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ここクラッドのダンジョンは、各層で明度が変化するのが特徴的なダンジョンである。
一、二、五、六層は発光する苔が、真っ暗なダンジョンを淡く照らすのだ。
薄暗い洞窟の中を思わせるそれは、冒険の雰囲気作りもしてくれる幻想的な存在。
それを俺は甚く気に入っていた。
前回まではという言葉が頭には付くが。
「どうせ光るなら奥まで見通せるようにしろよ」
八つ当たりするように吐き捨てる。
先が見えない。
それが好奇心を擽って良いのだと賛美していた俺はもういない。
六層までの道は手慣れたもので、襲い掛かる魔物たちを相手にすることなく突き進む。
俺とトーチの速さに着いてこれる魔物はこの層にいない。
置き去りにしつつ最短ルートを選んで行く。
未だ七層には足を踏み入れたことがない。
しかし六層の周回が最近のルーチンだったので、次の層へと続く階段の場所は把握している。
「ここからは僕が案内します。走りにくい場所で、この速度に対応してくる魔物もいます。なのでバレないように進みましょう」
ハイドの予想を上回り、圧倒的な早さでここまで戻ってこれたからか、彼は少し落ち着きを取り戻したようだ。
俺とトーチはここから先を知らない。
まだ潜るのは先だろうとセーヌに階層の説明を受けていなければ、魔物たちの特徴も知らされていない。
ただ、ここより下層が自分の適正レベルよりも上なことだけは分かっている。
もしもの時はトーチだけでも逃がさないとな。
その辺に落ちている晶石を拾い上げると、彼女に持っておくようにと手渡す。
初めて降り立った七層は、それまでの洞窟のような場所とは違い、砂地のような空間が広がっていた。
あまりの明るさに天を見上げる。
三、四層にもあった疑似太陽が階層全体を照らしている。
先ほどまでとのギャップのせいか、外に出てしまったような錯覚に襲われた。
下りた階段の高さと見上げる疑似太陽のある天井の位置。
比べるべくもなく天井の位置が高い。
どうなっているのだろうか。
ダンジョンは不思議な事が多すぎて考え出すとキリがない。
またの機会にしよう。
「この階層は中央部に寄るとサンドワームが湧きます。少し遠回りになりますが、壁伝いに先へ向かいましょう」
足をとられた状態で、砂に潜む魔物を複数相手取るのはしんどそうだ。
ここは一日の長があるハイドに従うべきだろう。
耳の良い狼型の魔物もいるらしく、物音をたてないようにと足を進めていく。
対策できることは全てやるべきだ。
そうすることによって、より早く到着することが出来る。
だが頭上がこんなにも明るければ、空の魔物に対策なんて出来るはずもない。
昔テレビで見た火食い鳥に似ている鳥が距離を取りながらこちらを威嚇している。
俺の知っている火食い鳥はダチョウの仲間であり、空を飛べないはずだ。
だがこちらの方は悠々と羽を広げて飛んでいる。
「ヒグイドリですね。全長は二メートルを超えていて、鱗に覆われた頑丈な脚と鍵爪による攻撃が強力です。そして火による攻撃はほとんど効果がありません」
「私に任せて」
トーチは俺達よりも一歩前に出ると、金属弓の弦を引き絞りながら狙いを定める。
本来その細腕からは出せないであろう威力の一矢が放たれた。
しかし距離もあるせいか、ヒグイドリはギリギリの所でそれを回避する。
トーチは一射目の行方を確認することなく、続けざまに二射目を放つ。
二射目はしっかりと獲物を捉えており、ヒグイドリはその身を地面へと落とした。
「シークが待ってる。行こう」
トーチが急くように前へと足跡を残していく。
不意に、前を歩く彼女が背負う矢筒に矢が増えた。
弓に魔力を流したのだろう。
今回は狩りをしに来たわけではない。
ヒクイドリが落ちた場所に行くことなく先へと進む。
放っておいてもしばらく経てばダンジョンへと吸収されるであろう。
その後も数回鳥系の魔物に襲われるが全てトーチが射殺した。
そうして俺達は八層に繋がる階段へと辿り着いたのだった。
八層は七層とそこまで大きな変化がなく、魔物の種類と強さが一段上がっただけのように思えた。
こちらの階層もハイド先導の下、慎重かつ迅速に階段へと向かうことにする。
ここの階層でも同じく、トーチが大活躍した。
砂地は特別暑いという感想もなかったが、景色にそこまで変わりばえがなく、俺一人だと容易に迷うであろうことが分かった。
そしてアカツキ達が待っている九層。
自分の目を疑い、思わず腕で目を擦る。
先ほどまでの階層とはまるで様相が違う。
確かに俺の後ろには階段があり、横には魔法陣がある。
ただ、目の前に広がる風景は渓谷。
草木が生えていれば川も流れている。
上にも目が行く。
疑似太陽の他に、先ほどまでの階層には無かった空にも見える天井が存在した。
「驚くのは後でお願いします。この階層の奥にコスケ達はいるはずです。行きましょう」
「待て、あっちから誰かの気配がする」
「ん、何かこっちに向かってる」
気配察知のスキルが反応した。
それと同時にトーチの風魔法にも引っかかったようだ。
もしやアカツキ達かと期待をしてそちらへと向かう。
「お前ら今からこの層を探索する気か?なら悪いことは言わねぇ、引き返した方がいいぞ」
「そうだ、俺達が束になっても勝てねぇだろうってとんでもねぇ奴がいた」
「あの冒険者たちは可哀想だけど、命あっての物種だもの」
「あれは無理だぜ。それこそ二等級でもいなきゃな」
こちらに向かって来たのは三等級が二人。
それに四等級と五等級が一人ずつの冒険者パーティだった。
焦っているのだろう。
口々に言いたいことだけを述べていた。
無関係のこいつらに文句を言える筋合いはないが、微かに苛立つ。
だが同じ立場でトーチを連れていたとしたら、間違いなく俺も同じ行動をとるだろう。
そう考えて気持ちを切り替える。
アカツキ達がまだ生きているのは分かったんだ。
早く行かなければ。
「忠告ありがとう。でも俺は今からそいつらを助けに行くんだ。まだ生きてるって知れて良かったよ」
「おいっ、やめとけ。ここにいる全員の力を足しても奴には勝てねぇって。戦ってた奴だって既に死にかけてたんだぞ」
「友達なんだよ。今度遊ぶ約束もしてる。だから俺は負けねぇよ」
親切心から引き留めているのであろう冒険者達を振り払う。
ユニークモンスターには他の魔物も近寄らないとハイドから聞いた。
俺は身体強化魔法をかけてハイドを担ぐ。
トーチの方も準備が良いようで、二人でハイドに指さされた方角へと駆けだした。
あの冒険者達がどれほどの実力かは分からない。
だが俺達含め一流以上の冒険者が七人いても無理だと言うくらいだ。
もしかしたら死ぬかもしれない。
そうなったらトーチだけは必ず逃がす。
これは俺の中での確定事項だ。
僅か数日の仲なのに俺は何故こんなにも熱くなっているのだろうか。
自分でもよく分からない。
だが気持ちに変化はない。
アカツキは俺が助ける。
「馬鹿だなお前ら。早く着きてぇならあのでけぇ木の横にある小山を越えて行け。そこが近道だ」
「ありがとうな。帰ったら酒奢ってやるよ」
背中から大きな声が届いた。
だが、それに足を止めることはない。
俺も後方へと大声で返事をかえす。
あの冒険者達も俺と一緒で自分の仲間を守りたいだけだった。
きっと自分の不甲斐なさにも嘆いているのだろう。
言われた通りに小山を越える。
本当に小さな傾斜ではあったが、視界が僅かに広くなる。
見えた。
三メートルは優に超えるであろう体躯を持つ大猿。
見るからに禍々しい気を放っている。
そしてそれの前に立つのは、ほぼ裸の状態で血塗れになっているアカツキ。
生きているのが不思議なほどにボロボロだ。
それを泣いて眺めることしか出来ていないシークの姿も見つけた。
あれだけ血を流せば、とっくに意識は朦朧としているはずだ。
なのにアカツキは未だに大猿の攻撃を寸での所で躱している。
ハイドを逃がしてから既に三時間は経っているだろう。
あいつはそれからずっとこうしているのか。
シークが逃げないから。
そして俺が来るかもしれないと淡い期待を抱いて。
その場にハイドを放るとトーチに援護だけを頼み、駆け出す。
接近しながらも大猿を観察する。
大猿にとってアカツキとの戦いは遊びなのだろう。
アカツキに攻撃が掠める度に大喜びしている。
なに俺の玩具で勝手に遊んでんだよ。
アカツキの体に再び大猿の爪が迫る。
「よう。約束が待ち遠しくて思わず来ちまった」
「ははっ、忙しない奴やなぁ。あと頼むわぁ」
アカツキを抱きかかえて大猿から距離を取る。
最初は何が起こったのか分かっていない様子だったアカツキだが、声をかけると安心したのか意識を失った。
素人目に見てもこいつの状態は良くない。
なんでこいつはこんなに俺を信用しきってんだよ。
馬鹿じゃねぇのか。
「あっちにトーチがいる。薬とか持ってるから応急処置してもらいな」
「ばのっ、ばりがっ、とうっ」
嗚咽まじりで何を言っているのか分からないシークにアカツキの体を預ける。
大猿は自分の遊びの邪魔をされてご立腹のようで、胸をドラミングして吠えている。
あぁ、こいつオルトロス級かよ。
明確な殺意に気圧されている。
こんなことはオルトロス以来だ。
だけどな、なんでか分かんねぇけどさ。
俺もトサカにきちまってんだわ。
決めた。簡単に殺されてやらねぇし、楽に殺してもやらねぇ。




