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 タンッと軽快な音を奏でるのが昨日までの彼女の弓矢の音だった。

 それが今ではズドッという重低音な響きへと移り変わっている。


 以前も的までの到達速度は早かったのだが、現在では矢切の名手もかくやという高みに至っていた。


「これ楽しい。しばらく射ってていい?」

「おう、俺もギルド内をブラブラしてくるわ」

「ん、変な女に着いて行っちゃ駄目」


 魔力を流すと放った矢が回収される謎システムにご満悦のトーチさん。

 彼女から許可が下りた為、依頼掲示板へと顔を出すことにする。

 数少ない四等級冒険者だからか、それとも色の濃さか、はたまた両方か。

 ギルド本館へと戻るといつも通り、多くの視線を感じた。

 これが勘違いとかだったら恥ずかしいのだが、事実である。

 

「ようヒデちゃん。昨日ぶりやなぁ」

「ようアカちゃん。昨日ぶりだな」


 この独特な喋り方は顔を見なくても分かる。

 背後からいきなり現れて横に並び立つアカツキ。

 挨拶代わりにいきなりのヒデちゃん呼ばわりに対しての意趣返しをする。

 流石にアカちゃん呼ばわりは癪に障るだろう。


「おぉ、アカちゃん良いやん。今まであだ名で呼ばれたことないから、僕嬉しいわぁ」

「はぁ……。まぁいいや。そんで今日もお前は休日か?もしかしてパーティメンバーに省かれてるんじゃ」

「いやいや、今日もって。昨日のはちゃんとした依頼やから。それにメンバーからもハブられてないわ。そういうヒデちゃんは今日はどしたの?」


 依頼掲示板はとりあえず見に来ただけで、実際は暇つぶしする為の玩具を探していたのだ。

 そして玩具は自分から俺の目の前へと姿を現した。



 とりあえず、ラカンやヒュメルの説明から始めると酷く驚いたようで随分と羨ましがられた。

 個人の依頼は基本的には受けないらしいしな。

 そしてトーチの試し射ちの話まで説明が終わると、突然頭を下げ始めた。


「友達としての頼みや。そのヒュメルさんの弓を僕のパーティメンバーに売ってくれるよう、お願いしてくれないやろうか」

「友達?昨日の今日で?」

「うん。違わないやろ?」


 そんな純真無垢なオーラを向けるんじゃない。

 確かに嫌いな性格ではないが、戦い自体も中途半端でそこまでの友情は俺の中には芽生えていない。


 でも三等級冒険者パーティに貸しを作るのも悪くはないか。

 別にアカツキと友達になれそうだなと思った訳ではない。断じて違う。


「貸しにしてやってもいい。ただし条件が二つある」

「本当か?どんな条件や」

「まずは一つ。お前の目を見せろ。昨日からどうやって見てるのか気になって気になって」

「なんやそんな簡単なことかい。そんなの条件にもならないやろ」


 そう言うと、鼻近くまで覆い隠されていた前髪を持ち上げる。

 おぉっ、思っていたよりも男前だ。

 額に第三の目があるとかそんなこともない。

 柔和そうなイメージとは違い、切れ長の瞼にダークブラウンの瞳をしている。


「そんな見られると恥ずかしいやろ。心配されなくてもちゃんと見えてるよ。そんでもう一個はなんや?」

「その必死なお願いだ。どうせ弓使いのパーティメンバーはお前の好きな女の子って所だろ?」

「なっ!?なんで分かるんや」

「いや、適当に言ってみたんだがな。でもやっぱりそうか。もう一個条件は……そうだな、その子との馴れ初めとかを教えろ」


 変な条件だと笑いながらもアカツキはパーティメンバー達との出会いから語り始めた。

 暇を潰す為に出した条件だ。別に条件が思いつかなかったとかではない。



 アカツキは成人前までコスケという名前で呼ばれていたらしい。

 彼の家は古くから変な仕来りが幾つかあり、今では誰も必要性を感じてはいないのだが、何故か代々続けられているのだという。


 そんなアカツキの実家がある村も一風変わっており、村の子供は幼少のみぎり戦闘訓練を強要されるのだとか。

 そこで知り合ったのが今のパーティメンバーであるハイドとシークの双子。

 ハイドアンドシーク、かくれんぼか。


 引っ込み思案で優柔不断な男であるハイドとしっかり者で明朗闊達な女であるシーク。

 双子なのに正反対な性格をしている二人と柔軟な思考を持つアカツキはバランスが良く、すぐに仲良く打ち解けた。

 そして三人は成人後に冒険者となるべく村から旅立つ。


 村で唯一の魔法スキル持ちで、土魔法が使えるハイドと弓術スキル持ちであるシーク。そして見切りスキル持ちであるアカツキ。

 彼らは幼少期からの仲であり、戦闘訓練もずっと共にしてきた。

 冒険者になってからは破竹の勢いで昇級していき、現在二十五歳という若さで三等級冒険者にまで上り詰めた。


 しかし三等級に上がってからは弓術の効きにくい魔物が増えてきて、シークは思い悩んでいるのだそうな。


「うん、おもっくそ普通過ぎて聞いて損した。時間を返せ」

「なんや自分から聞いておいて酷いな」


 そして恋愛に関してだが、ずっと一緒にいてお互いが意識し合っている状態にも関わらず、二十五にもなって未だ進展がないらしい。

 

 それにしても無駄に長い話だった。

 理解出来るように纏めるのにも骨が折れる。


 だがとりあえず判明したことはあったな。

 アカツキは二十五歳なのに、この性が乱れがちな世界において童貞という事実。これだ。

 奴の葛藤を考えると少しだけ同情した。


「よし、一応あとでヒュメルの所に行って頼んでおいてやるよ」

「助かるわ。結果が分かったら宿屋木漏れ日に言伝して欲しいんやけど」

「世話の焼ける奴だな。貸しだってこと忘れんなよ」

「恩には恩で返す派や。それじゃあ僕は依頼も見つけてお願いもしたんやし、帰りますわ」


 もう購入出来る気でいるのか、アカツキは足取り軽くギルドの出口へと向かった。


 ヒュメルになんて説明すれば売って貰えるだろうか。

 そんな事を考えながらトーチがいるであろう訓練所へと足を運ぶ。



 俺が訓練所に入るとトーチは此方に気づいたようで、道具を仕舞うとすぐに駆け寄ってきた。

 こんな長時間も射って指は大丈夫なのかと心配になり、見せてもらう。

 弓を長いこと扱っているのに未だ綺麗な手のままだ。

 弓が良いのか、それともただの不思議体質か。


「それで、弓の感想はどうでしたか?」

「ん、素晴らしい。作ってくれるようにお願いしてくれてありがとう」



 武器は超一流。

 だがそれを扱う俺らの技術は正直まだ二流だろう。

 伸びしろは二人とも大いにあるのだ。

 一昨日にも感じた通り、一歩ずつ武器に歩み寄っていこう。





「ヒュメル氏の作ったあの弓を欲しがっている三等級冒険者がいまして」


 とりあえず直球で攻めてみた。

 ヒュメルの工房を訪ねる頃には日が沈みかけており、一眠りしたであろう彼にお伺いをたてる。


「あれはこのおなごに向けて作ったもの。誰彼構わず装備できるという代物ではない」

「欲しがっているのも女の子なんですが、背格好はトーチとほとんど一緒らしいです」

「全く一緒の者など存在しない。それにラカンに負けたような物を世に出すわけにはいかない」


 なかなか首を縦に振ってくれそうにはない。

 恐らく後者の理由がほとんどなのだろう。

 それならば少し熱くなってみるか。


「貴方が三日間誠心誠意を込めた弓は、確かにラカン氏に負けたかもしれない。しかし、朝にも言っていたようにそれを貴方は受け入れたはず。ならばその弓に罪はない。新しい相棒をつけてあげる。それが勝たせてあげられなかったヒュメル氏からのその弓への手向けではないのでしょうか」


 ヒュメルの目を見つめる。

 暫し無言が続くも、考えが纏まったのかこちらの目を見返してきた。


「そうだな。確かに俺の負けをこいつに押し付けるわけにはいかないな。一度そのおなごに会わせてくれ。それから決めよう」


 よし、ここから先は俺の仕事ではない。

 当人たちが解決する問題だ。

 だがヒュメルのこの表情から、売ってくれる可能性の方が高いだろう。


 ヒュメルへ勝手なお願いについての謝罪をし、宿屋木漏れ日へと向かう。

 トーチも知らない場所で、情報収集をしながら探し出した時にはすっかり夜更けになってしまった。


「ヒデちゃんやん。早速行ってくれたのか?」


 言伝だけして帰ろうと思ったのだが、宿屋に併設されている酒場から声をかけられる。

 そちらを見やると、入口側のテーブルで酒盛りをしているアカツキを発見した。


 連れの二人の顔が似ていることから、これがアカツキのパーティなのだろう。



「奢るからどうや?」

「トーチはどうしたい?」

「ん、お腹ぺこぺこ」


 昼飯抜いちまったからな。俺のお腹も賛同の声をあげている。

 トーチも嫌がっていないようなので快諾すると、同じ机を囲む事にした。

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