白の少女の連休の過ごし方1
眠い。
私はいつも寝起きがあまり良くない。
ほぼ毎朝先に起きている彼に世話をされながら、朝の支度をするのが日課になっている。
仕方ないなぁとぼやきながらも髪を梳いてくれるあの時間は至高のひと時だ。
でも今日は違った。
朝日が登っているのに、彼はまだ眠っている。
シーク達を救出してから三日。
あれから私達はまだ一度もダンジョンに潜っていない。
一昨日と昨日は、訓練場で各自の鍛錬をしただけだ。
ラースコング。
そう名付けられたユニークモンスターの売却金額は金貨百枚を越えた。
昨日の鍛錬後にそれを受け取った為、今はお金に困っていない。
だから彼と話し合って、軽い稽古以外では今日から一週間ほど休養という名目で仕事をお休みすることにした。
そして連休初日である今日。
今日はお昼前からシークと共にお菓子の美味しいお店を回る予定だ。
凄く楽しみで、いつもの休日よりも早く起きてしまった。
クラッドの街は街というだけに、各門の側に商店がたくさん建ち並んでいる。
彼が言うには、アーケード商店街と呼ぶらしい。
他にも街の各地で様々な商品を扱う出店があって、普段目にしないようなものも多く売られている。
そして私達が今日向かうのは、高級な商店ばかりと目されている北門方面だ。
セーヌから各区画の説明をされた時からその区画には興味があった。
でも高級店にいる人達の中には私の色を侮蔑する人も多いので、今まで入ったことはない。
甘いお菓子は好きだ。
でも彼とお母さんが好んでくれたこの色を馬鹿にする奴は嫌い。
だから今までお菓子を食べたいだなんて口に出したことは一度もない。
それでも彼は、たまにふらりといなくなるとお菓子を携えて帰ってくる。
彼は甘いものが苦手だ。
果物系の甘味は好きなようだが、お菓子を食べている所は見たことがない。
彼が初めて持ってきたお菓子は、多くの種類が一つずつ並んでいる詰め合わせ。
そして彼は私が食べているのを嬉しそうに眺めた。
もちろん私も彼の気持ちが嬉しくて、胸も口の中も幸せで溢れる。
どれが美味しかったかと尋ねられたが、この気持ちに順位をつけたくなかったのでどれも美味しいと答えた。
二度目に彼がお菓子を用意してくれたのは、ダンジョンに潜った日の夕方のこと。
その日はセーヌの引く荷車が早い時間で一杯になってしまったので、昼過ぎには街に戻ることに。
早かった分疲れも多く溜まっており、甘いものが食べたい気分だった。
そんな時に用を足しに行ったはずの彼がお菓子を抱えて戻ったのだ。
今度は私が特に好きだったお菓子だけを二つずつ。
彼はそれを私に渡すと、これで合ってたかと問うのだ。
あぁ、ちゃんと答えなくても伝わっちゃうんだなって思った。
私のことを考えて、自分一人でこっそりと買いに行く心配り。
そして自分が苦手なものでも、理解をしようとしてくれる優しさ。
それら彼が考えてくれたであろう事柄を思うと、全身が歓喜に震えた。
だから私もこの気持ちを返さないといけない。
シークの予定に付き合いつつも、今日私には一つの目標がある。
彼でも美味しく食べれるようなお菓子を探すことだ。
甘さが控えめで、果物が使われているものが良いだろう。
ふと眠っている彼の顔を眺める。
どんな夢を見ているのか、小さく魘されているようだ。
彼に抱きしめられると、私は安心してすぐに眠ってしまう。
その眠りは深く、彼に起こされるまで滅多に自分から起きることはない。
だから折角の早起きなのだ。
彼の安らかな寝顔が見たい。
「大丈夫。私が側にいる」
彼の手を握り、耳元で小さく囁いてみる。
すると苦しそうだったのが一転、嬉しそうな表情へと変貌した。
そして手を握り返される。
可愛い。こんな可愛い彼を見られるのは私だけの特権だ。
彼は私とは真逆で、表情が豊かだ。
だけどそれが全て本当の表情とは限らない。
彼は言動と表情、行動が一致しないことも多い。
だけどそれに気づく人はほとんどいなく、他の人に理解されないことが彼には寂しいことのようだった。
だが数か月まったく離れずに共に過ごしている私には、その違いがよく分かる。
そして言い当てられる時、彼は恥ずかしそうに頭を掻く。
その表情や仕草が可愛くて、私は大好きだ。
それに彼の感情を分析するのも、なぞなぞを解くようで楽しい。
「んがっ、ふぁ~あ。初めて夢でも勝てたなぁ」
彼の表情を飽きずに眺めていると、目覚めたのか伸びをしながら小さく呟いていた。
何に勝てたのだろうか?
「おはよう」
「おう、おはよう。って、えぇ!? なんでトーチがもう起きてんだ」
「ふっふっふ、新しい私に生まれ変わったのだ」
上手く笑えているだろうか。
彼がたまに浮かべる悪い表情を真似してみる。
すると、なんだそれと苦笑しながら彼は起き上がった。
あっ、後ろの髪がはねている。
「ヒデオ、寝癖ついてる。こっちにおいで」
「おっ、俺の真似か? じゃあお願いしようかな」
彼がいつもしてくれるように髪を梳く。
あれ?直らない。
「今日のは頑固そうだな。顔洗うついでに水で濡らしてくるよ」
「んー、次は上手くやってみせる」
「ははっ、また俺より早く起きれるのかぁ?」
むむっ。
確かに無理かもしれない。
困ったように口を噤んでいると、気長に待つよと言ってくれた。
「友達と遊ぶんだ。いつも以上に可愛くしてやんないとな」
昼前も近くなったので、そろそろ出かける準備をしよう。
そう思っていると、彼が全ての用意をしてくれた。
落ち着いた暗めな色のお洒落なワンピース。
髪も可愛くおさげに編んでくれた。
最後にその上に帽子をのせる。
「我ながら最高だ。鏡を買っておけば良かった」
「ありがとう、嬉しい」
感極まったのか、彼が私をきつく抱きしめてくれる。
私も抱きしめかえそうとしたのだが、すぐに離されてしまう。
惜しかった。
「やべっ、そろそろハイドとシークが来ちまう」
彼は慌ただしく着替えを始めた。
彼の準備は凄く手慣れていて早い。
今日は私を迎えに来るシークと共にやってくる、ハイドと釣りに行くようだ。
ベッドの横には昨日入念に手入れしていた釣りの道具が並んでいる。
奴も来たがっていたが、私も含めて全員が反対をして黙らせた。
シークのことは好きだが、奴のことはあまり好きではない。
奴は彼に酷く馴れ馴れしい。
凄く苛立つことがある。
奴が彼の感情を読み取るのだ。
私だけのポジションなのにと思う反面、彼がそれに嬉しそうな反応をしている為に複雑な心境なのだ。
この事を考えすぎると、胸にドロリとしたものが溶け込むので気をつけている。
「トーチちゃんお待たせしちゃってごめんね。コスケが駄々をこねて聞かなくって」
「やぁやぁ二人ともこんにちは。もう元気やし僕も行くからなヒデちゃん」
「本当、ご迷惑おかけしてすみません」
分かりやすく彼と宿の外で待っていると、三人が私服で現れた。
なんとなく予想をしていたが、奴も来てしまったようだ。
少し嫌な気持ちもするが、彼は既にいつもの掛け合いを楽しそうにしている。
その笑顔を見ると毒気も少しは抜ける。
今日は彼に喜んでもらう為の日なのだ。
どんなお店があるのだろう。
北門の区画までの道中、シークに相談するのも良いかもしれない。
そんな事を考えていると、彼に金貨が数枚入っている袋を渡された。
「楽しんでこいよ。これお小遣いな」
「んー、多すぎる」
「足りない時が怖いからな。気にせず持っておきな」
「心配してくれてありがとう」
「ははっ、おう!」
こういう時に断ると、彼は必ず少し寂しそうな表情を見せる。
だから親指を立てながら感謝を告げる。
すると彼は嬉しそうに笑った。
喜びの表情への導き方も私だけは知っている。
「俺らもそろそろ行くか。そんじゃあトーチ、いってきます。いってらっしゃい」
「いってらっしゃい。いってきます」




