ギルドマスターと騎士団長
「くそっ、王国軍だって? オレ達を反逆者だと思ってやがるのかっ」
「誤解を解かねばなるまいな。ここは騎士団長の私とヴァネッサで――うっ」
事態をいち早く察知したヴァネッサとエルミナが立ち上がろうとするが、すぐによろよろと膝を付いた。
「無理をするなヴァネッサ、それにエルミナも。君達は先ほどまで操られて、俺達と戦闘までしていたんだ。その体では満足に動けまい」
「くっ、本当になんてザマだよクソっ」
「我々が説明しなければ、他に誰が――」
「俺が行く」
その役を買って出たのは俺だ。
エルミナが「しかし」と意見を言う。
「マルク君、相手は王国軍だ。止めるには相応の地位が必要だろう。君は確かにこの街を救った救世主だが、そのことを理解してもらうにもまず、立場のある者が……」
「そうだな。――だからヴァネッサ」
「っ! へへっ……やっとその時が来たってことか!」
ニヤけるヴァネッサ。俺は一つ頷いた後、こう宣言した。
「今から俺が、ギルドマスターになる」
それが、この事態を切り抜ける最善の策だ。
以前持ちかけられた話が、今この時動き出したのだった。
「願ったりだぜマルク、テメェになら俺は喜んで地位を譲るぜ。……ミスばかりで世話かけちまったな、無能なギルマスで悪かった……」
「安心しろ、罪に問われないように図ってやる。君は今までよくやった、たまたまミスが続いただけだ」
「マルク、本当に器のでけぇ……この街は任せたぜ」
ヴァネッサは俺に全てを託す。その顔に不安の色はなく、安心しきった顔をしていた。
そしてもう一組も。
「フリーダ君、君も行くんだ」
「もちろんです団長殿。私はマルクの仲間――」
「今を持って君を、<純白角>騎士団団長に任命する」
「分かりました。――って、ええっ!? わ、私が団長ですかぁっ!?」
フリーダは思わぬ事態に驚いていた。
エルミナは構わず続ける。
「情けなくも私は操られ、街の人々を……騎士団を守ることが出来なかった。だが君だけは戦った。こんな絶望な状況下で戦った。――ならば騎士団長には君が一番相応しい、違うかな?」
「うっ……で、ですが団長殿、私は騎士団のみんなからは嫌われてて……」
「誤解だったことはもうみんな理解しているよ。そうだろう、みんな!」
エルミナが聞くと、女性騎士団の面々が言う。
「そうですね。全てはあの男が仕組んだ罠だったと判明しました」
「だったら、私達がフリーダを疑う理由は何もない。元々その……後ろから斬られるのが怖くて、それで避けていたの」
「悪かったわねフリーダ……償いは必ずするわ。だけどエルミナ団長だけは別のはず。この方だけはずっとあなたを信じていて……だからどうか、団長の言うことは聞いてやってほしいの」
「みんな……!」
騎士団との誤解も解け、フリーダの表情が明るくなる。
エルミナが今一度頼み込み、ジルとオリヴィアがその後に続いた。
「この街を守るためにも、君が<純白角>騎士団団長になる必要があるんだ。今この時だけでも……頼む!」
「受けなさいよフリーダ。あたしも、あ、あんたなら務まると思ってるし」
「ふふ、ちょっとツンデレさん出ちゃってます。私も胸を張ってフリーダさんを推薦します。だってフリーダさんには、誰にも負けない『信念』があるのですから」
「ジルちゃん、オリヴィア……分かったっ! ――でも」
フリーダは意を決する顔付きになったが、一つつけ足した。
「『団長代理』ということでいいですか。確かに私は正義を愛する正義ウーマンで騎士ですが――今は『最後の冒険者』の一員なのです。私の一番の場所は、マルクと、ジルちゃんと、オリヴィアのいる場所なのです」
「そうか……分かった、構わないよフリーダ君。君の意志が何より大事なことだからね。――街を頼めるかな、団長代理」
「はいっ! 任せて下さい!」
こうしてフリーダも、<純白角>騎士団団長〝代理〟という地位を、今だけは手に入れる。
説得の手段が出そろったその時、意識を取り戻した冒険者数人が駆け込むように現れた。
「た、大変だヴァネッサさん! 外に王国軍が……街が包囲されちまってる!」
「間違いなく一万以上はいやがるぞ! い、一体何が起きてるんですかいっ!?」
「一万……短い間によくもまぁそれだけ揃えたものだな」
指揮官が王か誰かは知らないが、見事な手腕なのは間違いない。
指揮官も有能で、血気盛んな一万が相手となれば、説得は簡単にはいくまい。
「急ごうフリーダ。ジルとオリヴィアも一応着いてきてくれ、万が一に備えて潜んでおいてほしい」
「わ、分かったわ。……一万の王国軍との戦い、た、たた、楽しそうじゃないっ」
「ジルさん、そんなにぷるぷる震えなくてもきっと大丈夫です。……マルク様なら、きっと」
オリヴィアが祈りを捧げる中、ジルは「震えてなんかないもんっ」と強がる。
オリヴィアが俺の状態を見て言う。
「マルク様、お怪我をされてます。王国軍を説得する前に、まずは治療を……」
「いや、時間がない、もう行こう。かすり傷だ、必要ないさ」
ヴァネッサとの戦いで血を流していた俺だが、治療は後回しだ。
止血も後回しに、王国軍との戦争を回避する方法を俺はみんなに伝える。
「さっき言ったように、ジルとオリヴィアは潜んでいてくれ。フリーダもどこかに潜んでいてほしい。説得は俺一人で行う」
「えっ! せっかく騎士団長代理になったのに、私の意味ないのかっ!?」
「伝令なんて大抵一人と相場が決まっているだろう? それに、意味がないというわけじゃない」
俺は懐からある武器を取り出した。
それは催眠術師にしか伝わらない伝説の武器。
「王国軍の説得など、俺一人で事足りるという意味だ」
そして、呪われた兵器。
ブタドスから奪った催眠アプリだった。
先ほど俺は王国軍の説得を『簡単じゃない』と言った。
確かに簡単じゃないが――難しいことでもないのである。




