◎ジル視点 昔の女
「火炎魔法スキルTier4――『ファイアストーム』!!」
「わっ、と! なるほど、炎対決ってわけね! ぴょん!」
マルクと別れたあたしはベラとかいう褐色のダークエルフと対決していた。
魔法使いタイプで炎が得意みたいね。熱くなってきた。
「悪いけどマルクが待ってる、手加減出来ないわよ!」
「イマの私相手に手加減? ナメないでもらいたいわね、イマの私にはご主人様のご加護がある。あんたみたいなのには負けないわ。あんたチビだし」
「だ、誰がチビじゃあ!! ――蹴撃スキルTier4.5、『紅蓮脚・獅子』! にゃん!」
一番気にしていることを言われたあたしは、お返しにと炎で蹴り返した。
ベラは避けるも完全回避とはいかずに、わずかに服の端を焦がしていた。
あたしは実力を見切る。
「今のを見切れないんじゃ、もう勝負あったわ、大人しく投降しなさい。まぁ催眠状態のあんたが素直に聞くかどうか知んないけど」
「……ワタシは、負けない。タイセツな人を守るために戦うノ。タイセツな人をもう失いたくない、タイセツなブタドス様――ブタドスが、タイセツ……?」
催眠状態で意識が混濁しているのか、ベラはブツブツと呟く。
そして――
「タイセツな人……タイセツな……じー、く……?」
「あんた――泣いてるの?」
無表情で虚ろな目から、涙がこぼれていた。
あたしみたいに戦意喪失して?
いいや、そうは見えない。
あたしは、ベラの内ももに書かれている文字に視線を向ける。
「……あんたがブタドスに何をされたか、なんとなく察してたわ。どうしてあんた達二人だけそんな酷い目に会わされたのかは、分からないけどさ」
あたしはフリーダやオリヴィアと違って、知識はある方だと思っている。大人なレディーだしね。
だから、このベラとユーニスの身に何があったかは、想像は出来ていた。
その脚に書かれた棒線は、一生残る傷の数と一緒。
「モウ死にたい……ワタシを、殺して……!」
「……分かったわ。一思いにやってあげる、来なさい」
同じ女だから分かる、寝ても覚めても悪夢が襲ってきているのだろう。
あたしは敵の申し出を受け入れて、獅子耳をぴこぴこ動かした。
「アリガトウ。――Tier4、『ファイアストーム』」
「Tier4.5、『紅蓮脚・獅子』!」
最後は冒険者として散りたいのだろう、ベラは渾身の魔法を放つ。
けど今のあたしはTier5にも届いている冒険者。その差がどれだけあるかは、身をもって知っている。
ベラの魔法を簡単に蹴り飛ばすと、一気に肉迫して、蹴り――
「拳闘スキルTier5――『獣人化・子守り熊』!」
飛ばさなかった。
あたしの全力で蹴り飛ばしたら、本当に殺しかねないからだ。
このスタイルは、今までぐにゃぐにゃした奴ばっか相手だったから使わなかったスタイル。
「あんたはまだ死んじゃだめ! ブタドスなんかに、負けちゃだめなんだよ! ――関節技スキルTier3・『三角締め』!」
サブミッションスタイルだった。
ベラの首に両脚を絡ませると、地面に引きずり込む。
首と一緒にあたしの両脚に巻き込まれた、ベラの片腕。その片腕を引っ張りあげて、頸動脈を締め上げた。
完全に決まった。もうあたしからは逃れられない。
「それにまだ――」
「ご、ごほっ!」
体勢的に、ベラの顔はあたしの股ぐら――下腹部部分にある。
そこには、印がいる。
「あたしを救ってくれたマルクなら、あんただって救ってくれるかもしれないんだから!」
だからあたしはベラを殺すことはしなかったのだ。
『あたしはマルクのもの』っていう印を目にしながら、ベラは意識を失うのだった。
「……あたしの声が聞こえてたかは分からないけどさ。あたしにあんたは殺せないよ」
非情になりきれなかったあたしは最後に言って、もう一人の仲間の方を見た。
仲間の名はオリヴィア。
あたしはその仲間を見て――驚いた。
「オリヴィア――あんたも届いたのね、Tier5に!」
オリヴィアがちょうど発動したスキルは、Tier5を確信させるものだったからだ。




