白の少女の連休の過ごし方3
「思った以上に盛り上がるんだな。もっと小さな行事だと思ってたわ」
「ん、このままだと逸れてしまう」
祭で雑踏する街角、彼と逸れない為に手を繋ぐ。
この連休は楽しい毎日だった。
近くの川まで行って彼に泳ぎを教わる日もあった。
出店を冷やかして回ったり、その出店の中にあった楽器を購入して、二人で歌を歌ったりもした。
シーク達とまた遊んだこともあったし、夜が激しかったりした翌日には夕方まで惰眠を貪った事もあった。
そのどれもが昔の私にはなかった日常だ。
お母さんとの暮らしも幸せなものではあった。
だが学ぶことの方が多かった為に、あまり遊んだという記憶はない。
明日からはまた冒険を始める。
別にそれが嫌だとかそういう事はない。
ダンジョンに潜るのもセーヌのお話を聞くのも凄く楽しい。
彼と一緒であればどんな日々も彩で溢れて見える。
連休最終日である今日は、年に一度の商業区大感謝祭だ。
取り扱う商品の数や値段、出店の数。
そのどれもが驚きのもの。
だから国内だけでなく、国外からも多くの人が集まっている。
これだけ人の流れがしっかりしていれば、道に迷う人も少なそうだ。
その分迷子は増えそうだが。
「おかあさーん、おかあさーん。うわぁーん」
そんなことを考えていたからか、迷子になったであろう小さな男の子を見つける。
この日は普段なら対応するであろう警備兵達も忙しい。
持ち逃げ、スリ等の犯罪行為が増えるからだ。
道を行きかう人達は男の子を見て見ぬふりしている。
なにかを買う目的で来た人が多いからだろうか。
商品が売り切れていないかどうかだけを心配しているようだった。
「行ってあげよっか」
「ん、そうする」
彼も男の子に意識がいっていたようで、すぐにそう提案された。
彼は誰にでも分け隔てなく接することが多い。
しかし、子供には特に優しく接している。
子供たちが冒険者への憧れの眼差しを向ければ、派手な体術を見せる。
食べ物を物欲しそうに見て、指を咥えていれば分け与える。
そしてその後に凄いだろという表情を浮かべる。
私はそれを見ては、年上なはずである彼を子供みたいだなと微笑ましく思っていた。
「どうしたんだお前? 迷子か?」
「ひっく、うん。おかあさんがっ、いなくなっちゃったの」
「そっか。兄ちゃん冒険者やってんだ、ほら四等級。すごいだろ?」
「ぐすんっ、うん、すごい」
「その凄い兄ちゃんがお母さん探しの依頼を受けてやる。報酬はそうだな……」
彼の優しい笑みは相手に安心感を与える。
私もそれが狂おしい程に大好きだ。
男の子は既に泣き止んでいる。
彼は報酬について考えているようだった。
だがその時に男の子のお腹が小さく鳴る。
それを聞くと彼はにやりと笑みを浮かべて、自身の左手に持つ串焼きに目をやった。
「この串焼きを食べてもらうこと。これだ。歯に食べ物が挟まったから串が欲しいんだけどよ、もうお腹いっぱいでな」
「え? いいの?」
「おう、ただし先払いで頼む。後で逃げられたら困るからな」
彼はそう言うと、まだ食べていない買ったばかりの串焼きを男の子に手渡す。
これは甘辛いタレがかかっている肉であり、彼の好物の一つだ。
しかも今日は昼過ぎまで寝て過ごしていた。
だからこれが本日最初の食事のはずだ。
彼のそれは私でも下手な芝居だなと思ってしまうものだった。
だけど男の子は信じたようだ。
勢いよく串焼きを食べあげると、彼に串を手渡す。
「よっしゃ、ありがとうよ。そんじゃ兄ちゃんの肩に座って、とりあえずは高い所からお母さん探しな」
「うん、わかった。でもおにいちゃん、くしはつかわないの?」
「報酬先払いしてもらったからな。お前のお母さん探しが先だよ。ほらよっと」
「うわぁ、たかい!」
彼は男の子を両手で持ち上げると、肩車をしてあげた。
男の子も周囲の人よりも高い目線に目をキラキラとさせている。
それをじっと眺めていると、男の子と目が合う。
「このおねえちゃんはだれ?」
「このお姉ちゃんはトーチって言って、俺の大事な人だよ。お前を見つけたのもこのお姉ちゃんだ。お礼を言いな」
「おねえちゃんありがとう」
「ん、お名前教えて」
「ぼく、じゅりお」
口数が少ない私は、子供の相手が苦手だ。
だが懐いた相手である彼の大事な人ということで、私はジュリオからすんなりと受け入れられた。
大事な人と呼ばれた時は思わず開いていた手を握りしめてしまった。
名前を聞けたので風魔法を使う。
周囲にジュリオの名を叫んでいる人がいないか探してみる。
駄目だ、周囲がうるさすぎて何も分からなかった。
こちらを見つめている彼に、黙って顔を横に振る。
それを見た彼は私の頭を撫でて労うと、近くのお店に入る。
「おっちゃん、この子が迷子でさ。悪いんだけど、ジュリオって名前を呼んでる女の人がいたら、南門入口に来るように伝えてくんねぇか?」
「おっ、人助けか。それくらいなら任されよう。うちにもこのくらいの子がいるからな」
「助かるよ。良かったら客にもこの話を広めてやってくれ」
彼は次々と店に入ると、お願いしてまわる。
その度に必要のない物を買わされて、彼の背嚢はパンパンに膨れ上がった。
南門に着くと、門兵に声をかけてから外壁の上へと登る。
とりあえずは南門からでと彼は言っていた。
南の商業区画にジュリオは蹲っていた。
だから母親もこちらで探している可能性が高いと踏んだのだろう。
「お母さんが直に来るから、見えたら教えるんだ。さて、見つけられるかな?」
「できるよっ!」
南門にジュリオの母親が姿を見せたのは、それからすぐのことだった。
「ありがとうございます。ありがとうございます。本当にありがとうございます。良かった、本当に良かった」
「いいんだよ、ちゃんと報酬も貰っている依頼だ。そんじゃあなジュリオ。またなんかあったら依頼しな」
「ありがとう、おにいちゃん。おねえちゃんもありがとう」
「ん、良かったね」
母親は気が動転していたようで、何度も同じ言葉を繰り返しながら頭を下げていた。
本当に心配だったのだろう。
子供が迷子になっていい広さの街ではない。
二人の感じからしてこの街出身ではないだろう。
だから尚の事心配したはずだ。
人攫いにあって、奴隷にされることもあり得るのだから。
「今日は良いことしちまったな。その分、明日はなんか良いことがあるといいな」
「ん、きっと巡り巡ってくる」
彼はお気に入りの串焼きをもう一度買うと、再び門兵に許可を取って外壁に登る。
私も彼の隣に立って、同じ景色を眺める。
「この街だけでもこれだけの人が集まるんだ。世界の人口はかなりのもんだろうな」
「ん、恐らく途方もない数だと思う」
「そんな中で一番強くなれたら気持ちが良いだろうな」
「ヒデオならすぐに一番になれる」
黄昏る彼の顔は、どこか遠いものを見ているようだった。
どこか遠くに行ってしまいそうで、思わず彼の腕に抱き付く。
「そうだな。俺ならなれるよな」
「ん、絶対なれる」
「じゃあトーチは何を目指すんだ?」
「ヒデオにとっての一番を目指す」
「そうか、じゃあもう達成しているな」
小さく呟いた彼に、思わずもう一度とお願いをした。
だけど彼はそれを許さず、麗しの宿場への帰宅を始める。
あぁ、こんなに幸せで良いのだろうか。
こうして私の長いようで短かった楽しい連休は終わりを告げた。
そしてその翌日。
彼はお世話になった冒険者に頼み込まれて、一人でそのパーティの依頼について行くことになった。
夕方までには帰ってくるはずだった。
実際彼を連れて行ったパーティは、夕方に慌てた様子でギルドに駆けこんできたのだから。
しかしそこに彼の姿はなかった。
そして夜になっても彼はこの街に戻ることはなかった。




