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「逃げ出さなかったことだけは褒めてやろう。先ほど見学者の一部が噂しておったのを耳にした。其方がオルトロスを仕留めたなどと嘯いているとな。困ったものだ」

「審査なのに逃げる意味あるの?あんた胡散臭いけどちゃんと正当に評価してくれよな。それとあんた、嘯くって言葉の意味を調べた方がいいぜ」


 訓練場に入ると、突発的な事だった割に多くの見学者が訓練場の脇を囲んでいた。そのほとんどが六等級以下の者のようだが、四等級五等級の者たちも散見する。

 

 中央に立つイェンは既に準備万端といった感じに待ち構えていた。抜かれている、片手持ちも両手持ちも可能そうな曲剣は素人目に見てもかなりの業物であろうことが窺える。


「ふんっ、等級審査官は常に公明正大だ。どうせ魔の森で死骸を拾って来ただけなのだろう?」

「堅苦しい口調の割にあんたお喋りが好きだな。三等級で頭打ちになってその剣も錆びているんじゃないか?あっ、だからもう剣で語ることも出来ないのか」


「おいおい、あの新人殺されるんじゃねぇか?」

「イェンさんが一番気にしていることを」

「あの子が殺されそうになったら私が助けてあげちゃおっと」



 最後の四等級のお姉さんにだけ手を挙げてウィンクでアピールすると、イェンは我慢の限界なのだろう。一歩ずつこちらへと詰め寄ってくる。


「余裕そうであるな。其方は腕に自信がありそうだからな、命を奪わねば他はルール無用でよろしいな。サルスタリーヌ、合図を」

「もう公明正大って言葉忘れてるとか本当笑えるわ。サルスタンさんこっちも良いですよ」

「命は取らないこと、私の終了の合図には従うこと。絶対ですからね?それでは」


 始めっという合図の瞬間に身体強化魔法を全身にかける。短期決戦で終わらせる。始まるまでの度重なる煽りという布石により、イェンは馬鹿正直にこちらを斬り伏せにかかる。

 恐らくそこらのチンピラ程度の腕前だと思っているのだろう。

 折角こちらの思惑に乗ってくれているのだからその間に決めるしかない。


「死んで詫びよ」


 明らかに殺意のこもった首への一閃を見切りにより、ギリギリの所で躱す。身体強化と見切りによる効果を発揮してもその斬撃は鋭く、確認は出来ないが首の薄皮が裂かれたように思う。


「おい、首だと死んじまうだろうがっ」


 イェンの振りぬいた瞬間を狙い、心臓目がけ突きを放つも服を掠めただけで避けられる。やはり剣術レベル二では心もとないか。


「両名、命を奪わないというルールですよ!」

「「うるさいっ!」」


 お互いの声と打ちつけあった剣が共鳴する。

 剣術では数段劣っているが、身体能力では僅かに勝っているようで、暫し競り合うもそのまま弾き飛ばして距離をとる。

 弾かれたイェンも何事もなかったかのように着地し、こちらに目を向ける。


「存外やりおるわ。身体強化魔法など賢しい真似を」

「あんたも伊達に三等級じゃなかったんだな。最初のは流石に焦った」


 互いに微かに笑い合う。だが思った以上に手強く、決めるべき時に決めることができなかった。既にイェンの目には驕りはなく、落ち着きの色が見える。



 まさしく刹那。瞬きをして開けた瞬間にはイェンが距離を詰めて剣を振りかぶっていた。致命傷を受けない為に不格好に身体を逸らすも曲剣の刃に左肩を抉られる。


「ちっくしょう痛ぇ。なんだよその滅茶苦茶な技術は」

「なに、三十年間剣と向き合う日々を送れば目覚める極地よ」


 こちとら剣を握ってまだ一週間そこらなんだよ。大健闘だろうが。

 更に数合打ちあうが少しずつイェンの攻撃が俺の体を掠めはじめた。

 

「ふむ、お主は剣を握ってまだ然程経っておらぬな。型が実に単調だ。存外楽しめたがこれまでよ」

  

 また来た、さっきの奴だ。今度のは躱せそうにない。このままでは負ける。そう思った瞬間に身体が更に軽くなる。

 今は確かに逆境だ。不屈のスキルが発動したのだろう。身体能力任せに体を捻って回避する。


「ほう、まだ早くなるか、面白い」


 イェンの攻めが更に苛烈になっていく。腕や身体や脚だけでなく、足の甲まで的確に狙ってくる。

 身体能力強化魔法と不屈の重ねがけで明らかに素体は上回っているはずなのだが、攻め手に回ることが出来ずに見切りのスキルで回避を続ける。


「謝辞しよう。其方は某が審査するに相応しく、久しく全力を出せる相手でもあった。だがもう限界であろう」


 思わず舌打ちがこぼれる。トーチがいるこの場で見境がなくなる狂化を使うわけにはいかない。負けたくはないが、確かにイェンの言う通り、身体の限界は近い。

 決めにかかったイェンは三度目になる加速を始める。今度の狙いは右脇への突きか。

 負けたくない負けたくない負けたくない。

 咄嗟に右手に持つ剣を離し、限界まで魔力を使いギリギリの所まで剣筋から身体を逸らす。剣を捨てたことに僅かな動揺も見せないイェンの曲剣を右脇で挟み込み、距離を詰める。


 柔道技である払腰をしかけると、突きにより重心が前に寄っていたイェンの体は簡単に浮き上がる。倒れ込むと同時にイェンが腰にぶら下げていた短剣を抜き、喉元へと突きつけた。




「チッ、引き分けかよ」 

「よもや分けるとはな」


 自分の首筋にも短剣が添えられていることを確認して舌打ちをする。

 男と組み合う趣味はないので上から退き、身体強化魔法を解く。生命力と魔力の欄だけを僅かに確認すると、どちらも一割近くにまで減っていて、赤色で表示されていた。


「この勝負、引き分けとさせていただきます」


「おい、本当かよ」

「自分の目なのに信じられねぇぜ」

「あの子は私のパーティに貰うわ」

「あんたなんかが相手にされるわけないでしょ、この尻軽女が」


 サルスタンさんの合図とともに静まり返っていた場内がざわめく。

 見ててくれたかなっとトーチを目で探すと背中に小さな衝撃がはしる。なんなのかは察しがつくため痛がることなく受け止めた。


「ヒデオは負けてない」

「おう、そうだな。負けてないぞ。だからそんなに泣くな」


 振り向いて顔を見ればポロポロと涙を零していた。反射的に指で掬うものの逆にトーチの頬を血で汚してしまった。だがそれを気にすることなく彼女は袋から薬のようなものを取り出して傷口に塗り込む。


「なにこれ、超痛い。ちょっと待って、なんかヒリヒリすんだけど」

「我慢」

「フッフッフ、なんぞ二人とも愉快であるな。いや失礼。確と詫びねばな。全て某の勘違いであった、すまぬ」


 トーチからの追加攻撃に耐えていると起き上がったイェンが頭を下げる。

 俺もイェンも打ち合う内にどことなく相手の人柄を掴んでいるように感じた。


「いや、俺も煽るようなことをして貴方の誇りを傷つけた。申し訳ない」

「話に聞いていたものとは違い立派な若者ではないか」


 素直に頭を下げると肩を軽く叩かれる。

 話に聞いていたってことはやっぱりサルスタンさんの言っていた通り、元凶は恐らくウェイドなのだろう。



「面談せずとも分かる。其方はこれより五等級冒険者として活動せよ」

「同情ならいらないよ。正面から打ち勝つのが五等級の基準だったはずだろ?」

「フッ、正面から某を投げ倒したではないか。本来はそこで決着だった。予備である短剣は審査中の某には使用が禁じられていた故な。十分其方は基準を満たしておる」



 いまいち納得がいかない気もするが、貰える物ならば貰っておこう。

 当初の予定以上に双方が消耗している為、冒険者証の受け渡しは後日ということで解散となった。

 隅の方で楽しそうに酒盛りをしているウェイドを見つけた俺は、重い身体を宿屋へと運ばせる為に奴の背中へと飛び乗る。


 周囲の冒険者から囲まれそうになったが元凶としての自覚があるのか、追い払ってくれた。



「お疲れさま。本当に凄かった」


 部屋へと戻るとトーチから労いの言葉をいただいた。二人でダブルベッドに腰掛ける。ご機嫌なのか足をパタパタさせながら髪の毛を指でクルクルと巻いている。


「次はトーチの番だな。金はいっぱいあるわけだし、業物の弓でも買おうな。魔法系の道具とかもあれば欲しいよなぁ。特に護身系のとか」

「ヒデオのも買う。良い剣使えば絶対勝ってた」


 今日の事が本人の俺以上に悔しいのだろう。自分以上に自分の事を考えてくれる。そんな彼女にだからこそ俺は甘やかすという行為しか基本的にはしない。


「俺、もっと強くなるな」

「ん、私も強くなる。そして痴女を吹き飛ばす」


 ふんすっと鼻息を荒くするトーチ。痴女だなんてはしたない言葉どこで覚えてきちゃったの。でもそれが純粋な俺への愛情だと理解できるため、とても嬉しい。


「じゃあ俺はここにいる淑女を引き寄せようかな」

「怪我人は激しい運動しちゃ駄目」

「大丈夫、俺は動かないから」


 トーチを引き寄せてベッドへと寝転がる。


 その後、トーチからの献身的な介抱を受けた俺は、朝から晩までの様々な疲れから眠気が訪れ、彼女を胸に抱きしめると眠りについた。

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