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 地平線を歩き続けてもう十時間ぐらいだろうか。お天道様もそろそろ傾き始めている。そろそろ町が見えてきてもいい頃じゃないか?


「重くない?」

「おう、余裕よ余裕。トーチは方角だけ気にしてくれればいいから」

 

 実際はそれほど余裕はない。かなりの大きさの荷車にオルトロスやトーチとトーチの荷物、更には収穫された野菜まで乗せて引いているのだからそれも当然だ。

 ここまで身体強化魔法を誤魔化し誤魔化し使用し、普通に歩く速度で移動し続けてきた。だがそれもそろそろ限界のようでステータスを見ると魔力の回復量と使用頻度が比例せず、魔力が底を尽き始めている。

 あーあ、不屈と魔力操作のスキルレベルも上がってらぁ。


「あっ、見えた」


 トーチの言葉に俯き一心不乱に引き続けていた身体を起こすと町を覆う壁であろうものが見えた。俺が思っていた木の障壁のようなちゃちなものではなく、強固そうな石壁に見張り台のようなものまで設置されている金城鉄壁にも思える立派な造りだ。


 なんとか夕日が沈み終えるまでにたどり着けた。喜びもひとしおだが、あれだけ立派な壁を見るに、簡単には町内に入れないのではと思った。


「もうじき日も暮れるし、俺身分証もないし町に入れないんじゃないか?」

「ん、入町税を納めれば平気」


 懸念しなくてもいいようだ。絞りかすの最後の力を発揮して視界に捉えた門を目指す。

 補足された説明によると魔物対策で外壁はしっかりとした造りであるらしい。冒険者でさえ近づかない、まさしく魔境である魔の森とその緩衝材である何もないシルヴァ大草原を除けば大陸最西端であるこの町は、手配書に載っている罪人以外は入町税を納めれば町に入れるようになっているのだとか。

 まぁ内部で犯罪を起こせばすぐさま兵士が飛んでくるシステムにはなっているんだそうな。



「おーい、そこの荷車。早く来ねぇと日没だし閉門すんぞぉ 」

「だぁあああ、待ってくれぇ」


 案外ギリギリだったようで門の前に立つ門兵に声をかけられる。

 待ってくれたので肩で息をしながら辿り着くと、荷車の大きさに驚いたのか驚嘆の眼差しを受ける。


「随分と大きな荷物だな、普通は馬に引かせるものだろう。それに西門から入町は滅多にないのだが何かあったのか?」


 詰問というよりは心配してくれているというのが表情から窺える。


「いやー腕試しに魔の森に行ってみたんだが大物と死闘になってね。それを売りに来たんだよ」

「それは命知らずなことを。それにしても男前だなお前さん。入町税と手配書は色の薄い嬢ちゃん含めて問題ないが、一応荷を検めてもいいか?」


 先ほどから置物のようになっているトーチへ向ける兵士の目には特に険はなさそうだ。中々良い奴そうだと思い、協力しようと包みを剥がす。


「オ、オルトロス!?いくらなんでも大物過ぎないかね」

「ははっ、本当に死ぬかと思ったよ。武器も防具も壊されてね、下に着てた服もこんなにボロボロ」


 まぁ防具なんてなかったんですけどね。これぐらいの嘘は大目にみてくれないと信憑性がね。


「可哀想にな、なんて言わねぇぞ。そんなに男前で腕っぷしも強いだなんて男の敵じゃねぇか。荷も見たしさっさと行きやがれこの野郎。ようこそ西端の町シルヴァへ」


 くぅーっと悔しげにしていたものの積んでいる荷は丁寧に扱ってくれた。


「待ってくれ、今の時間からこの荷を預けて泊まれる宿があれば教えて貰いたい」

「あん?オルトロスは売るんだろ。冒険者登録もしないで魔の森に行ってたのか?」

「軽く腕試ししてみて登録しようと思ったんだが、こいつと鉢合わせてね」


 この兵士の性格が良いのか、詐術のスキルの効果か、それとも両方か。こんな奴ばかりの町だといいんだがな。


「その様子じゃこの町も初めてか。よし、閉門したら職務終了だから俺が案内してやるよ」

「こちらとしては有難いが、それは悪いだろ」

「なに、どうせ帰り道だ。酒の一杯や五杯や十杯奢ってもらえれば十分だ」


 おぉ、こいつとはなかなか気が合いそうだ。トーチの顔色も窺ってみたが問題なさそうだな。


「不良門兵さんにたかられながら進むとしますか」

「バーカ、職務が終わればただの飲兵衛だからいいんだよ。ちょっと待ってろ、引き継いでくる」


 飲兵衛は閉門して側にある簡素な建物へと走りだした

 

「良い奴そうで良かったな。トーチのことも全然気にはしてなかったぞ」

「ん、風魔法を覚えて大人にもなった。魔力が少し濃くなった影響かも」


 そういえばトーチも町に来るのは子供以来だもんな。変化ぐらいするよな。一応様々な悪いケースの対応を考えていたが、今のところどれも良い方へと向かっている。

 一見無表情だが、下唇が若干動いている。トーチ観察のプロの俺が推察するに、これは喜んでいる。


「おう、待たせたな」

「よし、丁寧に案内したまえ飲兵衛くん」

「俺にはちゃんとウェイドって名前があんだよ。そういやお前さんらの名前聞いてなかったな」


 動きやすそうな綿の服に着替え、帯剣したまま駆け寄る飲兵衛ことウェイド。兜や鎧を外した彼は柔和な顔つきをした金髪のガチガチのおっさんだった。


「俺はヒデオ、二十五歳だ。そんでこっちは「トーチ」おっ、自己紹介出来て偉いな。この通り話すのが苦手な子なんだ。歳は十六」


 勇気を出したのが固くなっている表情からも分かったので、頭を撫でて落ち着かせる。


「おう、二人ともよろしくな。ちなみに二十七歳だから年上の俺を敬えよ。部屋は当てがあるからとりあえず冒険者組合、ギルドに行くぞ」

「その顔で二十七か、苦労したんだな。それと年上なら敬えば奢らなくていいよな」

「憐れみの表情向けるんじゃねぇ!昔から老け顔なんだよ、ほっとけ。あと今日の俺は十五杯はいけそうだから遠慮なく献上しろ」


 陽気なやり取りをしながら町を進んでいく。

 日はもう沈んだというのに露天や家々の明かりで町内はそれなりに明るく、夕食時の為か良い匂いがいたる所に振りまかれていた。大きな荷車に道行く人々が少し邪魔そうに通り過ぎていく。申し訳ない。


「知り合いの職員呼んできてやるから少し待ってな」


 ギルドであろう建物の前で待たされる。こんな大荷物で入口の前にいたら絡まれるんじゃないだろうかと思ったが、ウェイドはすぐに戻ってきた。


「おいヒデオ、包み取ってこいつに見せてやれ」


 戻ったウェイドに引きずられるように痩身の男が現れた。訝しげな表情をしているが結構整った顔立ちをしているのが分かる。


「まずは紹介からでしょうに。私はサルスタリーヌ。冒険者組合シルヴァ支部でギルド長補佐をしています。ウェイドの紹介なら気軽にサルスタンと呼んでください」

「いいからサル、見てみろって!すげぇぞ」

「まだ彼らの紹介がまだでしょう。それにサルと呼ばないでくださいと何度言えば分かるのですか」



 会話と距離感からして友人かなにかなのだろうと把握し、ウェイドにした時のような紹介をする。ウェイドの時よりは丁寧にした為か心象は少し良くなったように思えた。



「ほう、これは凄いですね。またウェイドの悪戯かと思いましたが、事実とは。解体と売却を頼みたいということでよろしかったですか?解体は依頼という扱いになりますが」

「もう一つ、俺たち二人分の冒険者登録をお願いしたいです。解体の依頼については相場が分からないのでお任せしてもいいでしょうか?あと、薬になる部位と牙の内、犬歯二本はこちらで引き取りたいです」



 結構面倒なことを頼んでいるとは思ったがサルスタンさんは気にした風もなく、珍しいものを見たと快諾してくれた。依頼料も売却額から引いてくれるそうだ。


「なぁ、なんかサルへの態度と俺への態度が違くねぇか?」

「何故かは分からないがそうしろと天が囁いているんだ」

「ほう、余程高い酒を飲まれたいようだな」

「はいはい、じゃれてないで中に入って登録を済ませましょう。君たち、オルトロスを裏の倉庫へ回しておいてください」


 サルスタンさんは俺らを中へ案内しつつも職員数名に指示を出す。

 建物内部に入ると室内中の人間から視線を感じた。オルトロスの話は広まっているようで囁き声が幾つか聞こえた。こちらにはないであろう未知の服装。まぁボロボロのスポーツウェアだが。そして装備を身に着けていないことを含め品定めでもされているのだろうか。


「それだけ色が濃いとやはり目立ちますねぇ。特別に執務室で私が登録をしてさしあげましょう」

「色、ですか。そうしていただけると助かります」


 トーチもウェイドも言っていたがそんなに俺の色とやらは良いのだろうか。こちらの基準だから俺にはいまいち理解出来ない。

 受付であろうカウンターを通り過ぎ、二階へと続く階段に連れられる。


「組合についての説明の前にこちらにご記入ください。お困りなら代筆いたしますが」


 執務室に入ると四人でテーブルを囲み、ソファーに腰掛ける。

 文字については未ださっぱりで戸惑っているとサルスタンさんが気をつかってくれた。


「二人分私が書く」

「じゃあ頼むな、ありがとう」

「なら嬢ちゃんが書いている間にヒデオが説明を聞けば時間短縮じゃねぇか」


 トーチの申し出を受けると酒を早く飲みたいのであろうウェイドから提案される。


「それでは説明させていただきますね」




 職員がしっかりしていることから結構規律が厳しい組織なのかと思っていたが、概ね俺の想像していた冒険者どおりの緩い規律で相違なかった。



 冒険者は国や個人からの依頼をこなす何でも屋のようなもので、探し物や店の手伝い、薬草採取から魔物討伐まで幅広い仕事を請け負うものである。

 

 冒険者は実力や功績からランク付けがされており、上は一等級から下は十等級まで、各等級によってそれに応じた難易度の依頼を遂行できる。引退した高ランク冒険者に人気の仕事である等級審査官が各ギルドに派遣されており、最初は彼らと手合せと面接を行い、五等級から十等級までに振り分けられる。


 大陸中、様々な国に点在するギルドであるが、国家間の戦争状況によっては行き来することが出来なくなることもある。また、国の存亡に関わる際には所属するギルドの拠点がある国から戦争に強制参加させられることもある。


 冒険者同士の争いには基本的には不干渉で余程のことでもなければ捕縛されないが、この町は警備がしっかりしている為、一般人に手を出せばすぐさましょっ引かれる。



 他にもサルスタンさんが丁寧に説明してくれたが、メリットデメリットを踏まえても問題なさそうだったので同意した。

 説明の途中でトーチは書類を書き終えていたようで、説明が終わるとサルスタンさんがざっとそれを眺める。


「このヒデオさんの出身である日本とはどこでしょうか?」

「ここから遥か遠くにある小さな島国です」

「なるほど、世界は広いですからね。さぞご苦労されたでしょう」


 嘘は言っていない。世界で一番広いこの大陸のほかにも幾つか島国はあるようでそこの出身だと思われたようだ。


「それでは最後に任意でスキルの確認ができますがいかがいたしますか?」

「俺は大丈夫です。トーチはどうする?」

「ん、確認したい」


 複数スキルを持っている人間は少ないと聞いたからな。自分で確認できる俺はわざわざ手の内を明かす必要はない。

 サルスタンさんが持ってきた水晶にトーチが魔力を流すと文字が浮き出る。


「お、何個かありそうだな。なんて書いてあるんだ?」

「冒険者の方々には複数持ちも数多くいますが、有望そうですね」


 文字が読めない俺にサルスタンさんが説明をしてくれる。

 どうやらトーチには風魔法のスキルと薬生成のスキル、弓術のスキルがあるようだ。

 料理のスキルや作物のスキルがないので不思議に思ったが、あくまでスキルは才能の様なものでないから出来ないというわけではないらしい。


「この三つがあれば冒険者として困るこたぁねぇだろ」

「そうですね」

「そっか、良かったなトーチ。一緒にいれるな」

「ん、頑張る」


 冒険者に詳しそうな二人からのお墨付きをもらってトーチは僅かに照れ笑いを浮かべていた。


「それでは書類は受理します。等級審査官からの試験が終わり次第冒険者証を発行いたします。いつごろが宜しいですか?」

「装備がオルトロスに壊されてないので、その収入で装備を整えてからでお願いします」

「わかりました。では早急に済むよう明日にでも知り合いに解体依頼を回しておきましょう。そうですね、明日の夕方にでもまた私を訪ねていらしてください」


 ウェイドもサルスタンさんも今日会ったばかりの俺達に本当によくしてくれている。この恩は必ず返さなきゃな。



「何から何まで本当にお世話になります。ありがとうございます」


 トーチと共に立ち上がり、しっかりと頭を下げる。


「よっしゃ、宿屋行って酒場で飲むぞ」


 仕事ですからと笑い、頭を上げさせるサルスタンさんが話を切り上げると、ウェイドを先頭に執務室を後にした。

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