催眠術師のTier5と、最後の冒険者
「あ……終わったのか?」
「なぁんか……あたしの時に比べて長くない?」
裏路地で事を済ませた俺とオリヴィアは、フリーダとジルに合流する。
なんだかちょっと複雑そうなのは、気のせいではないかもな。
だが自分達は仕事仲間だと意識を戻したのか、フリーダがこう言った。
「オリヴィアはTier5に届きそうか?」
「ああ。こうしている今も、そこに向かっている最中だと思うぞ」
「は~、天才って得よね。嫉妬しちゃうわ」
「得なんてありません! そのせいで神の声が聞こえないんですからっ!」
「ひぇっ! ……め、めっちゃ怒られたぁ……ごめんなさいぃ」
ジルはちょっと涙目で謝っていた。
オリヴィアはコンプレックスらしい。ちょっぴり羨ましいコンプレックスなのだった。
話が逸れてしまったが、フリーダとジルがこう続ける。
「後は……あなただけだな、マルク」
「Tier4.5までは届いたんでしょ? あんた自身は、|Tier5は見えてるの?」
「……正直に言っていいか?」
三人の美女達が息を呑んだ。
俺はそれを見て、溜め込んでから言った。
「見えている。恐らく俺も、この戦いの中で習得するだろうな」
「ぷはっ――! 変に溜めないでよ、こっちも息止めちゃったじゃない!」
ジルはなぜか酸欠に陥りながら言った。オリヴィアが続く。
「凄いですマルク様! これでみんな、Tier5に届くのですねっ!」
「うおおおやったなマルク! これが終わったら、みんなでS級だっ!」
「ただちょっと複雑でな……」
「複雑? なによ、またかっこつけ? やっぱり厳しいの?」
「いや、到達するには到達する。複雑というのも難易度の話じゃなくて、気持ちの問題なんだよ。……出来れば、このスキルでは到達したくない」
「と、到達したくない? 一体どういうスキルなんだ?」
フリーダは首を傾げて頭にクエスチョンマークを浮かべる勢いだった。
ここに来てワガママを言う俺は――
「催眠術師として、初めてのTier5スキルがこのスキルでいいのかなっていう――そんなスキルだ」
とだけ言ったが、仲間達はピンと来ていないようだ。具体的なスキル名を聞きたいらしい。
まぁ、聞いたら「ああ~なるほど」と、みんな納得するだろう。
俺はスキル名を言おうと口を開いた――その時だった。
「具体的に言うと、そのスキル名は――」
『ハローマルク君~、フリーダちゃ~ん! それに、お仲間のジルちゃんとオリヴィアちゃんも、聞こえてるかなぁ?』
「この声……魔王ブタドスか!」
突如街中に響いたブタドスの声で話は吹き飛んでしまった。
響き渡るその声は肉声ではなく、きっと通信魔法の一種、『拡声』で届けているのだろう。ノイズ混じりだった。
『いつまでも隠れていないで早く出ておいでよぉっ。絶食期間中だからガマンしてるけどぉ、いつまでも隠れているようだったらこっちも考えがあるよぉ?』
その言葉から、ブタドスは俺達の位置までは特定していないことは判明した。
だが――魔王は隠れ続けるのを許さなかった。
『あと一時間、もし姿を現さないようだったらぁ、僕の傍にいるエルミナちゃんとヴァネッサちゃんをぉ……三〇人の信者君達と一緒に食べちゃいまぁすっ!』
「どこまでも外道な男め……! のんびりはしていられなくなったな」
これは罠だろう。だが行く以外にあるまい。
俺達はたった四人でも街を救うと、そう決めたのだから。
『場所はそうだなぁ……じゃあさっきの冒険者ギルドでぇ! 今からぴったり一時間、鐘が一回鳴ったらもぐもぐタイム始まるからよろしくねぇ、じゃっ!』
そして再び街に静寂が訪れた。
猶予はない、今すぐにでも行かなければならないだろう。
「ヒック! おぅ強化終わったぜあんたら! いつもの窯がねぇからちっと時間かかっちまったが、今やれるだけのことはやったつもりだ!」
「僕の方も。まぁ符呪はランダム性があるから確実な強化とは言えないかもだけど、出来る限りのことはしたつもりだよ……『この街を救ってほしい、催眠術師さん』」
「ありがとう。良いタイミングだ」
そんなタイミングで職人達の仕事が終わった。
ピカピカになった各装備を、ガチャガチャと音を立てながら俺達は身につける。
「俺も幾つかアイテム持ってきてたからよ、使ってくれや」
最後にオーガの道具屋が回復アイテムを重点的に渡してくれた。
オーガの道具屋は言う。
「……俺の女房は店番してたからよ、きっと店の辺りで操られちまったままだ。オーガの伝統すら守れなかった俺が頼むのもおかしいが……女房をどうか、助けてやってはくれねぇか」
「言われなくてもそのつもりだ。ブタドスを倒せば、全て元に戻る」
ブタドスを倒す。
策を立案したが、それは簡単なことではないだろう。
だが今、オーガの女房も、エルミナも、ヴァネッサも。
街も、世界も。
全てを救うには、唯一戦える俺達がなんとかするしかないのだ。
「行くんだな、弟子よ」
そして――俺の師匠、ルドルフも姿を現す。
いつもの笑った姿ではなく、真剣な面持ちで。
「悪いが俺はもう力になれねぇ、さっきの修行で力使い果たしちまったからな。ここに残る職人達を守る力だって、あと数時間ってところだろう」
「分かってるさ師匠。俺達に何かあった時は……大人しく隠れていろよ、もう年なんだからな」
「へっ、弟子が生意気に師匠のこと心配しやがって」
これが最後になるかもしれない。
絶望的な状況から、なんとなくそんな予感を感じてしまう。
「――俺はあちこちに女を作っては、ガキもたくさんこしらえたけどよ」
師匠はまた真剣な面持ちに戻ると、こう続けた。
「弟子はお前一人しかいねぇんだ……絶対に死ぬんじゃねぇぞ、マルク」
「……分かっている。約束だ」
不遇職の催眠術師。
ルドルフ師匠が生涯取った弟子は、俺一人しかいなかった。
俺は、師匠に生きての勝利を誓うのだった。
いよいよ決戦だ。
フリーダが先陣の音頭を取る。
「では行こうか! 私達パーティの――ああもう、パーティ名ないとこういう時格好つかないぞっ」
「確かにそうだな。ここで決めてしまうか」
「はいはいっ! ファイアーキックのジルちゃんズで!」
「ずるいですジルさんばっかり! 私は変わらず『一三神の伝道師』を推しますですっ!」
「なら私は『††††白雲黒点の白濁搾乳液††††』だ!」
「†めっちゃ増えてないっ!?」
ジルが最後にツッコむ。
これから決戦だってのに、締まらない人達だ。
だったらと、俺が渾身の案を披露するが。
「では『惨憺たる天使』は――」
「ダサイ!」
「暗い!」
「厨二! ですっ」
「オリヴィアのツッコミが一番堪えるな……」
却下されました。
すると師匠が言う。
「カカっ! んなもん適当に決めちまえ! 『最後の冒険者』でどうだ、今の状況から取った!」
「ん……まぁ、悪くないんじゃない?」
「ですです。この件を無事に収めれば、箔も付きそうですっ」
「場面も連想されれば間違いなく記憶に残るな。いいんじゃないか、師匠の案というのが気に入らないのと、俺の案が却下されたのが辛いが」
「では、私達は今日から『最後の冒険者』だ! 勝とう、この戦いに! 救おう、この街の人々を!」
『最後の冒険者』が、絶望的な状況下で始動するのだった。
パーティ名あんまりしっくり来てないので変えるかもです。
というか考えてなかった……




