色んな再会
俺でもブタドスでもない『三人目』の催眠術師によって、俺達は冒険者ギルドを脱出した。
街を乗っ取った油断か、それとも催眠アプリの限界なのか。
外にいる住人や冒険者らの動きは鈍く、走っていれば捕まることはなさそうだった。
「さすがに街の外までは逃がしてくれなさそうですっ、どうしましょうっ!」
「お嬢ちゃん、心配なさんな! 隠れるのにぴったりな店を俺がすでに確保してる! カカっ、正に隠れ家的な名店だ、驚くぜ!」
「ち、ちょっとマルク、あのおっさん――いや爺さん? ああもうどっちでもいいけど、誰なのよ!? 着いて行って良いの!?」
先を行くのは、その三人目の催眠術師だ。
白髪で長髪の男。服装は筋肉美を見せびらかすような、上半身裸姿だった。
「若く見えるが結構な爺さんだよ。――大丈夫だジル、あの爺さんは信用していい」
俺達はそんな半分変態みたいな男について行きながら、俺はその男の正体を言った。
「ああ見えて、俺の師匠だからな」
「師匠――この爺さんが、あんたのっ」
「へへっ、元気そうで何よりだぜ弟子! まさかお堅いお前がハーレム形勢してるなんてな! そりゃあ街が操られるなんて天変地異が起きてもおかしくねぇわ、カカカっ!」
「あんたこそ、相も変わらず女性ばかり追いかけていそうだな。裸の女性が練り歩く今のビアンツにいるのも、あんたの女好きがなせる技か?」
「カカっ! 俺がそんな予言めいたスキル持ち合わせているわけがねぇだろ! 最近この街の女に会ってねぇからよ、フラっとやってきたらこの有様よ!」
「どうだか。フリーダ、ジル、オリヴィア、あんまりこの爺さんに近寄るなよ。信用出来るとは言ったが、100信用出来るかは怪しいぞ」
「えぇっ、マルク様のお師匠様なのにですかっ」
「あちこちの女性を口説き落としては、子供を無責任に作っているからな。修業時代によく女性が怒鳴り込んできたのを今でも思い出すよ」
俺が紳士に育ったのも、ある意味師匠のおかげだ。反面教師ってやつだな。
「おいおい無責任じゃねぇ、ちゃんと親の責任は果たしてるぜ? こうやって各地の女とデキたガキに会いに行ってるし、養育費だって払ってる。……まぁおかげでカツカツだがな、カカっ!」
「うぇ、とんでもない爺さんね……まさかこの爺さんも、催眠術で女の人を口説いたりとかしてるんじゃ――」
「催眠術で女を口説く? カカっ、女を口説くのに、催眠術なんていらねぇだろ!」
「え? じゃあ何がいるってのよ」
逃げる最中、一度立ち止まった時に、師匠はこちらを振り向いた。
上に何も着ていない爺さんは自分の胸を親指でさす。
「〝愛〟だぜ」
――師匠は色んな女性と関係を築くが、そこだけはしっかりしているんだ。
だから俺は、この人を師匠とし、そして紳士に育ったのである。
「――まぁ、どっちも最低感あると思うがな」
「カカっ、久しぶりの再会だってのに、ひでぇ弟子だぜ! よろしくなお嬢さん方、俺はルドルフってんだ、まぁ好きに呼んでくれや!」
師匠ルドルフは「ああ、お嬢さん方には手は出さねぇぜ。仲間には手を出さねぇのが俺の主義、それが弟子の仲間でもな、カカっ!」と追加していた。
師匠とそんな会話を交わしながら、俺達は街の裏路地に入った。
そして、師匠の言う安全で隠れ家的な名店に辿り着き、一時の難を逃れたわけだが。
「女性が酒を注ぐ店に連れ込まれるかと思い込んでいたが……なるほど、ここが隠れ家的な名店、か」
「ここは……私とマルクが最初に飲み交わした、あのミルクがおいしいお店ではないかっ」
「ここのマスターが最高のマスターでよ、って……なんだ知ってたのかよ。俺に似て良い趣味してんな弟子よ、カカっ!」
その店とは、俺とフリーダが最初に出会った、あの最高のマスターがいる店だった。
師匠は店の奥に向かって言葉を投げる。
「おう俺だぜマスター、それに皆さん方も! こいつらは俺の弟子とその仲間達だから安心してくれ!」
「店の奥から人が……あっ! あのお方はオーガの道具屋さんに、飲んべえのドワーフ鍛冶屋さん、それにそれに、ゴミ屋敷符呪屋の陰キャエルフさんもっ!」
奥から出てきたのは俺達が強化等で巡った店の職人達だった。
オーガ、ドワーフ、エルフ、そしてマスターが順番に口を開く。
「おぅ、さすがは噂のマルクパーティだぜ、こんな状況でも無事だとはな! オーガの戦士並に頼れる男だ!」
「うぃ~、ヒック。おいマスター、本当にこれが二〇年モノなのか? こっちの安酒の方がうめぇって、バッカス神も言ってるぜ?」
「なんだか僕だけ悪口多い気がするよ、アイヴィー……『気のせいじゃなくて、実際言われてるよ』」
「いらっしゃい夢見る冒険者。街がこんな状況なのは残念ですが」
「――師匠、この職人とマスターだけは無事だったのか?」
職人とマスターは操られている様子はなかった。
俺が聞くと、師匠が言う。
「たまたまこの店で飲んでたのさ。俺もこう見えて昔はこの街で冒険者やってたからよ、久しぶりの再会を祝して、ってやつだぜ」
「なるほど、運が良かっただけということか。……まだ昼間なわけだが、いつから飲んでたんだ?」
「あ~、いつからだっけな? ちょっと前からのはずだぜ、昨日の晩くらいからか?」
「はぁ、二日前の晩からだよ……無理矢理付き合わされて、こっちは辟易してるよ、ねぇアイヴィー……『本当は、色々話聞けて楽しかったけどね』」
「やっぱりな……どうせまた借金でもして店を貸切ったんだろう? 全く、年を考えろ師匠、早死にするぞ」
「んだ弟子よ、相変わらず俺の女みてぇにグチグチ言いやがって。いいじゃねぇか、結果としてこの四人だけは救ったんだからよぉ」
師匠は子供みたいに口を尖らせて、言い訳する
どこから金が出てくるのか謎かもしれないが、出所は簡単だ。
師匠は裕福な女性とも複数関係を持っているので、そこから借りて――いや、支援してもらっているだけなのだ。
「久しぶりの再会のところ悪いんだけどマルク、この状況、これからどうするのよ?」
「おっとすまないジル、どうもこの男がいるとペースがな。話を戻そう」
珍しくジルに注意されて、俺は意識を戻した。
そして言った。
「じゃあみんな、これから街の奪還作戦を立案したいんだが」
「ヒック!? ウハハっ! お前も二〇年モノ飲んだのかぁ催眠術師! 冒険者の街が乗っ取られたんだぜぇ? そこから街を取り戻すってことはつまり――」
ドワーフの鍛冶屋は酔っ払いながらも、現実を突き付ける。
「全ての冒険者を敵に回して、勝つ。そういう意味だぜぇ、ヒック。酔っ払い以下の発想だぜ、正気とは思えん」
「俺は正気だし、酔っ払ってもいない。状況は理解しているさ、その上でこの戦い――」
そして、俺はお決まりのセリフを発するのだった。
「勝ち筋はある」




