表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/40

 良い匂いがする。目を開くと綺麗な白髪が映る。

 どうやらトーチの頭を抱きかかえたまま眠っていたらしい。髪からはシャンプーの匂いとはまた違った花の香がする。


 状態はそのままで軽く伸びをするとそれに反応したのか胸元がもぞもぞと動き始めた。

 半分俺に覆いかぶさるかのようにしていた体を起こすと寝ている俺に馬乗り状態で目をこする。


「……おはよう」


 トロンとした未だ視点が定まらない目を見つめていると鈴を振るような声が聞こえた。


「おはよう。たくさん泣いたから瞼が少し腫れちゃったね」


 それに動じることなく、笑みを浮かべて返答する。

 そう、昨夜落ち着きを取り戻したトーチは言葉数は少ないものの会話を交わしてくれるようになった。そして彼女の事情とこの世界の常識について説明を受けた。


 どうしてこのような儚く可憐な少女を迫害するのだろうか。俺には皆目理解が出来ない。

 その後、声についても説明を受けた。脅えるようにこちらを見つめていた為、安心させるように容姿や声の美しさについて力説すると再び涙を流し、泣き疲れて眠ってしまった。





 小川で朝の身支度を済ませて彼女が育てている野菜を収穫し軽い朝食をとる。

 生野菜のサラダは苦手だったのだが思いのほか美味しくいただけた。


「そういえば俺が倒したオルトロスだっけか?あれはどうしたんだ」


 もう用途がない程にボロボロになってしまった剣の代わりにあいつの牙が武器として使えそうだと思ったのだ。

 ちなみにあの錆びた剣を持っていた中鬼はバロンオーガという名前で正規兵からも脅威とされている魔物らしい。


「放置した。強烈な獣臭。平気」


 一拍ずつ置くように言葉を発するトーチ。頑張って伝えてくれようとしている。それを汲み取れる男であらねば。


「強い獣臭にこの辺の動物も魔物も近寄らないってことでいいんだよな」

 

 同意を求めると頷きで返してくれる。


「昨日の話だとあの猫ちゃんかなり強いんだろ?なら素材もかなり高値がつくんじゃないか?」


 そう尋ねると再度首肯するも「でも」と小さくこぼす。


「犬」


 居ぬ?犬?


「え?」


 意味を理解出来ずに聞き返す。


「オルトロスは犬」


 食べ終えた食器を台所の方へと下げながら淡々と伝えてくる。

 え?あんな雄ライオンみたいな鬣しておいてアイツ犬なの?

 恰好つけて決め台詞を吐いていた先日の自分を思うといたたまれなくなってきた。





 トーチ案内のもと戦闘した場所へと向かった。

 一日半野ざらしだったせいか肉の表面は少し痛んでいたが毛皮等は変色することなく死んだままの姿だった。


 オルトロスの素材は武具や防具、漢方等の薬として二対の頭から尻尾にある蛇の頭まで重宝するらしい。

 薬として使う部位は全部あげると伝えるとトーチは珍しく口元を緩めていた。喜んでくれるならなによりだ。



「素人の俺が解体するよりも町か何処かで専門家に頼んだ方がいいよな?」


 そもそも武器に加工してもらおうにも売ろうにも専門家が必要だ。

 そうなるとここを離れることになる。だが命の恩人でもあるこの少女を見捨てるという選択肢が俺にはない。

 

「ん……終日歩き続けると町。案内する」


 表情には出さないよう気をつけていたから俺の苦悩を察したというわけではないだろう。しかし、そうするのが当たり前かのように行きたくないであろう町への案内役をかってでる。

 終日となると四十キロ以上はあるだろう。結構遠いな。


「俺としては嬉しいけど、いいの?」


 昨日の話を聞くかぎり、彼女には厳しい環境であろう。


「ん、これからはヒデオとずっと一緒。守ってくれるから安心」


 目を軽く潤ませ頬を赤らめるトーチ。透き通るような白い肌の為かなり際立つ。

 そして恐らく昨夜宥めている時に咄嗟に紡いだ言葉たちのことを言っているのだろう。あの時俺はなんて言ったんだっけか。


「これからは俺がトーチの側にいてあげるからな」


 うん、言ったな。


「そんな奴ら許せねぇ、俺が全員ぶっ飛ばしてずっと守ってやるからな」


 うん、これも言ったね。くっさいね俺。

 号泣してたから覚えてないと思ったけどこの様子だと完全に信じきっているな。

 いやまぁ、命の恩人だし。見たことないくらい美しいし。仕方ないよな、うん。


 ずっと一人で頑張ってきた十近くも年下の少女だ。俺が報いてあげなければとも思う。

 それに折角、会話や感情表現をしてくれるようになったのに傷つけるだなんて今の俺には出来ない。



「おう、任せろ」


 ドンと来い、と胸を叩いて笑顔を向ける。


「ん、案内は任せろ」


 俺の真似をするように胸を叩くトーチの髪を手の平でぐちゃぐちゃにかき混ぜる。

 一日で憑き物が落ちたかのようだ。母親が亡くなる前もこのくらいは明るかったのかな。




 とりあえず家まで運ぶという話になり、オルトロスの蛇頭を掴む。そのままでも引きずれそうだが汚さないように身体強化魔法をかけて体ごと持ち上げる。ステータスをちらりと確認すると魔力がグングン減っていくのが分かる。燃費が悪そうな魔法だなと溜息。


「おぉ」


 表情の変化は薄いものの、目を丸くして驚くトーチ。パチパチと拍手をして喜んでくれるだけでも魔力の対価にはなったな。

 

 



 窓に目を向けると日が沈んでいくのが見えた。

 家の側にオルトロスを運んだ後は少し慌ただしかった。

 俺と共に町に行くと決めたトーチはまず母親の墓へと向かい、報告をした。俺もそれに倣い、挨拶と決意を密かに伝えた。


 その足で畑へと向かい、町で売る為に作物を全て収穫した。しかし甘そうな果実だと思って盗み食いしたものが激辛の実だったのには驚いた。あたふたする俺にトーチの希少な笑みが見れたのは幸か不幸か。


「水が欲しい。んっ、お願い」


 近寄る気配に夕日の観察をやめて後ろを向くと桶を差し出される。

 トーチは台所で料理をしていたのだが水が足りなくなったらしい。


「ほいほい、食器洗いの分も汲んでおこうか?」


「ん、助かる」


 火をかけっぱなしなのかパタパタと台所へと戻っていく。

 桶を二つ持ち、小川へと向かう。草原を柔らかな風が駆けていく。すごく暮らしやすい気候だな。ここに来るまでの心境の変化がなかったらこのままトーチに養われて過ごしそうだなと考えて一笑に付す。



 トーチが外界の情報を得なくなってから一年。情勢がどれだけ変化しているかは分からないが、聞くかぎりこの世界は日本とは比べものにならない程に命が軽い。

 大小様々な国が土地を奪い合い、滅ぼし合う。平和な村に魔物が押し寄せ殺し合う。人生に転べば奴隷にされ起き上がれることなく徒に処分される。

 更に冒険者と呼ばれる命知らずの職業に、盗賊などのならず者たちも多く存在するらしい。

 力こそが全ての世界。素晴らしい、命を奪い合う美しさに惹かれた俺にピッタリだ。

 それにやっぱりこれは漢のロマンだよな。


「俺は冒険者になるぞ。だから「私もなる」へ?」


 売れなそうな野菜や持ち運べない分の食糧は食べてしまおうということで本日もなかなかに豪勢な食卓となった。

 調味料の問題で日本育ちの俺が食生活になれるのは時間がかかると思っていたのだが、こちらの世界の作物の素材の味は格別であり、なんら問題ない。

 腹も膨れたので今後についての予定を話すことにしたのだが、どうもトーチも冒険者になりたいらしい。


「フードを目深にかぶって行商をしてもいいんだぞ?」


 彼女の父がしていた職であり、拠点を移すであろう俺に着いてこれるということでもある。反対しないだろうと思っての発言だったがお気に召さないらしく首を横に振る。


「一緒。弓と風魔法も使える。優秀な斥候になる」


 淡々と口にはしているが言葉数からも必死なのが伝わる。

 確かに森を案内する時の気配の消し方や身体強化をした俺に着いてこれた敏捷を上げるであろう風魔法を考慮すると即座に否定することも出来ない。



「うーん、一般の魔物や冒険者の強さが分からないとなんともなぁ」


 畑の収穫の際にトーチの動きが気になってステータスを聞いてみたのだが、どうもステータスは一般的なものではないらしい。スキルの確認だけなら特殊な魔法具で出来るらしいが、それ以外はステータス表示のスキル持ちだけが確認できるもので、そもそもの話、複数のスキルを持つ人間自体が珍しいとのこと。つまるところ、ステータスの比較はそうそう出来ないということだ。


「ヒデオ強い。私も頑張る。問題ない」


 おーっと片手を上げるトーチ。表情こそ変わらないが、鼻息の荒さや握られた拳の力強さからやる気がうかがえる。


「まぁそうだな。俺がもっともっと強くなればいいだけの話だな」


 腕を組みうんうんと頷くとそれを真似るトーチ。可愛いなおい。


「そんじゃ明日は早いし体を拭いてから寝ますか」


 沸かしていたお湯を桶に移して布を浮かべる。レディーファーストで譲り、外で待機しようとするも腕を掴まれる。


「布は二枚ある。その方が早い」


 もう一つの布を絞って俺に渡すと、服を脱ぎはじめる。シミ一つない体を思わず目が追いかける。

 向うが気にしないのなら男の俺が気にする必要もない。繕われたスポーツウェアを脱ぐ。

 それでも不躾に見るのは戸惑われたから背中を向けて拭くことにした。


「見たくない?汚い?」


 俺の正面に回り込むと首を傾げながら問いかける一糸纏わぬ天使。

 これはそういう意思表示と捉えていいのだろうか。とりあえず問いかけに否定をしようとする。


「ん、元気そう。嬉しい」


 どうも俺の相棒が先に否定してくれたようで事なきを得る。いや、事なきを得ているのか?むしろ俺の方が意思表示をしている形になっている。 

 もう一週間近く禁欲状態なんだ、許してほしい。





 その後、お互いの背中を洗い合うという嬉しい出来事もあったが、つつがなくそれらを終えてベッドに入る。

 ベッドは一つしかない為、当然横にはトーチがいる。

 俺の方へとその身を寄せるとぽつぽつと語り始めた。


 母親に孫を見せると約束したこと。

 冒険者になるならしばらくは見せれないということ。

 そして、特殊な避妊方法。


「子づくり練習。嫌?」


 上目遣いで見つめる瞳に胸が高鳴る。

 月明かりで部屋はそれなりに明るく、ぶかぶかの寝間着からは桜色のものが見え隠れする。


 あとは俺から言うまでもない。

 据え膳食わぬは男の恥。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ