヴァスと当時その警護を務めていた元は二等級冒険者だった女との間に生まれた私生児。  

 庶子の出である女との間に生まれた庶子である。

 言うまでもなく、デルヴァスの血も継いでいない。


 二人は当然その存在を世間から隠す事にした。

 しかし当時司祭だったイサクにバレてしまう。

 それから神聖デルヴァス国は色々と大変だったらしい。


 エリザベートが、女の子を一人産むとあっさり亡くなってしまったり。

 弱みを握ったイサクが大司教にまで上り詰め、一大派閥を作ったり。

 ソルディオが神代スキルの一つである盟約魔法を始めとした、強力な力に複数目覚めたり。

 他の大司教が自身の息子にエリザベートの娘であるクラリッサを娶らせようととしたり。

 それに怒ったイサクが他国へと協力を促し、国を乗っ取ろうと密かに計画を立てたり。


 どれも俺には規模の大きすぎる話でいまいち理解が出来ない。


 クラザハールは強力過ぎる力を持つソルディオを手元にずっと置いてきた。

 ソルディオも父にはあまり反発せず、国内の魔物討伐や戦争での功績により一等級にまでのし上がった。


 ソルディオは神代スキルを所持する神の使徒であり、デルヴァス家の守護者。

 そうした理由づけで出自を気にすることなく、クラザハールやクラリッサの側にいれた。

 しかし、そこに湧いて出たクラリッサの婚姻やイサクの反乱の噂である。

 

 教皇もソルディオもクラリッサを大事に思っており、事情を全て把握しているイサクを表立って潰すことは出来ない。

 そしてイサクもそれを笠に着て大司教の地位にいる為、公表は出来ない。

 二つの勢力はお互いの事を理解し合いながらも水面下でやりあっているようだ。


 ソルディオが力任せにイサク一派を壊滅させれば良いと思ってしまうのは、俺の社会経験が浅いからだろうか。

 




 宿に戻り、三人部屋の扉を開ける。

 あいつはもう眠っているようで、ベッドで鼾をかいていた。

 盟約が切れていれば今すぐにでも殺してやるという気持ちではいる。

 けれどこの三ヶ月の成長でもあいつにはまだまだ遠く及ばない。

 盟約期間中はお互いを傷つける行為が出来なくなった。

 だが魔物相手に見せるあいつの力量でおおよそは計れる。


 今はまだ無理だろうが、いつの日か必ずこいつは俺の手で息の根を止める。


「随分お楽しみでしたね?」

「貴女はまた覗いていたのか、趣味が悪い」

「ちゃんと始末して処理を見届けるのも私の役目ですと、何度もお伝えしていますよ」


 真ん中のベッドに腰掛けていたエミリアから話しかけられる。

 この女についても未だに謎は多い。

 二等級冒険者であり、現教皇の祖父の妹のひ孫なんだとか。

 それ以外はよく知らない。


「まぁいい、どうせ残りは二人だ。そうすればお前らも国に帰るだろうし、俺も自由になれる」

「そうですね、弱者の割に貴方はよく働いてくれました。ソルディオとの盟約を果たせれば解放されます」


 こいつらは冒険や旅行と銘打って、イサク一派の企みを潰してきた。

 当初教皇は、ソルディオの性格からその任を託す事に不安を感じていたそうだ。


 義理の妹可愛さ。

 そして各国で暴れまわりたい。

 それらを理由にソルディオは強引に向かおうとした。

 その結果がエミリアと放浪条件らしい。


 目立った行動をして、他国に迷惑をかけない。

 全て隠密に事を済ませる。

 遊び回るのも、目標を期限内に始末するまでの間のみ。


 

 期限というのも後一ヶ月であり、対象も残り二人。

 しかも近場に潜伏しているとのこと。


「明日も早いので貴方ももう眠ったらどうですか?」

「あぁ、おやすみ」


 あいつとは反対のベッドに転がり込む。


 あと少しの我慢だ。

 盟約の内容も先程に関してのことがほとんどである。

 だからこいつらとおさらばする日は近いはず。



 この三ヶ月、目標の他に賊や冒険者も合わせると恐らく日に一回は人を殺している。

 当初あった罪悪感はもう欠片も残っていない。

 変わってしまったなと思う。


 しかしあまり変わらないものもある。

 レベルだ。

 双剣術を覚えた時で三十一。

 アカツキ救出で三十三。

 あいつとの戦闘後で三十五。


 それから三ヶ月も経っている。

 高ランクの魔物を討伐したり、百人近くの殺しをした。

 それにも関わらず今のレベルは三十九。


 しかもこのひと月は一レベルも上がっていない。

 どうやら四十レベルに壁があるようだ。


 五十になればきっとあいつを超える方法も生まれるはずだ。

 その為に今は大人しく牙を研ぐしかない。


 それにしてもうるせぇ鼾だ。

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