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「金貨一枚、銀板六枚、銀貨七枚になります。お確かめください」

「あいあい、確かに」

「初回の探索からなかなか精が出ますね」

「良い案内人がいたからね。低層でもしっかりと成果が出たよ」


 剥ぎ取った素材を提出すると、受付から売却額と依頼報酬を受け取った。

 初日だから余裕を持って三層までにしたのだが特に問題はなさそうで、ゴブリンや大きな吸血蝙蝠であるブラッドバットを筆頭に時間が許すまで狩りを続けた。


 それにしてもトーチの弓と風魔法の命中率には本当に舌を巻いた。

 セーヌは重い荷車を引きながらも全く遅れずについてきた。

 今日の成果はほとんど彼女達によるものだと思う。

 俺は剥ぎ取り係がメインでした。


「連日で潜るつもりはないから明後日になるけど、また一緒にどうだ?」

「お誘い有難いねぇ。あたいも中々役に立っただろう?」

「ん、興味深い話も多くて楽しかった」

「銀貨のせいで袋がジャラジャラすんな。嫌じゃなかったらコレをチップとして貰ってくれ」


 互いの仲も良好で、トーチも楽しめたのなら安いものだ。

 そう思い、トーチに相談をした後に銀貨七枚をセーヌへと渡す。

 実際にそれ以上の価値があったと俺達は思っている。


 辛い環境でも夫婦仲良く暮らしているんだ。

 何か得があったって良いじゃないか。


「そんな、悪いよ。ただでさえあたいは他のポーターより若干金額が高いんだ。これ以上は貰えないよ」

「今後の顔繋ぎ料とでも思ってくれ。それで旦那の晩飯に一品足してやりな」

「本当に良いのかい?助かるよ。明後日の待ち合わせも今日と同じでいいのかい?」


 トーチが銀貨を乗せたままだったセーヌの手を握りこませる。

 そうするとセーヌは空いているもう片方の手で頬をポリポリ掻くと、照れくさそうに俺達へとお礼を言うのだった。

 明後日の約束を交わすと彼女は旦那の元へと帰って行った。



 久しぶりに善いことをして気分が良い。

 このまま宿屋の食堂で酒を飲みながら美味しいご飯を食べたい。


「よう兄弟。俺は六等級冒険者のレルガルってんだ。なかなか羽振りが良さそうだな。俺にも一枚噛ませてくれよ、ソロなんだ」

「悪いな兄弟。俺はまだこの子以外とは誰とも組む気がないんだ」


 善は急げだとギルドの外に出ようとすると扉の側にいた奴から肩を組まれる。

 それなりに鍛えていそうな身体つきではあるが、青髭が濃くて眉毛も濃くてゲジゲジ。

 あまり近づきたい風体をしていない。

 気分の良いまま帰りたいので、ここは相手の調子に合わせて断ることにした。


 トーチが六等級の為、あまり文句は言いたくない。

 ないのだが、六等級冒険者は一流一歩手前で絶対数も少ない方である為か、自身の力を過大評価している輩が多すぎるように思う。

 イェンのような化け物手前の相手をした後だと尚更そう思えるようになった。


「そんな連れねぇこと言うなよ。同じ六等級ならそこにいる小さいのより絶対役に立つぜぇ」

「いや、俺とこの子は相性が良いんだ。そんなことはない」

「そもそもこんなフードを被った怪しい奴、どうせ碌な出身じゃねぇんだろ?俺はバルいででででででっ」

「大人しく聞いてれば息がくせぇんだよ。とっとと失せろ」


 身体強化魔法をかけた手で男の手を握り潰す。

 どれだけ頑張っても俺の手が剥がせないことに気づいた男は、顔から脂汗を大量に放出した後に謝罪をした。


 正直もうこの手の奴は慣れっこなのだ。

 

 冒険者同士の争いには不干渉な為か、こういったトラブルは日常茶飯事だ。

 特に五等級冒険者で色も濃くて、パーティメンバーも一人である俺はギルドに顔を出すとほぼ間違いなく絡まれる。

 


 宿屋に戻って牛の魔物から取れた部位のステーキを食す。

 水を差されたせいかこの日の酒はあまり美味しくなかった。

 明日は宿屋でゆっくりトーチと過ごすとしよう。







 そんなこんなで二週間。

 あれ以降の潜りも黒字の冒険が続き、探索する階層も安全圏内だと言われていた四層を超え、六層にまで深くなっていた。

 ここがレベル適正階層なのか、二回の探索に一回はレベルが上がっている。

 また、新規スキルも気配遮断と気配察知を獲得した。

 他にも既存のスキルレベルが上がったこともあり、全てが順調にいっていると言える。



 そして今日は遂に俺専用の武器二振りとの初顔合わせだ。

 昨晩帰宅すると、両者から宿屋へと連絡があったのだとか。

 朝食を済ませるとトーチを連れ、まずはラカンの工房へと顔を出すことにした。


「おう、来たか」

「うわっ、随分ゲッソリとしたな。大丈夫か?」

「あぁ、ヒュメルの泣き顔を拝めると思うと楽しくてな。年甲斐もなく徹夜で鍛え続けちまった。ほら、見ろよこの渾身の力作を」


 一振りの剣を俺に差し出す。

 鞘こそ無骨な様相をしているが、どうなのだろうか。

 言われるがままに剣を鞘から抜く。


「どうだ、綺麗だろ。ミスリルとレアメタルも混ぜてみたんだ。これで大物だけじゃなく、どんな不死族もイチコロよ。金貨四十枚でこれだけの仕上がりは絶対に俺にしか出来ねぇ」


 見た瞬間に使いたくないと思わされてしまった。

 それ程までにこの剣は美しい。

 外装こそ全く飾り気のないものではあるが、それが一層剣身の美しさを際立たせた。

 それに剣から溢れ出ているようにも感じるこの神聖なオーラ。

 確かに不死族にも効果がありそうだ。


「あぁ、素晴らしいな。ヒュメル氏には悪いことをしたな」

「へんっ、だろうが。俺も一緒に行ってヒュメルの鼻っ柱をへし折ってやるぜ」


 ラカンは意気揚々と工房を閉める。

 自身の勝ちを全く疑っていないようだ。

 それほどにまで力が込められた名剣なのだろう。大切に扱わないとな。





「オルトロスの犬歯の鋭さは刃の斬れ味を足してこそ真に輝く。アダマンタイトが余っていたのでな。特別に金貨四十枚で仕立て上げた」


 そう言って渡された剣は柄から剣先まで真っ黒だった。

 その黒剣はまるで両刃の刀とも思わせる程に切っ先と剣身から怪しい雰囲気を纏わせていた。

 刃の部分に至っては、眺めているだけで自分が斬られてしまったのではないかと錯覚させられる程に魅せられてしまう。

 感嘆の溜息を吐き、ラカンのものに似た無骨な鞘に黒剣を収める。


「おい卑怯者。アダマンタイトを使うなんざズルいじゃねぇか。あんなもん金貨三百枚はくだらねぇだろうが」

「フンッ、余っていたのだ。良い素材に良い金属を合わせるのは職人として当然のことだろう」


 二人は今にでも取っ組み合いの喧嘩をしそうなほどに険悪だが、俺の心はそれとは真逆で喜びに満ちている。

 この聖銀の剣も黒剣も両方使いたい。いや、使わなければならない。

 そう二振りに脅迫されたように感じた。

 どうにも惹かれてしまっている。


「アダマンタイトに研ぎは基本的に必要ない。整備も軽くで良い。斬れないものもそうそうないだろう。恐らくラカンの剣も斬れるであろう」

「なに馬鹿なことぬかしてんだ。俺のにはレアメタルを混ぜてあるからな。刃こぼれしようと持ち主の魔力を吸って自動的に修繕されるようになってんだよ」


 二人が言い争う度に俺の中での二振りの価値が上がっていく。

 トーチは俺が心底喜んでいるのが分かるのか、しみじみと頷いていた。

 今の俺はこの二振りの試し斬りをすることで頭がいっぱいだ。


「おい、どっちが良いと思う?俺だよな」

「俺のに決まっている」

「まだ比べていないので分かりませんが、二振りとも名剣なのは疑いようもありません。それに今回はアダマンタイトを使用して頂いた為にお二人ともが平等とは言えないでしょう」


 二人とも完全に熱くなっている。これは使えるな。

 思わずにやけてしまいそうな口許を押さえて考える仕草を見せる。


「そこでなんですが、平等な条件でもう一勝負してみませんか?名工である二人に頼むには少ないのですが、ここになけなしの金である金貨十五枚があります。これでこの子に軽い金属弓を作って欲しいのです」


 詐術スキルが発動していることを願いながら話す。

 流石に全額出すわけもなく、まだ金貨数枚は残っている。

 これでもし乗ってくれるのならトーチにも強力な武器を持たせてあげられそうだ。


「私からの依頼で二人に決着を着けることが出来ないというのももどかしい。二人とも余った素材でも構いません。そしてその優れた方を金貨十五枚で買い取りましょう」

「おう、任せやがれ。剣ばっかり作ってるこいつとは違って、俺は他の武器にも相当の自信があらぁ」

「国王様にも喜ばれた俺の技術をラカンにも見せてやろう」


 優れた方を買い取ると伝えたからか、二人の熱は一層に上がったようだ。

 二人とも熱心にトーチの体の採寸を測る。

 そして更に競い合うように、二人はなんと三日で仕上げると言う。

 恐らく徹夜をするのであろう。

 火に油を注ぎまくった俺が言えることではないが、身体には気を付けて欲しい。


 

 トーチと二人、喜び合いながらヒュメルの工房を後にした。

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