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「いつまでニヤニヤしてんだよ」

「あぁん? 俺様はお前みたいな正義感ぶってる雑魚を甚振るのが大好きなんだよ」

「趣味が悪いな。それに俺は正義よりは悪に近い方だと自覚しているよ」

「ふぅん、じゃあ逃げれば? まぁ俺様から逃げられればっ、だけど」


 距離があったはずなのに、すぐ近くで男の声が聞こえた。

 身体がくの字に曲がり、腹に棒が埋まっていることに気づく。

 その次の瞬間には背後の木を二本へし折りながら吹き飛ばされていた。


 なんだあの突きは。

 そもそも本当に突きだったのか?

 背中を強打した影響か、腹へのダメージか咳が止まらない。

 血も混じっているようだ。

 速さも威力も出鱈目じゃねぇか。

 予備動作もなしかよ。


 違う、それすら見えなかっただけか。

 痛ぇ、身体が動かない。

 起き上がろうと地に手をつこうとするも力が入らない。

 ひとまず寝たまま魔力を使って自己治癒を行う。


「なんだ意外としぶてぇな。あれ食らって生きてんのか」

「頑丈値が高いのでしょうね。それしてもソルディオ、貴方あれだけ機嫌が悪かったのにもうご機嫌ですね」

「ハッ、祭よりも楽しめそうだからな。あいつ、瞬間的に魔力で腹を庇ってた」


 二人は多少俺に関心を示しているようだ。

 だが俺から危機感を覚えてはいないのは明らか。


 両手を地面につけてみる。

 よし、全身はまだ痛むが起き上がれる。

 身体が動けばそれでいい。


 やはり自己治癒の魔力消費は激しいらしい。

 魔力は半分近く持って行かれた。


 今度は魔力を身体強化魔法に振る。

 ステータスを見ると、不屈スキルが五に上がっていた。

 大猿との終わり際に三には上がっていたのだが。

 しかし、いきなり二つ上がるってどんな相手だよ。


 だがこれで不屈が発動していることはなんとなく分かった。

 もしかしたら身体強化に不屈、それに狂化を足せばこの状況を打開出来るかもしれない。

 今までだってこいつらでどうにかしてきたんだ。


「狂化」


 小さく呟く。

 意識がふわつき、戦意が滾る。

 全身の痛みも引いた。

 よし、まだ戦える。


「おぉっ、動き出したぞ」

「なかなか良い動きをしています」


 一気に距離を詰めて双剣を振るう。

 しかし男は未だに余裕そうな表情を浮かべていた。

 それを証明するつもりではないのだろうが、平然と女と会話を交わす。


 なんなんだこの男は。

 アカツキに避けられていたようなギリギリではない。

 完全に見切られていることが明白だ。


 手数で攻めて、なんとか右手の黒剣が男の棍のような棒に当たる。

 長さはあっても太さは拳程もない細長い棍。

 そんな棒なのに、黒剣で傷一つ付かない。

 こいつに斬れない物はそうそうないんじゃなかったのか。

 くそっ。

 狂化に身体を委ねながらもステータスを見る。

 生命力はまだまだあるが、自己治癒と身体強化によって魔力が心許ない。


「双剣は珍しいな。殺した後に使ってみるか」

「私としては殺さないであげて欲しいんですけどね」

「それはこいつがどれだけ俺様を楽しませれるかによるな。まだ足りねぇ」


 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。

 当たらない。

 これが現状俺の全力であるはずだ。

 なのにこの男には棍への一撃以降、全く掠めることがない。

 俺の行動を予知しているかのように身体を先に動かす。

 こんな動き、理不尽以外の何ものでもない。


 興味が俺よりも双剣に移ったのか、それとも単純に俺に飽きたのか。

 この男の感じからして両方だろう。

 男の腕に一瞬だけ力がこもる。

 見切りのスキルがほとんど意味も持たない。

 俺の喉元近くまで棍が迫っている。



 突然脳裏に過ぎったのは彼女の泣き顔。

 トーチ、彼女を思うと死んでも死にきれない。

 彼女にはまだ生きていて欲しいのだ。

 あのはにかんだ笑みを浮かべさせてあげたい。

 だが、このまま死ねば彼女はきっと俺の後を追うだろう。

 もっと明るい未来を見せてあげたい。

 生きなければ。

 

 狂化スキルなんて関係ない。

 俺の身体だ。

 俺に返せ。

 意志の力で無理やりに首を動かす。


「あら? 本気じゃないにしろ、貴方の突きを躱すなんてまぐれでもあり得ませんね」

「ハッ、点を躱せても線はどうだろうな?」


 これは無理だ、躱せない。

 横腹に棍が叩き込まれた。

 かなり肉体を強化しているはずなのに反応すら出来ない。

 そしてまた凄まじい勢いで吹き飛ばされる。

 口から様々なものが吐き出される。


「流石に死んじゃいましたか?」

「どうだろうな? でもこれでもまだ立てたらおもしれぇな。暫く俺の手足として生かしてみるか」


 遠くからそんな声が聞こえた。


 臓器が破裂したのだろう。

 口からはずっと血が噴き出している。

 狂化は解けてしまったものの、苦しいという感覚すら既にない。


 でも生きなきゃ。

 トーチとの約束を果たさなきゃ。

 支えにしようと剣を探すと両手には何も持っていない。

 途中で手放してしまったのだろうか。


 魔力が枯渇しようと関係ない。

 自己治癒を使う。


 ははっ、生命力が残り二で状態の欄に重体って。

 もう無理じゃん。

 

 でも立てば良いんだ。

 立てばまだきっと生きれる。


 ダメだ。

 自分が今何をしていて、この後に何をしたいのかが分からない。

 全てが薄れていく。


「――おもしれぇ」










 目を開くと高級そうな造りの天井が視界に映る。

 どことなく甘い香りもした。

 なんの香りだろうか。


 身体が怠い。

 何もしたくない。

 そもそも俺は何でこんな所に寝ているんだ。


「起きましたか。おめでとうございます、貴方はソルディオに生かされました」


 ベッドの横の方から淡々と声が聞こえる。

 だが首を動かすのも億劫だ。


 ソルディオねぇ。

 ……ソルディオ!

 全てを思い出して反射的に起き上がる。


「いっつぅ。そうだ、俺はあいつに殺されかけて。あいつは一体誰だ? 貴女も誰なんだ? 俺は今どうしてここにいる?」

「質問が多すぎです。少しは落ち着きなさい」

「いきなりあんな目にあって落ち着けるかっ!」


 叫ぶと胸の内が痛む。

 とりあえずこれをなんとかしないと。

 ステータスを確認。

 レベルが上がったようで魔力は増えているし、回復もしている。

 身体強化魔法の応用である自己治癒を行うことにした。


「そう、それです。不思議な力。スキルでしょうか?」

「似たようなもんだ」

「貴方は一体いくつのスキルを持っているんでしょうね」


 そもそもこの女はなんなんだ。

 二等級冒険者でありながら、どうしてあんな奴と一緒にいるんだろうか。


「あんたエミリアって呼ばれてたっけ? 俺はヒデオだ。頼む、質問に答えてくれ」

「仕方ないですね。一つ目の質問ですが、彼の名前はソルディオ。家名はありません。まぁ何処にでもいるありふれた名前ですね。でも彼は選ばれし者」

「選ばれし者? 悪い、続けてくれ」

「そう、神様に選ばれたとしか言いようのない特別な存在。そして世界で五人しかいない、一等級冒険者でもあります。冒険者証はいつも着けたがらないんですけどね」


 エミリアは壁に背を預けながら腕を組んでいる。

 あの時は分からなかったが、瞳は赤い。


 そうか、あれが一等級か。

 この広すぎる大陸に五人しかいない。

 そんな奴に出くわすってどんな運の悪さだよ。

 簡単には納得ができない。

 しかし確かにあの絶望的なまでの力量差だ。

 信じられないわけでもない。

 ただ――


「あんな性格の奴が一等級のまま野放しにされていて良いのか?」

「あら? 別に彼、明確な犯罪行為はしてませんよ? その為に私が教皇様からお目付け役に付けられているのですから」

「人狩りのような真似が許されると?」

「さぁ? 少なくとも私は許されてたとしても、したくはありませんね。でも奪われる覚悟がないなら、冒険者なんてするべきじゃないとも思います」


 それで返す言葉を全て失う。

 俺は自分の力に驕っていたのかもしれない。

 今までなんだかんだありながらも完全に負けたことはない。

 それが俺の中に変な自信をつけさせていたのだろう。

 力が全ての世界だと思っていたのは俺自身であり、格上がいることも知っていたはずなのに。


「そして二つ目の質問の答え。私はエミリア・ウォンテス。神聖デルヴァス国に所属する二等級冒険者です。そして現教皇の遠い血縁であり、ソルディオのお目付け役でもあります」

「お目付け役? なら何故貴女はあいつを止めなかった」

「彼を止められるほどの言葉はあの時ありませんでした。実際貴方達は彼の煽りに対して、敵対を思わせる反応をしちゃってましたし。それに彼、貴方のこと気に入ってたみたいですから。止めたら私でも殺されちゃいそうでした」


 口調は軽く、口元には笑みを湛えていた。

 悪気が微塵もないであろうことが分かる。


 マンイーターを先に狩られていたことで、バルカス達の対応があまり良くなかった事は事実だ。

 だが謝罪もして、理由も告げたのだ。

 ここまでされるのはやり過ぎだと思う。

 やはり力の強すぎる奴らにはそいつらなりのルールがあるのだろうか。

 それとも俺の考えが未だに甘いのだろうか。


「アンタらみたいなのが百人以上もいて、よく大陸は滅びないもんだ」

「私達二等級から言わせれば、実際にどうしようも出来ないのは一等級ぐらいのものです。それに一等級の中には正義感の強い方もいます。主にバルベルン帝国のマキシマム・エルダーのことですが」


 シルヴァにいた頃に聞いたことのある名前だ。

 確か年中戦争状態にある、バルベルン帝国を勝利に導き続けている三人の化け物の筆頭だ。

 皇帝の親友で、防衛戦争においては必ず活躍する。

 ここ数年は戦争続きの為に国を離れていないが、昔は勧善懲悪の旅をしていたという話だ。



 ふと部屋が暗くなってきた事に気づく。

 窓に目を向けると、外が赤らんでいるように見えた。

 そうだ、トーチの所に帰らなきゃ。


「あいつがいないうちに帰るとするか。貴女には一応世話になった。それじゃあな」


 自己治癒を一旦やめて、扉の方へ向かおうと起き上がった。

 現地やクラッドへの道の情報収集は外でしよう。

 エミリアの前を通り、扉に手をかける。

 しかしそれを開けられることはなく、彼女の持つメイスのような武器で目の前を遮られた。


「これが最後の質問の答えです。貴方は今回ソルディオの盟約魔法によって生かされました。死ぬ寸前に貴方は生きることを望んで、彼と盟約を結んだのです。だから貴方はここにいます。それが果たされるまで、貴方は彼から離れられません」

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