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少し首を寝違えてしまったのか、右に首を傾けると僅かに痛む。
恐らく寝方が良くなかったのだろう。
まだうつらうつらとしているトーチを引っ張り食堂へと向かう。
まだまだ日も出ていないというのに、こちらの人達は平然と行動を始める。
食堂に来たのもかなり遅い方だったようで、前にいた人達が食べ終わったことによって俺達の席が出来た。
焼きたての白パンとサラダ、フルーツが出てくる。
焼きたてだなんて、料理人は何時から起きていたのだろうか。
食事を済ませると、昨晩ダンジョンに向けて準備しておいた装備を身に着けた。
追加の連泊料金を支払い、宿屋を後にする。
もう少しで日も出てくるのだろうか、僅かに空が白みかける。
東門には欠伸をしている門兵の他に幾人かの冒険者らしき人物の背中が見えた。
そもそも何時に待ち合わせるとかではない為、相手がいつ来るのかも分からない。
もしかしたら日が昇ってからなのかもしれない。
「お、五等級に六等級の冒険者証。それに男前のお兄さん。あんた達かい?」
中途半端に待ち合わせるのは失敗だったか。溜息を吐きながら後悔しようとすると声がかかる。
そちらに目をやると、百八十近い身長の俺よりも大柄な女性がこちらへと歩み寄っていた。
頭には二本の角らしきものがある。
他にもどういう仕組みになっているのか、口は閉じているのに下から生えているであろう牙が二本見える。
しゃくれているとかではないな。
まんま鬼の特徴だな。
「まぁその馬鹿でかい荷車を見れば分かるが、ポーター、だよな?」
「おう、あたいは鬼人族だからな。結構力はあるぜ。名前はセーヌってんだ。今日一日、よろしくな」
「おう、よろしくな。俺はヒデオ、前衛をしている。こっちはトーチ。弓を背負っている通り後衛だ」
「トーチ。よろしく」
おぉ、うちのトーチが自分から挨拶をした。
しかもちゃんと外套のフードまで取ってだ。
成長を感じて思わず涙腺が緩みそうになる。
「あん?嬢ちゃんはエルフの混ざりもんかい?しかも色も薄いねぇ」
この女、ぶん殴る。トーチを直接的に差別する奴は許さねぇ。
そう思ったのだが、俺の剣呑な雰囲気に気づいたのかすぐに慌てて頭を下げる。
「すまねぇ、言い方が良くなかったな。あたいも鬼人族なんて名乗ったが、人間との混ざりもんでね。色もそんなに濃くはないからさ、なんというか仲間意識?みたいなもんさね」
「ん、気にしていない。仲良くしてくれると嬉しい」
本人に悪気がなかったのは伝わったし、トーチ自身も気にしていないなら俺が文句を言う筋合いはない。
それにしてもトーチの口から他人に対して、仲良くして欲しいだなんて言葉が出るとは。
俺は少し寂しいよ。いや、良いことなんだけど。
ダンジョンに着くまでの一時間でお互い自己紹介を済ませる。
セーヌ。
彼女は鬼人族と人間族のハーフであり、淡いオレンジ色の髪と瞳をしている。
その事実はこの世界で彼女を生き辛くするには十分で、これまでかなり苦労してきたらしい。
それでも彼女を愛してくれた人がいたようで、色々と惚気話を聞かされた。
旦那さんは冒険者をしていたらしく、七等級として細々と依頼をこなしていたみたいだ。
だがダンジョンでの薬草採取依頼の際に、その階層に出ないとされていた適正以上のモンスターに襲われてしまう。
それ以来旦那さんは歩くことが出来なくなってしまい、セーヌが働きに出るようになったのだとか。
冒険者の身の上話ではよくあるような話さ、と彼女は笑った。
ポーターとして危険が多いダンジョンへ潜ることに旦那さんは猛烈に反対したらしい。
自分の事は放ってでも堅実に生きてくれと。
「惚れた弱みさね。あの人を見捨てて生きていくなんて考えられないねぇ」
その話を聞いてトーチと二人で神妙に頷くと、セーヌは豪快に笑い声をあげた。
何かそんなに可笑しいことでもあったか?むしろ悲しむところなのでは。
「いやね、あんた達は本当に仲が良いんだなぁってね。色はこんなに正反対なのに。朝からこんな辛気臭い話をしちまって悪かったね」
「あんたは言い方の問題で謝ってばっかりじゃねぇか。そういう性格は誤解されやすいぞ」
「ヒデオの実体験」
トーチがそう言うと三人で笑い合う。
彼女の笑顔も最近少し増えてきた気がする。
「聞いていた通り、本当にそんなに暗くないんだな」
「一層や二層の壁と天井には発光する苔が生えているからね。階層によってはお日様のようなものまで存在するよ。不思議な場所だろう?」
「おぉっ、これは回復薬に使える」
入口で待機している兵士に挨拶をして一層へと進むと、薄暗いと感じる程度で十分視野を確保することができた。
セーヌは案内人としての仕事もちゃんと果たしてくれており、些細な疑問にも答えてくれる。
トーチは周囲に魔物がいないことを確認すると、目を輝かせてちょこまかと薬草採取をしている。
こら、そこは危ないから登らないの。
「一層は滅多に魔物も湧かない。二層に行けばそこそこ増えるし行ってみるかい?」
「そうだな。五等級なら四層までは安全圏内だって受付でも言われたし、二層に行ってみるか」
「お~」
薬草をたくさん手に入れて浮かれているのか、トーチの返事がいつも以上に元気だ。
二層へと繋がる階段を降りる。
どこまでも深く落ちていくような感じ。
この世界に来た時のような感覚に似ていて、少し気分が悪い。
「あれが帰還するための魔法陣さ。そしてこれが晶石。その辺にいくらでも落ちているだろ?」
二層に辿り着くと、セーヌはすぐ横にある魔法陣を指し示した。
そして足元に落ちていた濁ったクリスタルのような石を俺に手渡す。
地面に視線を集中させると、確かに似たような石がたくさん落ちていることが分かる。
「これをどうやって使うと思う?」
「そらぁあれだ。えーっと、握りつぶすとかだろ」
「ぶっぶー全然違うんだなぁ」
「口に含む」
「せいか~い。嬢ちゃんはよく勉強しているなぁ」
うりうりとトーチの頭を撫でまわすセーヌ。
魔法陣の中で口に含むと一瞬で一層へと身体が運ばれて、口の中の晶石が消えるらしく、あとのお楽しみだと説明された。
ちなみに、魔法陣も晶石もダンジョンが生み出しているもので、ダンジョン外に持ち出して使用しても効果がないのだとか。
「ダンジョンはなんでそんなもん作ったんだろうな」
「それに関しては研究者が一応の結論を出していたよ。人類はダンジョンにとって最高の餌で、効率良く狩る為の手段なんだろうって」
効率ねぇ。
確かに危険な場所であれば挑むものは少なくなる。
でも緊急時の対処法さえあれば、旨みに釣られてくる馬鹿が増えるってか。
「そして俺もその馬鹿の一人、か」
「左から三匹。恐らくゴブリンの類」
ゴブリンねぇ、テンプレテンプレと内心でせせら笑う。
しかし、シルヴァで冒険者と話す際に、油断をするなと忠告されていたことを思い出した。
奴らは動物よりも賢いし、一応は学習もする。
特に集団行動には熟練の冒険者でさえも苦戦することがあるのだとか。
「さて、あたいはのんびりと一流冒険者の腕前を見させて貰おうかねぇ」
「おう荷車にでも寝っ転がってな。トーチは一匹だけ頼む」
「ん、気を付けて」
あちらさんもこちらには気づいていたようで、俺らが動くと同時にこちらへと駆け出す。
トーチの射線を消さないように気をつけながら接敵する。
腕と脚にだけ身体強化魔法をかけると、短剣を握ったゴブリンへと抜き放ちざまにショートソードを横薙ぎに斬りつける。
そしてその体の勢いのまま逆脚を使い、もう一匹いるゴブリンの首へと蹴りを放つ。
トーチの放った矢が残ったゴブリンの脳天に突き立つのを横目に、蹴り飛ばしたゴブリンのもとへと走る。
首の骨が折れていて最早虫の息だが、念のため止めを刺しておく。
「やっぱりあんた達やるねぇ。一瞬じゃないか。二人だけだから心配もあったけど無駄だったねぇ」
拍手の後にセーヌはそう声をかけると死んでいるゴブリンたちの回収を始めた。
身体の動きはそんなに悪くない。
寝違えた首を除けば、だが。
もう少し狩り続けるとするか。




