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「ほーん、この街の外壁はシルヴァよりは高くないな。その気になれば冒険者は超えて行けるんじゃないか?」

「ん、なんとかなりそう」


 遂にクラッドの街に到着した。

 クラッドを領地とするクロイス王国は列国犇めく大陸中央部より南に位置する。

 独裁政治である北のバルベルン帝国よりは自由主義も少なからず混ざっている王制国家である。


 クラッドの街は辺境だったシルヴァと比べるべくもなく栄えており、門の出入りにも列が出来ていた。

 おのぼりさんよろしくキョロキョロと周囲を見渡す。

 トーチも人の多さに驚いていたのだが、今は周囲から目立たぬように外套のフードを目深にかぶっている。


「五等級と六等級か。クラッドが初めてならギルドに着くまで時間がかかるかもしれんな」


 ダンジョンへの腕試しに多くの三等級から七等級までの冒険者がクラッドへと集まっているらしい。

 ダンジョンはクラッドから東に一時間程の場所に入口があり、国が管理しているとのこと。


 袋小路になっている街で迷子になる冒険者を今まで多く見たのか、門兵は曲がらなければならない道を三か所教えてくれた。


「やっぱり正義感強い奴とかが兵士になってるからか良い奴も結構多いな」

「ん、そこじゃない。次の道を左」

「トーチは道を覚えるのが本当に得意だな。おっ、美味そうな匂い。おっちゃん、そのタレのついてるやつ二本」


 何の肉かはよく分からないが、美味そうな匂いに釣られてトーチと一本ずつ食べながらギルドへと向かう。

 トーチも甘辛なタレが気にいったのか頬袋をパンパンにしている。

 



「冒険者組合クラッド支部へようこそ。当ギルドは初めてのご利用でしょうか?」

「あぁ、ドカタ王国から今日こっちに着いてな。五等級冒険者のヒデオと六等級冒険者のトーチだ」


 ギルド内部に入るとシルヴァの時のように室内中から視線が集まるのを感じた。

 流石に旅疲れもあるし、今日は絡まれたくないなと暇そうに頬杖をついているおっさんの受付へと足を運ぶ。

 が、いつものように辿り着く頃には若いお姉さんに代わっており、丁寧な対応を受ける。

 ギルド証を二人分手渡し、確認を受けるとダンジョンでの注意点を幾つか説明された。


 

 ダンジョン内部は階層毎に広さが異なり、深層まで潜るつもりなら遠征の準備が必要である。


 ダンジョン内でどこでも拾える晶石と呼ばれる石。

 その石を各階層の階段横に刻まれている魔法陣の上で使用すれば、一瞬で兵士の待機所がある一層の入り口付近へと飛ばされる。

 だから遠征の準備は行きの分だけで良い。


 国が管理している為、冒険者同士でもダンジョン内での私闘は禁止である。

 当初は盗賊紛いの行為をする者たちもいたが、その後に行為がバレて処刑される者がほとんどであった為に最近では滅多にいない。


 ダンジョン内の死体は一定の時間が経つとダンジョンに吸収されてしまう。

 パーティ人数が少ない所は運ぶ為の専門、ポーターを雇い、その荷車に乗せる必要がある。




 他にも何点か丁寧に教えて貰ったが、大まかに言えばこんな感じだ。

 帰りが楽なのは嬉しいが、ポーターか。


 ポーター達は迷宮案内組合なる独自の組織に所属している。

 クラッドの迷宮案内組合は冒険者組合と提携を結んでおり、仕事を斡旋している。

 その為、ポーターと臨時契約を結ぶにはギルドにお願いするか、ギルド内部や迷宮入口付近で待機しているポーターと独自に契約を結ぶ必要がある。





「ポーターも大事だが先に宿屋と鍛冶師だな」

「あと騎乗練習」


 動物が飼いたいのかトーチは騎乗を楽しみにしているらしく、騎乗出来る数種類の動物や魔物の名前を時折あげている。

 管理するにしても大変そうなんだが、俺の言い出したことだから仕方がない。



「にしても広くて分かりにくい街だな。一年近く店を出してる奴も未だに迷うことがあるって言ってたしな」

「北門からギルドまでの道は覚えた。次は宿屋」

「トーチがいないと俺はそのうち野垂れ死にそうだな」


 頼られているのが嬉しいのか、周辺を記憶する為に辺りを見回している。

 俺はというと、そんなトーチが人にぶつかることがないよう壁役に徹することにした。




「いらっしゃい。一泊二食付きで一人銀板一枚と銀貨二枚だよ」

「とりあえず一泊で。様子を見て連泊にするよ」


 銀板二枚と銀貨四枚を台帳の上に置く。

 二人で二万四千円。

 東門に近い宿屋は冒険者に人気であり、食事も美味しく、防音もしっかりしているとなるとこの値段になってしまうようだ。

 道中に購入した果実水を売っている店の青年の受け売りだが。


 重要じゃない荷物だけ置いて鍛冶師を探すとするか。

 この宿屋はしっかりしているらしく、盗難も滅多にない程に防犯がなされているようだ。


「この街一どころか国で一番の鍛冶師がいるよ。北東にいるラカンさ」

「南東にいるヒュメルは大陸随一だろうね」

「ラカンは他の鍛冶師じゃ扱えない代物も鍛えることが出来るんだ」

「国王にも献上する程にヒュメルの打つ武器は素晴らしい。一等級冒険者も愛用しているよ」


 街を行きかう人々や店の人達に片っ端から声をかけると、どうもラカンとヒュメルという二人の鍛冶師が超一流の腕をしているようだ。

 しかし、両者ともに珍しい素材でもない限り個人に武器を打つことは滅多になく、比較されることの多いお互いへの敵対心も強いという。


 それを聞いて俺の脳内に悪魔の囁きが聞こえた。




「これを使って金貨四十枚で片手剣を鍛えて欲しい。もう一本はヒュメル氏に依頼するつもりだ。使い心地を比べたい」

「オルトロスの犬歯か、おもしれぇ。ヒュメルの奴とは比べられねぇ一品を作ってやらぁ」


 まずはラカンの所へと赴いた。

 工房の奥から現れた筋骨隆々のドワーフは、立派な顎鬚とは対照的に頭の方は寂しいことになっていた。

 最初こそかなり不愛想であったが、素材を見せて話をしてみるとかなり乗り気で承諾してくれた。




「ラカン氏が言うにはヒュメル氏とは比べる必要もない一品を仕上げてくれると言うのだが、ヒュメル氏はいかがでしょうか?」

「あの禿はまだそんなことをのたまっているのか。いいだろう、オルトロスにも興味がある。受注しよう」


 ヒュメルの方は引き締まった身体つきをしているクールそうな人間の男で、なかなか渋い見た目をしている。

 クールな外見とは違い、内に秘めた真っ赤な闘志を燃やして今回の依頼を請け負ってくれた。



「本当に俺の剣に金貨八十枚も使っちまって良かったのか?」

「あれはヒデオの命のお金。私は今ので良い。次回に期待」


 まだ金貨もそこそこ残っているし困ることはないだろうが、八百万円もポンッと使って構わないものなのだろうか。

 命を託す武器である以上、前衛の俺の装備が大事なのも分かるが。


 それにしてもトーチの俺への優先度は高すぎる気がする。

 ダンジョンへの支度が済んだら構いたおすとするか。



 ダンジョンに必要な道具を買い揃えると、再びギルドへ。

 明日の朝一からダンジョンへと向かうことを告げて、ポーターの依頼をすることにした。

 初日だし武器もまだ出来ていないのだから安全に低階層を進むつもりだ。

 それでも変な奴に案内をされるのは嫌なので、値段が高くても信頼性のあるポーターをお願いした。


 日当である銀板一枚銀貨五枚を先払いしてギルドを後にする。

 明朝、日が出る前に東門に集合することになった。

 冒険者証は見やすい位置に着けるようにとだけ指示を受けた。




 宿屋に戻り、夕食をとる。

 カツのような肉が出て来た。久しぶりの揚げ物だ。

 肉汁は中に閉じ込められていて、噛めば口の中に溢れる。

 肉質も柔らかく、白パンによく合う。

 飯が美味いという噂に偽りはなく、何度か追加料金を払って胃に詰めれるだけ詰める。

 トーチも気に入ったのか、口の中をパンパンにしながら頬張っていた。



「桶一杯は銅貨五枚になります。風呂をご利用でしたら一時間で銀板一枚になります」


 旅路の汚れを落とそうと湯を頼むと風呂があるようで、そう提案される。

 一時間で一万円。

 どんなぼったくりだよとも思うが水を汲んでお湯を沸かす手間も考えれば仕方ないかとも思う。

 風呂に入れるという誘惑には勝てず、銀板一枚を手渡す。

 トーチも水浴びやお湯で拭いたことしかないらしく、初めての風呂に喜んでいるようで口角が僅かに上がっていた。



 銀板一枚は出し過ぎかとも思ったが、希少な石鹸を一欠け渡されて納得した。

 風呂は二人が足を伸ばして入れる程に広く、旅の疲れを一気に落としてくれた。

 良い香りのする石鹸で髪や体を洗ってやると、女の子であるトーチはそれはもうご機嫌であった。



 指定されていた時間までしっかりと浸かり続けた俺達は部屋に戻ると、西風亭よりもしっかりとしたベッドに横たわる。


「「しよっか」」


 どちらとも言えぬタイミングで声を掛け合う。

 どうやら朝までぐっすり眠れそうだ。

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