元催眠術師
街全体が操られる中で、俺や師匠ルドルフの周囲の人間は操られていなかった。
それは、純粋な力では俺達の方が優れていることを証明しているに他ならなかった。
広範囲で高威力でもあったが、恐らく耐性以外の対抗手段――例えば同じ催眠術師なんかには効き目がない、などがあるのだろう。
逆転の手は、他ならぬ俺達催眠術師だったのだ。
「敵は手の内をベラベラ喋るような素人集団。付け入る隙はいくらでもある。問題は、操られて敵対している冒険者達をどうやって掻い潜って、敵の大ボス――ブタドスの元まで辿り着くかだ」
「カカっ、そいつが元凶の催眠術師ってわけだな。なるほどな弟子よ、分かったぜお前の言いたいことが」
師匠は俺に変わってこう続けた。
「そいつをぶっ飛ばせばオールオッケーで収まるってわけだ! なんせこれは催眠術だ、術師さえどうにかしちまえばこの街の洗脳は解ける。戦争も止まる」
「ああ。正気に戻った瞬間に全面降伏すれば王国軍は止まる。冒険者側も、報酬もなく王国に刃向かう真似はしないだろうさ」
催眠術師の評判は、この街だけは認められている。
いざとなれば――俺がこの街のギルマスでもなんでもなって、冒険者に降伏を指示すればいいからな。
勝ち筋は見えているのさ。
「だが逆に言えば――」
全てを話した後、俺は言った。
「全てを救えるのは、俺達しかいない」
危険を冒さずに、このまま見過ごすことも出来る。
だがそうなった場合、街は壊滅する。
街は、世界は。
魔王の手に――堕ちる。
「だから力を貸して欲しい。女性にあんな真似を働いた魔王を、紳士として、同じ催眠術師として、俺は放っておくことは出来ない」
最後のは俺のわがままだ。
戦うか、見過ごすか。俺は仲間達の判断に委ねた。
「あんたって本当、つくづく有能よねマルク。どうしてクビになんてなったんだか。分かったわマルク、あんたの説明には納得出来た。――あたしは、乗るわ」
初めにそう言ったのはジルだ。
両手でやれやれといった仕草をした後に、そう言ってくれた。
そして修道女で天才な彼女も。
「私も納得出来ましたです、マルク様。困窮した人々を救うため、そして数々の命を散らさないためにも、この悪魔のような所業を一緒に止めましょう!」
「ジル、オリヴィア、ありがとう、君達の身は俺が命に代えても守る」
俺は戦いに参加してくれた二人に心から感謝する。
最後に――最初に仲間になった彼女に向き合う。
「フリーダ。正義の君なら、もちろん来てくれるよな」
「マルク、もちろんだ――と、言いたいが……今の私が力になれるかどうか……あの悪魔を、〝魔王〟を前にしたら、また脚がすくんでしまうような気がして……」
「いきなり親の仇を目の前にしたんだ、それが普通の反応だ。誰でもああなる」
「し、しかしこのままでは、ただの足手まとい……そ、そうだ! 催眠で一時的に忘れさせてはくれないか、あの〝魔王〟のことを!」
「記憶操作はTier5クラスのスキルだ、無茶言うな。まぁ心を落ち着かせる程度の催眠ならあるにはあるが……君にはいらない」
「で、でもマルク、私は――」
仇を前に、自信を失ったフリーダ。
「君には『信念』がある。仲間がいる。俺達はこんな戦いに負けはしないさ。それとも――」
俺は、ニヤリと笑って皮肉っぽくこう言った。
「君が集めた仲間達は、そんなに頼りないか?」
「マルク……!」
それまで弱々しかった表情を、フリーダはキリっと戻した。
「――そう、だな。泣き言を言っている状況ではないんだ。これ以上あの魔王に命を奪わせないためにも、私は戦う! 私は正義ウーマンだからな! 『もう――私は、堕ちない』!」
フリーダは立ち直る。
そして、ジルやオリヴィアに向き直ると、謝った。
「さっきは済まない、ジルちゃん、オリヴィア。私がもっとしっかりしていれば、さっきのギルドの時には止められていたっ……!」
「フリーダさんは悪くありません。悪いのは全てあの魔王。神も、そしてもちろん私達も、あなたを責めたことなど一度もありません」
「そうよフリーダ、一回の失敗がなによ。……あ、あたしなんて、脚が震えちゃうことしょっちゅうあるし」
「だなジルちゃん! おまけに失敗もしょっちゅうしてる!」
「んなっ! 人が励ましてあげてるのになによもー! 今までのだって失敗じゃないもん!」
女性達の明るい声で、占領されているという張り詰めた空気が和らいだ。
パーティの調子も戻り、戦闘準備は万端だ――
「へっ、待てよあんたら、アイテムは足りてるか? ――男は女を守れ、それがオーガの伝統だ。戦闘はぶっちゃけ出来ねぇが、戦闘に向いたアイテムくらいならくれてやることは出来るぜ。俺にもその話、乗らせてくれや」
「ヒック。酒はたんまりいただいた、今日の俺はやる気マンマンだぜ! おら武器よこせ、炉がなくてもバッカス神の加護を受けた俺様なら、レジェンダリー武器だって作って見せるぜ!」
「アイヴィー、僕たちもやろうか。僕の店にはお宝が沢山あるんだ、それをみすみす略奪されるのは見過ごせないよ……『本当は、誰にも死んで欲しくないってだけだけどね』」
いや、どうやら職人達の目からすると万端ではないようだ。
俺達は決戦に向けて、戦闘準備を行うことにする。
そして――
「装備の方は職人に任せりゃいいだろう。――どうだ弟子よ、久しぶりに会ったんだ、お前の腕がどれだけ成長したか、俺が見てやろう」
「ああ。俺も、新しいスキル習得に向けてちょうどあんたと話がしたいと思っていたところなんだ」
短い時間だが、俺は修練を行うことにする。
スキルTier5に向けた修練を。




