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本日三話目となります。

 旅路の野営は思いの外楽しかった。

 そう思えるのも魔の森での野宿があったからだろう。

 トーチと交代の見張りをし、熟睡できる時間が長かったのもある。


 シルヴァの雑貨屋で色々と押し付けられて購入した品物の多くがかなり役立っていた。

 店主よ、買わせたいだけだろと疑ってすまなかった。


 途中の村では畑を耕していた村民と交渉をして野菜を譲ってもらった。

 他にも簡易の釣竿を作って魚釣りをしたりと、食べ物に関してそこまで苦労することはなかった。


 こちらに来た当初は悩まされていた排泄行為も気の良い冒険者から聞いた方法でするようになってからは改善されたように思える。




 そしてシルヴァの町を出て九日目の午前。

 俺達はクラッドへと続く最後の山道を迎えていた。

 順調だった割には随分と長い道のりだったな。


「昨日世話になった村の人が言うにはもう少しでクラッドが見えてくるはずだが」

「ん、あの大岩の後ろ。恐らく盗賊が六人。後ろからも二人来てる」


 風で声を拾ったのかトーチが警戒を促す。

 トーチの風魔法はとても便利で今まで幾つかの盗賊達を見つけてきた。

 盗賊の多さは土地によってまちまちで、少ない所は領主がしっかりとしているのかまったく見当たらなかった。


 前回まではトーチを危険な目に合わせないように気づいてから事前に回避していたのだが、この山道はこの登りやすいルートの一本道。

 恐らく背後の二人にも補足されているだろう。


「前の六人は俺が引きつける。トーチは背後の二人を矢と魔法の遠距離で仕留めてくれ」

「ん、すぐ終わらせて援護する」


 小さな声で打ち合わせを終えると邪魔な荷物を横に投げ置き、大岩に向かって声をあげる。


「おい、そこに隠れてる六人。バレてっからさっさと出てこい」

「チッ、楽に稼げると思ったのによぉ」

「親分、あいつら所詮二人っすよ。おいら達の敵じゃないっす」


 ぞろぞろと岩陰から姿をあらわす。

 一人一人に強そうな気配は感じない。

 武器も防具もボロボロで、あるだけマシといった感じだ。

 にしても。


「てめぇ、なに笑ってやがる」

「いやっ、だってっ、ふふっ。そんな汚らしい無精ひげ生やして凶悪そうな顔立ちしてる集団とかっ。百点満点の盗賊過ぎて笑いがっ」


 こんなに基本に忠実な盗賊がいると思うと変なツボに入ってしまった。

 盗賊はもともと学もなく、冒険者としても食っていけない食い詰め共の集まりだ。

 そんな奴らが八人とはいえ、五等級と六等級の冒険者相手に喧嘩を売るとは思えない。


 そう考えてようやく気付いた。

 俺もトーチも外套を纏っていて冒険者証が隠れたままになっている。


「舐めやがって。身ぐるみ剥がしてこの剣の錆にしてやるぜ」

「身ぐるみよりも俺を売った方が金になるぞ脳なし。それにお前の剣、もう錆びてんじゃん」


 再度腹を抱えて笑う。

 親分と呼ばれた男が肩にのせているボロボロの剣は、この距離からでも錆を目視することができる。


 全員が苛立つような態度を見せるが、もう戦いは終わっている。

 俺の背中に隠れるようにしていたトーチは後方の二人を仕留めたらしく、俺の横へと並び立った。

 この距離で残り六人ならもう俺の出番はなさそうだ。



「一応二人とも生きてる」

「そっか、じゃあ前の奴らも足狙って貰っていいか?」

「あの女、弓使いか。距離を詰め、あ゛あ゛ぁ」

「俺の足がぁ、足がぁっ」


 トーチの速射にお前らの足が勝てるわけないだろ。

 なんとか近寄ろうとしていた最後の一人も風の刃を叩きつけて伏せさせる。


「やっぱ聞いてた通り盗賊ってあんま大したことねぇな」

「ん、でもお尋ね者の中には高い等級だった冒険者もいる。油断は禁物」

「へいへい、それにしてもトーチは凄いな。良い子良い子」


 頭を撫でると俺の肩にもたれかかって、頭を擦り付け甘えてくる。


 盗賊は基本的にはその場で殺して構わない。

 無傷で捕縛できるような奴からしたら盗賊の奴隷としての値段なんて二束三文なのだ。


 まぁ逆に考えると生活圏外に出る者は、力がないと盗賊行為という冤罪で処分される恐れもあるということでもある。

 相手が貴族とかだと話は変わって、殺した奴が手配されるのだろうが。


「おい、俺は五等級でこの子は六等級の冒険者だ。生きたかったら無駄なことは考えるなよ」

「ちくしょう、ついてねぇ。てめぇらも冒険者だったら見える所に証をつけてやがれ」

「うっかりうっかり。次からは気をつけようかな」


 足に生えている矢をグリグリと動かす。

 それを何度か繰り返すと全員が大人しくなり、こちらを怯えたような表情で見るようになった。

 昔は血を見ると怖気づいてしまう性格だったのだが、最近はなんとも思わないようになってしまった。むしろ少しゾクゾクする。


「ここからクラッドの街までどれくらいかかる?」

「ひっ、大体二時間くらいです」


 こういう時、俺に分かりやすいように翻訳される共通言語能力は便利だ。

 あと二時間か。

 なら山を登りきれば街が見えてくるな。


「でもお前らも連れて行くと時間がかかりそうだな。やっぱりここで殺しておくか?」

「ま、まってくれ。絶対に置いてかれないように着いて行くから」

「そんじゃあ遅れた奴から斬り捨てていくから、気合入れて歩けよー」


 一人が返事をすると続けて全員が返事をし、足の痛みに耐えるように立ち上がる。

 被害の少ない者が被害の多い者に肩を貸したりと意外と仲間想いな奴らだ。



「意外と遠かったし今度遠出する時は騎乗の練習してから馬か何かを買おうか」

「ん、そうする。可愛いのが良い」


 まだ人を直接殺めたことがないから、今後の為に少し経験しておきたかったのだが仕方ない。

 再び登山を始める。

 現代のような登りやすく道として踏み固められている山とは違い、数日前の雨もたたったのか、ぬかるんでいる足場も多く点在している。

 草木も新しく生えたのか、外套を着ていなければ多くの傷を肌に刻むこととなっただろう。



 頂上に辿り着くころには盗賊たちも息を切らしており、助け合いの精神に思うところもあったため、水を分け与えてやることにした。


「慈悲に感謝するがいい」

「どんな性格だよ、まったく」

「文句があるなら飲まなくてもいいぞ」


 水を取り上げようとすると離すまいと必死に啜り飲む。

 頂上から見えるクラッドの街並は猥雑そうで、ふと京都の袋小路を思い出した。

 迷子になりやすそうだと思い、トーチに先に注意を促しておく。



 下りは楽そうだと思っていたが、滑りやすく、下りやすそうな道も少なかった為に徒労することとなった。

 特に足を負傷している盗賊達は踏ん張りが効かずに、何度か斜面を転がり落ちていた。


「親分、あっしはもう駄目です。皆の命が懸かっているんだ。置いていってくだせぇ」

「何を馬鹿な事を言っているんだ。もうひと踏ん張りだ。頑張れ」


 最初の方は美しくも思えた友情劇だったが、こうも続けてだと面倒な気持ちの方が勝ってしまう。

 加えて、前回奴隷に落とした後味の悪い冒険者達のことも思い出す。


「お前らもういいや。連れてくの面倒だし。殺すのも気分じゃなくなったから好きに消えてくれ」

「えっ、いいんですかい?」

「これ以上言わせんな。本当に斬るぞ」


 そう告げると、さっきまでの足の痛みは演技だったのかと思えるほどに颯爽と視界から消え去った。


「良かったの?」

「冒険者の時も色々と事後処理があったし、もういいや。勝手に決めてごめんな」

「ん、平気」

「次に俺達に関わってくるようだったら俺が必ず斬るよ」


 そう言うと、トーチも気にしないことにしたようで、軽快に山を下りはじめる。

 俺も荷物を草木に引っかけないよう、意識しながら下山することにした。

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