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 引退までに五等級に辿り着ける冒険者は二割未満。

 壁があると呼ばれている四等級ともなれば更にその一割程度。


 以前そう勉強したのだが、ここクラッドはダンジョンの難易度から、五等級以上も多く集まっている。

 その為、日に数人見かける程度に彼らは存在していた。

 そして今俺の目の前にいる人物もその一人だ。


「あちゃ~、四等級昇級審査依頼って楽で報酬も良いから受けたのになぁ。キミ厄介そうやん」

「俺も四等級冒険者が優しく見極めてくれるって聞いてたんだけどなぁ」


 今俺は冒険者組合クラッド支部の訓練場にいる。

 シルヴァとは違い、金があるのかを比べるべくもなく、かなりの広さだ。

 しかもここ以外にも残り二か所存在する。


 先ほどまではこの大きな施設は数多くの冒険に利用されており、皆が切磋琢磨していたのだが、今は完全にギャラリーとして脇に控える存在となった。

 

 事の発端は、昨日の試し切りでの依頼報酬を受け取るべく、ギルドに訪れた時のことだ。

 遠足後の気分だったので、正直この辺から眠気で記憶はあまりなかった。


「ヒデオ様。シルヴァでの功績とクラッドでの功績により、四等級への昇級審査が可能になりました」

「あぁ、そうなんだ。ふぁ~あ、今日はもう眠いし、明日また来るから適当によろしく」

「畏まりました」



 そして今朝がたギルドを尋ねると、今の状況だ。

 俺が悪いのか?

 言葉のやり取りとは怖いものだ。

 やっぱり帰り着くまでが遠足ということなのだろう。

 


 そして四等級への昇級条件を提示された。

 

 一、四等級になる際に必要な依頼を全て恙なくこなしていること。


 二、四等級冒険者との手合せにて実力の確認。



 たった二つ。

 しかしこの僅か二つに大きな壁がある。


 恙なくという言葉の基準が高く、必要な依頼は討伐ばかり。

 一流としての証明である五等級の討伐依頼を外傷なく、期間内に行わなければならない。

 そしてそれをなんとか終えても、その壁を越えた存在との実力差を測られる。

 

 これが五等級から一割程度しか昇級することが出来ないとされている理由だ。

 そう、本来は四等級冒険者が相手であるはずなのだ。


「なんで三等級の貴方と戦わないといけないのやら」

「まぁまぁ。僕も楽そうやと思ってたんやって。若気の至りってやつやん」


 俺の実力が五等級の枠に収まっていないことは、ダンジョン六層を無傷で周回していた為に口伝いで広まっていた。

 そして俺に負ける可能性があると日和見するものが多く、結局三等級にお鉢が回ったのだとか。

 それにしてもこいつ、言葉の節々に【や】が多すぎる。似非関西弁ですらない。


 目の前で三等級の証を付けている男。

 くすんだ茶髪を目が隠れるほどに伸ばしていて、その奥の瞳は窺うことが出来ない。

 そもそもこの男、前が見えているのだろうか。

 年は近そうで身長も同じくらいだろう。

 手合せなのに装備を身に付けているようには見えない。


「まぁさ、あくまで実力の確認やから」

「俺は双剣を使っているんだが、普段通りの物を使っていいのか?」

「いいんやない。僕は体術メインやから素手でやらせてもらうけど。そういえばキミいくつ?僕と同じくらいなんやない?ちなみに僕は二十五や」

「俺も二十五だな」


 戦闘前だというのに全然緊張感がない。

 そう言えばまだ名前さえも知らない。


「まだ名乗ってなかったな。俺はヒデオ。よろしく」

「これはこれはどうもご丁寧に。僕はアカツキや。よろしくしてや」


 なかなか好意的に接触してくるな。この手の輩は嫌いじゃない。

 それにしてもアカツキか。

 日本名のようにも思えるが、アカツキの日本人離れした茶髪は伸びっぱなしであることからも地毛であることが分かる。


 しかし、素手の相手に手合せで聖銀と黒剣は駄目ではなかろうか。

 恐らく何処かしらは斬り落としてしまう。

 自分は当たらないという強い自負でもあるのだろうか。

 目の前で準備体操をしている男には気負った様子が全くない。


「そんじゃやりますか~」

「おいっ本当にいいのか?俺も素手でもいいんだぞ」

「なんや心配してくれるんか。優しいなぁ。でも平気やんな、多分当たらんし」


 そして見届け人により開始の合図が出される。

 いつも通り最初から本気で行こう。

 三等級というのはそれだけの事をすべき相手であるとイェンで学んだ。


 身体強化魔法をかけると、間髪入れずにアカツキへと接近する。

 舞い踊るかのように足を動かし、両手の剣で斬りつけていく。

 それらの攻撃をアカツキは寸での所で躱し続けた。


 相手に攻撃する暇を与える必要はない。

 崩れた体勢の部分を狙い、苛烈に手数を増やす。


 それにしても当たらない。

 遊ばれているという訳ではなく、アカツキに余裕の表情はない。

 むしろ必死な形相で汗を滴らせている。


「たんまたんま。もう終わりや。十分合格の範囲やと思うし」

「もう終わりでいいのか?」

「さっきも言ったけど、あくまで実力の確認やからね」


 一度も接触することがなかったせいか、観客全てを満足させる事は出来なかったようで口々に批評を始める。


 僅かな攻防にも得られるものがあったと頻りに頷く者がいれば、三等級と五等級の戦いなのに地味だと不満げな表情を浮かべる者もいる。



「さっきのもしかして見切りのスキルか?」

「ん?なんや知ってるのか。僕の唯一のスキルなんや。装備を重くすると躱しきれなかったりするからなぁ」


 だからこそのあの発言だったのか。

 恐らく俺の三よりも上なのだろう。

 それでもちょっと物足りなかったとも思う。


「同い年やし、これからは仲良くしてこうな。ん?どうしたんや?」

「いや、仲良くは良いんだけどな。イェンって等級審査官との手合せとは大分勝手が違うなと思ってね」

「ほぉ、瞬歩のイェンと知り合いなんや?あんな凄い人と比べられたら駄目やん。僕はあくまで前衛で躱し続けるのが役目やから」


 どうやら三等級の中にも大きな開きはあるようだ。


 また、アカツキは自身のパーティ内において、後衛が倒すまでの間、敵を引き寄せ続けるということに重きを置いているらしく、三等級の討伐依頼では完全に火力不足の存在であるとのこと。


「一日かけて良いんやったら僕でも倒せるけどな。そんでお疲れ様。今日からヒデオは四等級冒険者や」


 観客の中には隠れて審査していたギルドのお偉いさんもいたようで、その日の内に冒険者証は更新されることとなった。



 さて、トーチの方はどうなったかな。

 現在別の訓練場で、五等級への昇級審査を受けているであろうトーチを思いながらギルド本館へと足を進める。




 あんなにあっさり終わったのだから、しばらく待つことになるだろう。

 そう思い、依頼掲示板横に設置されている椅子の方へと向かう。


「え?なんでトーチがもういるの?」

「ん、さっき来たばかり。ヒデオも早い」


 まるでデートの待ち合わせのような会話だが、どうなっているのだろうか。

 Vサインをしているということは合格しているのだろうが、早すぎではと疑ってしまう。


 お互いの冒険者証更新を待つ間に話を聞いてみると、トーチの相手は元五等級の等級審査官だったらしく、風魔法と弓矢の連撃で瞬時に片がついたようだ。

 そうだよな、連れて行くことになった当初の予定とは大幅に違い、トーチが今まで戦闘で足を引っ張ったことはない。

 なんなら俺よりもスマートに終わらせることの方が多いかもしれない。


 シルヴァに居た頃、度々ファイがトーチを天才だと言っていたのはこういう事だったのだろう。

 今更ながらに気づいた自分を恥じる。


「おめでとう。よく頑張りました。私もすぐ後ろを追いかける」

「よしよし、トーチは本当に優しい良い子だなぁ」


 俺の感情をどう読み取ったのかは分からないが、頭を撫でられる。

 自分がされて嬉しい事をしてくれているのだろう。

 思わず人目を憚らずに抱きしめる。

 冷やかそうとしたりする奴らは目で殺す。


「なんや変な構図やなぁ」

「アカツキか。俺のパーティのトーチだ。人見知りの激しい子だから反応がなくても気にしないでくれ」

「僕のとこにも似たようなのいるから平気や。アカツキって言うんや。よろしくな」


 やはり知らない男は苦手なのかぺこりと一つお辞儀をすると、俺の後ろに隠れる。


「アカツキ、日本って国に聞き覚えはないか?」

「なんや唐突に。ないよ。それがどうかしたの?」

「いや、喋り方や名前にその国の名残があってさ」

「僕の家系は代々、アカツキの名前を成人すると貰うんや。それに喋り方も小さい頃から皆こんな感じやしな」


 もしかしたら先祖のどこかに日本人がいたのかも知れない。

 称号を見る限りでは異世界に生きて辿り着けることは早々ないようなので、違うのかもしれないが。



 更新された冒険者証を受け取るまでの間、アカツキと他愛のない話をして過ごした。

 俺が友好的にしていた為か、途中からトーチも会話を楽しめていたようだ。


 アカツキのパーティも三名と少数らしいので、いつか一緒にダンジョンへ潜ろうと約束を交わし、ギルドを後にした。

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