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「うーん、思っていたよりも良いのがなかったな。そもそも鍛冶師がいないってのが予想外だったなぁ」
「手に馴染むからこれで良い」
昨日訓練場から背負われて帰る際に、ウェイドから装備屋を数軒紹介してもらっていたのだが、どこも出来合い物の輸入に頼っていて、格安である量産品がほとんどであった。
ファンタジー特有の頑固親父な鍛冶師が経営しているなんてこともなく、残念な結果に終わる。
オルトロスの犬歯についても、買取したいという店はあっても鍛造を行ってくれるという店は一軒も存在しなかった。
そんな中トーチは、既製品の弓を何本も手に取って確認作業を行い、手に馴染んだという一品を携えて戻ってきた。
それならばと扱われている中で一番高い矢を矢筒込みで注文し、弓と合わせて購入することにした。
防具に関しても、二人とも現状一番高価であろうものを頼み、用立てた。
トーチはそこそこ気に入っているようで、ギルドへと向かう道中も弦を弾いたりしてご機嫌だ。
肝心の俺はと言うと、犬歯を鍛えてくれる鍛冶師が一人もいないと言うことに気落ちしてしまっている。
仕方なく便利そうな投げナイフを数本見繕った他に、当面の相棒としてショートソードを購入した。
バロンオーガの剣やレンタル剣に比べても数段上であろう一品なのだがどうもしっくりと来ない。
「今回担当させていただきます、ケイファと申します。本日はどういったご用件でしょうか?」
「この子の等級審査の予約と俺の冒険者証の発行をお願いしに来ました」
少し芋っぽい顔をしたおさげ髪の受付嬢に要件を告げると、彼女は確認作業をしに受付奥へと向かった。だが時をおかずに戻ってくる。
「ヒデオ様、ギルド長室にギルド長がお待ちです」
そう声をかけられる。
ケイファの慌ただしい様子に何か問題があったのかと考え込む。だが問題しか起こしていないことに気づいてすぐに思考を放棄した。
どうも呼ばれているのは俺だけらしく、トーチには待たせる時間を利用して訓練場で弓の練習をさせることにした。
「馬鹿に絡まれたらすぐ逃げて俺に言うんだぞ。練習も指を痛めない程度に頑張るんだ」
「過保護。でも嬉しい、ありがとう」
トーチに見送られ、もう三度目になる受付内部へと向かう。
階段を上り、補佐の執務室を通り過ぎると一番奥の部屋へと案内される。
「ルドル様、お連れ致しました」
「うむ、入室せよ」
ケイファがノックをして声をかけると、中から厳格そうな声が返ってくる。苦手な堅苦しいタイプじゃないと嬉しいのだが。
開かれた扉を抜ける。ケイファ本人はそこで役目を終えたようで、退室して扉を閉めた。
右目に黒い眼帯をした厳めしい顔の男性が執務机へと向かうように腰掛けている。年は壮年から中年程にも見えるが実年齢はそれなりにいってそうに思える。
男性の他にも休憩用か来客用であろうソファーに鎮座するサルスタンさんとイェンの姿も見えた。
「よく来たな。まずは名を聞かせて貰おう」
「ヒデオと申します。本日はどういったご用件でしょうか?」
「まぁそう焦るな。御主もそこに腰掛けよ。」
「失礼します」
許可を得てサルスタンさんの横に座ると、斜向かいにいるイェンの横へとギルド長は腰を下ろす。
イェンもサルスタンさんもギルド長の前では無駄話をする気はないらしく、室内は妙な緊張感で満ちていた。
「知っているだろうが、私はシルヴァ支部にてギルドマスターをしているルドル・エンヴァスだ」
家名持ちか。
家名を持つものは稀で、悪目立ちするという指摘をトーチにされて以来、佐山という苗字は使わないようにしていた。
ギルド長が家名を持っているということは何処か良い所の出自か、功績によって国から授与されたかのどちらかだろう。
「登録前からオルトロスを持ち込むことに始まり、我がギルド員とのトラブル。そして等級審査官とのルール無用の決闘に異例の五等級合格」
「はい」
淡々と告げられる事実に、流石に短期間にやり過ぎたと思い返す。
でも正直、後悔はしていないからどうしたものかと戸惑いながらも相槌をうつと、僅かな沈黙の後に大きな笑い声が室内を包んだ。
「面白いではないか。冒険者組合は強き者をいつでも募集している。歓迎しよう」
怖い顔をしていたので悪いことばかり考えてしまったが、どうやら招かれざる客ということではないらしく、ギルド長の表情は歯を見せての笑顔へと変化する。
手も差し出されたので、こちらも差し出してがっちりと握手を交わす。
「良かったぁ。取り消されるのかと思いましたよ」
「なぜだ?先ほども言ったが強き者は大歓迎だ」
「加入したてのペーペーにギルド長が会うなんて普通はないと思うじゃないですか」
「まぁそうだな。だが二人から話を聞いて御主に会ってみたくなってな。本当に私も見たことがないほどに濃く美しい色をしているのだな」
数分前までの緊迫感は既に一切なく、イェンとサルスタンさんも笑みを浮かべて謝罪をしてくる。遊ばれていたのか。
その後、ケイファが人数分の紅茶を用意すると、主に俺の経歴について話をすることになった。まぁ当然色々と嘘で塗りたくったが。
「うむ、有意義な休憩であった。今後の活躍に期待する」
冒険者証を渡されて退出を促される。
ギルド長に頭を下げて退出すると、外に控えていたケイファ先導のもと受付へと戻った。
渡された冒険者証にはトーチに教わった、こちらの世界での五という文字を土台に個人番号であろうナンバリングのようなものが施されていた。
見えやすい所につけろと指示されていた為、胸へと装着。
トーチを迎えに訓練場の方へと足を向ける。
素人の俺が剣術スキルでそれなりに戦えるのだから、トーチの弓も相当なものかもしれない。
こっそり覗いてみるのも良いかもしれないと考えながら訓練場の扉を開く。
訓練場は都会の小学校の運動場程度の広さしかなく、町の外で鍛錬した方が良さそうにも思えた。
今はちょうど弓の訓練時間のようで、俺とイェンが戦っていた場所は封鎖され、訓練場の端には的が十個立てられている。
練習熱心な弓使いは少ないらしく的の使用人数はトーチをいれて僅か三人しかいなかった。
各々が距離をとって利用しており、練習しやすそうだ。
声をかけることなくトーチにバレない位置で見学をする。
矢を打起こす姿勢は綺麗で思わず目を引かれた。
放たれた矢も的の中心寄りに中っている。
残心も美しく、何射眺めても飽きる気がしない。
矢を打ちきった事に気が付いたトーチは回収しにトテトテと走り出す。
他の訓練者とも距離があるので安全に集めることが出来たようだ。
所定の位置に戻る際に俺を確認したらしく、道具を纏めると駆け寄ってきた。
「まだ射ってもいいんだよ?」
「ん、平気。審査してもらった。七等級からだった、残念」
弓には弓の等級審査官がいるのだろうか?
八から十等級スタートが基本と聞いていた限り、トーチもかなり優秀な結果を残せたのだろうが当の本人は不満げな表情を見せている。
トーチの話によると、元五等級の女性に審査されたらしく、風魔法と弓矢の習熟度をチェックをようだ。
不満そうにしているのは自身の技量に対してであり、別にその女性に不備はなく、正当に審査されたらしい。
そして冒険者証を貰っても俺が戻らなかったので、早く俺に並びたいトーチは練習を続けていたという顛末であった。
「いきなり七等級ってのも凄いことらしいぞ。これから一緒に頑張っていこうな」
「ん、すぐに追いつく」
全く見受けられない力瘤アピールに癒されると二人でその場を後にした。
ギルド長室での会話の際にサルスタンさんから、等級審査後はパーティ申請をして、簡単な依頼からこなすよう指示されていたことを思い出して再び受付へと顔を出す。
男性受付が空いていたので足早に向かうと、何故か男性職員はいなくなり、代わりに化粧の濃い女性職員が受付に現れた。
当惑するほどに熱い視線を向けられている。
「ん、書けた」
「おう、ありがとうな」
書類を書いていたトーチに袖を引かれて我に返ると、予定通りパーティ申請を行った。
去り際に食事の誘いを受けたが丁重にお断りして依頼掲示板へと向かう。
「今日はもう遅いし明日からだな。簡単な依頼から始めるように言われたんだが気になる依頼はあるか?」
文字が読めない者も多いため、代読の仕事をしている人物もいるようだが、俺にはトーチがいる。
八等級向けの依頼から彼女が気になる仕事を請けることにした。
依頼毎に等級指定がされていて、パーティ内にその等級を満たしている人物がいないと受諾できないシステムらしい。
このシステムは高ランクほど恩恵を受けるらしく、一等級になるとドラゴンの討伐から近所の店番まで選び放題らしい。独占禁止や回数等の制限はあるようだが。
「ん、これがいい」
「おう、これなんて書いてんの?」
トーチが選んだのはレジェバードという魔物の卵を集めることが内容の食事処からの依頼のようだ。
町の南東にある森に巣がいくつもあるらしく、危険な魔物も少ない区域なのだとか。
「報酬もそんなに良さそうじゃないけどいいのか?」
「ん、明日はヒデオと森にお出かけ」
デート気分なのだろう。少し声が浮いて聞こえる。
別にしたい依頼もないし、トーチも楽しみにしているようだしこれでいいか。
受付に翌日の依頼を受理してもらい、外へ出る。
黄昏時なので宿屋へと戻ることにした。
お腹が空いたな。そういえば西風亭の料理をまだ一度も食べていない。
ウェイドが普通と言っていたし不味くはないのだろう。
トーチの手を握りそんなことを考えながら町を歩いていく。




