その後のお話
「しこしこ……ちゅぷちゅぷちゅぷん」
「……おはようオリヴィア。またこのパターンか」
「あら! お目覚めになられましたかマルク様」
目を覚ました俺が最初に見たのは、目隠し姿のシスター、オリヴィアだった。
ここは俺が寝泊まりしている宿。
オリヴィアはそこで、上半身剥かれた俺を治療してくれていたようだった。
「街はどうなった? みんなは? 裸の女性達は無事なのか?」
「無事でございます。あれから一週間ほどが経ちまして……皆さん今は何事もなく働いておりますよ」
矢継ぎ早な俺の質問に、オリヴィアはそう答えた。
どうやら俺は一週間眠っていたらしいが――良かった。街は元通りになったみたいだ。
「おぉ、やっと目覚めやがったかマルク――いや、オレから代わった新ギルドマスターさん」
「ヴァネッサ、君も元気そうだな。……ちょうど良い、あれからどうなったか、詳しく聞かせてくれないか」
俺は体をベッドに横たえたまま、その後のお話を聞くことにした。
まずは、混乱を巻き起こした『終末女神教』の処遇についてだ。
終末女神教団は、戦力的にも立場的にもトップだったブタドスを失ったことにより、全員容易く確保された。
カルト教団。中には教祖に無理矢理働かされる場合もあるようだが、この男達は別だ。
自分の意志で付き従い、女性やその思い人を毒牙にかけてきた。
その罪は言い逃れのしようがなく、公正な裁判が開かれた後に、漏れなく極刑が待っているだろうとの見立てだった。
「マルク、最後にテメェがブタドスにしたこと。あれは……罪には問われなかったぜ。特にオレらが揉み消しを図ることなく、正当な裁きだったと受け入れられたぜ」
「はい。神だけでなく、民衆からも支持を得たのです、マルク様」
「そうか。女性達の同意なく肌を晒させる……そんな非紳士的なこと、許されていいわけがないからな」
騎士団の一人が、あのやり取りを魔法で記録に残していたことも大きかったらしい。
カルト教団の処遇は以上だ。
ちなみに今回操られた街の女性達は、ある二人を除いて、誰一人として乱暴されたという相談も形跡もなかったとのことだった。
もちろん目の前のヴァネッサや、ここにはいないがエルミナも、穢されてはいなかった。
続いて、王国の反応だ。
「マルク、テメェの活躍のおかげで王国軍を追い返したとこまでは覚えてるよな?」
「ああ。王国はあれからどう出た?」
「連絡が再開されたことによって、一応は今まで通りに戻ったぜ。一〇万の軍が動き出したなんてこともねぇ」
矛を収めてくれたようだ。
ただ、少し気がかりがあるのかヴァネッサはこう続けた。
「まぁ、まだどこかで怪しんでいる感じはするけどな……」
「そんな簡単に信用を得られないことは予想済みさ。何せ、交渉役が催眠術師だったわけだからな」
さすがにまた戦争危機とまではいかないだろうが、関係にかげりが出たことは留意しておくとしよう。
そろそろS級もバカンス村から帰還する頃合いだ。
仮に何かあったとしても、今度は一方的な蹂躙を心配することもないだろうが。
王国の話は以上だ。
続いて聞いたのは――
「ベラとユーニスは……どうなった」
かつての仲間のことだった。
彼女達もブタドスに操られていた冒険者の一人だったが――唯一服を着せられていたりと、他と様子が違ったことを覚えている。
ジークの変わり果てた姿を見たこともあって、俺は二人のことを個別に聞いたのだ。
「あの二人は……その、だな……」
「……オリヴィア、一度外に出てもらってもいいか。純朴な君が聞いていい話ではなさそうだ」
「いえ……私も聞きます。私も冒険者なのです、いつまでも現実から目を背けてはいけない……そんな気がするのです」
「分かった。ヴァネッサ、話してくれ」
ヴァネッサが話しにくそうにしていたのは、オリヴィアを気遣ってのことだろう。
俺はオリヴィアの意見を尊重し、一緒に話を聞くことにするのだった。
「二人は……犯されていたよ。何度も何度も、繰り返し繰り返し……内股に刻まれた数え棒の数だけ、な」
「やはり、か……」
「あの二人は無事だったオレ達と違って、街が操られるより前に催眠にかけられていたらしい。意識を取り戻した後に聞いたぜ」
無知なオリヴィアでも酷いことをされたことくらいは理解したのだろう、表情を落としていた。
「ヴァネッサ、君はジークがどうなったかは知っているか? ゴミのように、路地裏に捨てられているのを俺は見たんだが……」
「ああ、見つけたぜ。ひでぇ状態だったな……」
「彼女達は知っているのか、ジークが死んだことを」
「……分からねぇ」
「それは、知らされていない、という意味か?」
「いやそうじゃねぇ……話しても理解しているのかどうか分からねぇ、って意味だ。どこを見ているのか、魂が抜けちまったような、そんな目を二人はしていやがるんだ」
重い雰囲気の中、俺は聞く。
「……二人の様子はどうだ」
「ぼうっとどこかを見つめたり、そう思ったら突然泣き散らしたり。介護がなきゃ一人で飯も食えねぇ状態だ。……マルク、テメェは会わねぇ方がいい。テメェも、そしてあの二人も、ショックを受けちまうことになるからよ」
「男に恐怖を抱くようになったわけか……」
ベラとユーニスは、酷い精神状態に追い込まれているようだった。
いや精神だけではない、肉体もだ。
あれだけの集団に乱暴されたということは、妊娠だって――
誰かも分からない、それもこれから処刑されるであろう重罪人に無理矢理犯されて、子を身ごもったとなったら、彼女達はどうなってしまうのだろうか。
――彼女達にはこれからもまだ、想像もつかない地獄が待っている。
「……ジークは埋葬してくれたんだな」
「ああ。葬儀には誰も来なかったけどよ……」
受付に対して横柄だったりした男だ、人望はなかったのかもな。
俺はそれを聞いて一言。
「ありがとう」
クビにされたとはいえ、顔馴染みだったのだ。
その最期くらいは礼で締めくくってやってもいいと俺は思って、そう口にしたのだった。




