ヤったか、ヤっていないか
「ドゥフフ、それじゃあ話してもらおうかなぁ、君達四人の関係を」
ギルドに併設される酒場、そのテーブルの一つに座ると、向かいに座ったブタドスが言った。
俺は聞き返す。
「関係? そんなものを聞いてどうする」
「ドゥフ、そんなもののために、僕は街を支配したんだから、当然でしょぉ?」
「ずいぶんと良い趣味をしている」
何を考えているのか知らないが、ろくでもないことは確かだろう。
俺は皮肉で返した後、こう続けた。
「お前に話すことは何もない。話すのはお前の方だ。この街をどうやって催眠にかけたのか、目的はなんなのか言え」
「んー、マルク君は、何か勘違いしてるみたいだけどぉ」
ブタドスは表情を歪めると、人さし指で指示を出した。
「君達はもう、包囲されてるんだよぉ? 冒険者の街ビアンツ――その全ての冒険者達から、ね。ドゥフフ!」
エルミナとヴァネッサと、そして他の冒険者に武器を抜かせたのだ。
無数の刃物が抜かれる音を脅し文句に、俺達を脅迫する。
俺の仲間の誰かが息を呑む音がしたが。
「お前は運が良い、ブタドス」
「ドゥフ?」
俺は引かなかった。
「今この街にはS級以上の冒険者がいない。S級以上がいたならば、低位の催眠術になどかからないからな。……今頃きっと、バカンス村の依頼に群がっているに違いない」
「ドゥフフ、そうかなぁ? エルミナちゃんやヴァネッサちゃんは結構な実力者だと思うけどぉ?」
「俺は同じ催眠術師だ、もう見抜いている。高レベルの者を複数操るのは、その二人で限界なんだろう」
「……ドゥフ。同業者ってのは、イヤだねぇ」
俺は畳みかけるように言った。
「俺達はS級だ」
「ドゥフ!? ――だったら、どうだと言うんだい?」
「分からないか? 有象無象の冒険者に取り囲まれたところで、いつでもお前を殺せると言ったんだ」
「や……や、やだなぁマルク君、そんな怖いこと言わないでよぉ」
俺は逆に脅してやったのだ。
交渉術は催眠術師の数少ない得意分野だ。言葉に催眠効果を乗せることもあるからな。
従来、催眠術はS級どころかA級の対象から効果が落ちるはず。
だが、今の街全体を操ったということは、そのA級すらも操ってみせたということ。
そもそも街全体を操るなど俺には到底出来ないが、この男はやってのけた。
そんなブタドスだが――この焦りよう、純粋な実力は俺の方が上なのだろうか。
何か秘密があるに違いない。
「ブタドス、こうしよう。俺達の関係を聞きたいというのなら、お前も俺の聞くことを話せ。このままじゃらちが明かない」
「……ドゥフフ、いいよぉ、そうしよぉ。君達の関係を教えてくれるなら、僕はなんだって話すよぉ!」
質問を間違えないようにしないといけないだろう。
脅しをかけたとはいえ、それは半分こちらの強がりなわけだからな。
S級相応なのはフリーダとジルだけで、その二人も俺のバフが切れたら終わりなのだから。
俺は、短い時間の中で質問を厳選した。
「まずは俺からだ。――今の街の状態を教えろ。リフトも含め、街は完全に封鎖したのか?」
「ドゥフ、そうだよぉ。本国に知られたらさすがに面倒だからねぇ。街の出入り口の門とリフトは完全に封鎖してあるんだよぉ」
ブタドスは完全に封鎖と言ったが――俺達は侵入出来た。
恐らく新設されたバカンス村方面のリフトの存在を知らなかったからだろう。
あんな奥まった地下にあったため、あれだけが難を逃れたのだ。
まぁ……俺達の侵入に気付いたから、そのリフトも今頃は封鎖されているに違いないが。
「じゃあ次は僕の番だねぇ。――マルク君は、三人の女の子とヤったの?」
「なっ、何言ってんのよコイツ!」
「落ち着けジル、質問には俺が答える。――答えはヤってないだ、ブタドス」
この非常事態に本当にどうでもよさそうな質問をされ、ジルは気味悪がっていた。
俺は次の質問をする。
「お前こそ、街の住人に手は出していないだろうな。ここにいる裸のエルミナとヴァネッサ、他の女性冒険者や、男性も含めた街の全ての住人だ。お前の仲間共々、手を出しているというのならば――」
「ヤってないよぉ、だって今は〝絶食中〟だからねぇ、信者君も手は出してないよぉ。……もし教えに反して何かしたら、僕の厳しい躾が待ってるからねぇ」
俺はブタドスが言うと同時に、他の信者達に目を向けた。
ヴァネッサ達とは違い、しっかりと目に光のある、通常の状態だ。
……どうやら手を出していないのは真実のようだ。
『躾』という発言を恐れる男共の目。それが全てを証明していた。
「次は僕の番。四人は、これからヤる予定はないのぉ?」
「あるわけない。仕事仲間だからな」
「この方は……一体何を仰っているのでしょう……?」
「オリヴィア、考えるだけムダよ。まともじゃない」
俺も同感だと、心の中でジルに同意した。
しかし今は情報を得る貴重な時間、俺だけはそれを表に出さないように、次の質問に移った。
「――どうやって、街全体を催眠に落とした」
「ドゥフっ!? ……そ、その質問はさすがに答えられない、かもぉ」
それはこの話の核心部分だった。
さすがのブタドスもそれを知られてはまずいと言い淀むが。
「いいのか? 俺達四人の関係で、取っておきのがあるんだがな」
「ドゥフっ!?」
ブタドスは俺達四人の関係と、街を操ったからくりとを天秤にかけて、迷いだしたのだった。
普通なら迷うわけもないが、ブタドスのような異常者は別。
俺が一番聞きたかったのはこのからくりだった。だがあえて質問半ばで出すことで、交渉の成功率を上げたのだ。
「ぼ、僕が街を操れたのは、この『催眠アプリ』を手に入れたからだよぉ!」
天秤が傾いた。
ブタドスはあるアイテムを手にして、こちらに見せる。
「まさかあの――催眠アプリ、だとっ」
それは、催眠術師なら誰もが知っている武器なのだった。




