白の少女の連休の過ごし方2
シークは良い人だ。
彼女は、私が彼の気に入りそうなお菓子を見つけるまで何軒もずっと付き合ってくれた。
色々なお菓子を食べれて良いねって私に気を使わせないように。
私を疎んで追い出そうとする富裕層の人間にも平気で楯突いてくれた。
お蔭で今私が持っている籠の中には、果実が数種類のった甘さ控えめなタルトが入っている。
彼は私が渡せば大抵のものは喜んでしまう。
だからこそその中でも一番のものを私は贈りたい。
「今日は一緒に遊んでくれてありがとね。麗しの宿場まで送ろうか?」
「ん、こちらこそ長く付き合わせた。ありがとう。シークの帰りが遅くなるからここでいい」
「そう? じゃあまたね。次も一緒に遊んでね」
「ん、こちらこそお願いする。またね」
宿屋木漏れ日がある方向へと足を進めて行くシーク。
彼女は彼女で、奴とハイド二人分のお土産を用意。
それとは別に奴に向けたお守りも出店で購入していた。
ここ数日で進展があったようだ。
これで奴の彼への接近も減るかもしれない。
やはりシークは良い人だ。
「あっ、薄色が珍しく一人で歩いてる」
麗しの宿場まで戻っていると、前方から女性だけの冒険者集団が歩いてくる。
二人ほど見覚えがある。
四人いるうちの一番右の奴と左から二番目の奴は、この前彼に色目を使っていた。
彼は有名人だ。
シルヴァでもクラッドでも滞在期間はそれほど長いわけじゃない。
けれど容姿や色、九層のユニークモンスター討伐の功績。
そのどれもが華やかである為に皆が口々に彼を誉めそやす。
だからこそ彼といることが自分のステータスになると思っている女は多い。
彼女達もその例に漏れていない。
彼は声をかけてきた彼女達を適当にあしらっていたのだ。
だが彼女達には私が邪魔だったようで、ありきたりな罵倒をして追い払おうとした。
そのせいで彼の逆鱗に触れてしまう。
そこからは彼の言葉による暴力の嵐。
彼女達はそれに耐えきらず、その時は逃げてしまった。
本当なら私も今ここで魔法による報復をするところなのだが、今日は彼へのお菓子を持っている。
違う道から帰ろう。
この道には入ったことがないけれど、知った道にいずれは出れるはずだ。
「待ちなよ。あんたのせいであの人に嫌われちゃったじゃない」
「そもそもなんでそんな薄色であの人の横に立てるの?」
「私なら恥ずかしくて自ら短剣を飲み込んで死んじゃうね」
「キャシーそれは言い過ぎっしょ」
横道に入ると、すぐに彼女達は追いかけてきた。
四人が四人下卑た笑みを浮かべている。
全員が六等級のようで、私一人ならなんとかなると思っているようだ。
しかも入った道は路地裏に繋がっていて、先は行き止まり。
ここで激しく動くとタルトがぐちゃぐちゃになってしまう。
穏便に済ませたい。
「今は急いでいる。また今度話を聞く」
「逃がすかよっ」
敏捷強化の風魔法をかけて、四人の間を駆け抜けようとする。
籠を気にして、動きが少し落ちていたのが良くなかった。
手を伸ばしたうちの一人にワンピースの裾を掴まれてしまう。
敏捷しか強化されていない私は、その反動で仰け反る。
転んでは駄目だ。
思いも虚しく、籠ごと勢いよく地面に倒れる。
すぐさま籠の中身を確認すると、ぐちゃぐちゃになっているタルトだったものがあった。
「こけるとかめっちゃ笑えるんだけど」
「そんな服着てるから悪いんじゃない? 絹だから掴み心地が良かったわぁ」
「そうそう、それにそんなん着てもあんたの色は隠せないからね」
「生意気にも帽子なんかもかぶっちゃってさ~」
転んだ際に落としてしまった、彼からの贈り物である帽子を何度も踏まれる。
あれは彼が私に、何十個もかぶせながら選んでくれた大事な大事な帽子だ。
怒りよりも悲しみが先にきて、涙が溢れてしまった。
すぐさま足から帽子を奪い取る。
「汚い帽子を大事に抱きしめちゃってまぁ」
「泣くとか本当に笑えるんだけど」
「キャシー、あんたさっきから笑ってないけどね」
「おい、あんたも黙ってないでなんとか言ったらどうなんだい」
一人が私のおさげ髪を掴んで引っ張る。
彼が用意してくれた服も帽子も髪もボロボロにされた。
今日は楽しいお出かけのはずだったのに、どうしてこうなったのだろう。
一度溢れた涙は止まることがない。
こいつらが彼に相手をされないのは私のせいではない。
彼が心を許せる女性が他にも現れたのなら私も受け入れる。
だって私は頭から足の先まで彼のもの。
彼の側にいれるのならなんでも構わない。
だから彼を惹きつけるだけの魅力がないこいつらに問題がある。
なのになんで私がこんな目に合わないといけない。
そう、私は彼のもの。
彼は自分のものを傷つけられると、必ず何倍にもしてやり返す。
それに、こいつらはいつか必ず彼を不幸にするだろう。
ならばこいつらには私なりの復讐をしないといけない、彼の為にも。
私は自分がされた事や今後の彼への被害についてを考える。
それを何倍かにしようとするも、倍にするだけでも結論は一つだった。
「なにぶつぶつ言ってんだよ」
「……じゃえ」
「はぁ? 聞こえないんですけど」
「死んじゃえ」
髪を掴んでいた女を突き飛ばして距離を取る。
そして今まで人に向けたことのない威力で風の刃を放つ。
それは私の髪を掴んでいた女の首を深く斬り裂いた。
「え?……ゴポッ」
「ミン? おいミン!」
「てめぇ、やりやがったな」
「あたしら四人に勝てると思ってんのか!?」
「もう三人。彼の私を傷つけた。彼が傷つくようなことをした。彼に死んで謝って」
構えようとしている間にもう一人の首にも風の刃を叩きこむ。
ここはダンジョンじゃないから魔力を温存する必要もない。
倒れた二人を抱きかかえた二人にも同じように魔法を放つ。
なんとか返り血を浴びないで済んだ。
血をつけて帰れば必ず彼は心配するだろう。
今回の事も報告すれば褒めてもらえるかもしれないが、こいつらの事を思い出させて不快な思いをさせる必要はない。
惜しいが、私の胸の内にしまっておこう。
四人の死体はこのままでいい。
どうせ冒険者同士の争いということで街の警備が処理してくれる。
籠に目をやる。
流石にこれは渡せない。
夕食後用の私のデザートとして持ち帰ろう。
麗しの宿場に戻るまでの水場で、帽子とワンピースの汚れを綺麗にする。
帽子の形は少し崩れてしまったが気づかれるほどではないだろう。
風の魔法で乾かす。
夕食の時間も過ぎてしまい、かなり遅くなってしまった。
彼が心配している、早く帰ろう。
「ただいま」
「おかえり。結構遅かったな」
「ん、お待たせした」
「なんか元気なくねぇか?」
「んー、気のせい」
「そうか? 夕食取って貰ってるから部屋で食べな。取りに行っておいで」
疑わしげにこちら見ていた為、平静を装いながら食堂に夕食を貰いに行く。
迷惑をかけたことに謝罪をしたが、食堂のおじさんは気にするなとパンに塗るバターも付けて渡してくれた。
スープを溢さないように気を付けながら階段を上り、部屋へと戻る。
「おう、これ俺へのお土産でしょ? めっちゃ美味いな」
「え? それは……」
「俺は美味しければ見た目は気にしない派だから。うん、甘すぎなくて最高だな。ありがとう」
私が部屋に入ると、彼は籠の中からぐちゃぐちゃになった果実のタルトを取り出し食べていた。
おそらく最後であろうボロボロなタルトの欠片を口に入れると指を綺麗に舐めとる。
彼は立ち上がり私に歩み寄ると、持っていた夕食のトレーを取って机に置く。
そして抱きしめられた。
「俺のことわかってくれてるな、嬉しいよ。シークとは仲良く遊べたか?」
「ん、色々助けて貰った」
「遊び自体は楽しかったか?」
「ん、また遊ぶ約束もした」
「そうか、ならいいんだ」
彼は気になっていた事を聞き終えたのか、私から離れる。
机にある椅子を引いて、私にエスコートをしてくれた。
「俺の方もなかなか楽しかったぞ。アカツキの馬鹿がとんでもねぇ魚を釣り上げてな」
私が食事をしている間、今日あった事を楽しげに語ってくれた。
彼のこういうささやかな気配りが、私の心をまた溶かしてくれる。
一緒にお風呂に入った後に、戦闘後で火照る肉体を彼がベッドで鎮めてくれた。
彼の胸に顔をうずめ、頭を撫でて貰いながら考え事をする。
私は今日初めて人を殺した。
だけど罪悪感はそれほどない。
彼に隠し事をする方が余程胸に痛みを感じる。
彼への想いだけが私の心を人らしく揺れ動かしてくれるのだ。
そうだ。
これからも彼に何か問題がふりかかりそうになったら、私がこっそりと解決しよう。
彼もきっと喜んでくれる。
短絡的な人の多くが冒険者なのも助かる。
その為にはこれからはもっともっと強くなろう。
愛しい彼による手の動きで微睡みへと落ちそうになる。
落ちる前に顔を上に向け、彼におやすみの口づけを貰ってから意識を手放すことにした。




