☆ジーク視点 旅の終わり ①
「私から仕掛けるわ! 後はお願いね、ジーク、ユーニス!」
「分かっておりますベラ、勝って全てを終わらせましょう」
「ド、ドゥフフ、酷いなぁ、僕は除け者かい?」
ダメだ、行くな――!
俺は必死にもがくが体は言うことを聞かない。
作戦通り、ベラが仕掛けてしまった。
「火炎魔法スキルTier4――『ファイアストーム』!!」
炎が渦を巻いてサイクロプスを焼く。
あの無能野郎がいた頃なら、これ一発で終わったのに――サイクロプスには微塵もダメージが通っていなかった。
咆哮だけで炎は切り裂かれ、サイクロプスの目が光る。
「神聖術スキルTier4――『セイクリッド・パワー』!! ジーク様、奇跡をお見せください!」
「任せろ、ユーニスちゃん」
「ドゥフ、じゃあ僕は、サイクロプスにデバフかけるねぇ」
そして、俺が俺の意志に反して、攻撃を仕掛けた。
ベラと入れ替わるように俺は突撃すると、剣を振り上げた。
――不思議と、体は軽かった。
これならマジで行けるかもしれないと、一瞬思った。
誰かの意志に操られたままに、サイクロプスの一つ目目掛けて剣を振り下ろした。
そんな時だ。
「ドゥフっ! あっ、ごっめ~ん!」
「な、なんですかブタ! デバフはかかったのでしょうね!?」
「うん! ――でも間違えて、ジーク君にデバフかけちゃったんだ~っ!」
「はっ……? ウソでしょ!?」
ブタ野郎が、白々しい様子でそんなことを口走りやがった。
そいつの攻撃がサイクロプスに届く前に――サイクロプスの棍棒が俺の腹にめり込んだ。
「グガァっ!!」
「ごっ――はぁっ!?」
体が軽い。それも勘違いだったようだ。
この俺が気付くことすら出来ない速さで、サイクロプスの棍棒にぶん殴られて吹き飛ばされたからに過ぎなかったのだ。
「ジ、ジーク!」
「ジーク様っ!?」
俺は勝利を待っていた二人、その背後の岩壁にまで吹き飛ばされて、叩きつけられた。
ぶん殴られた痛みからなのか、そこで俺の体は自分の意志で動くようになった。
ごろごろと地面をのたうち回りながら、俺はうめいた。
「い――でぇぇぇぇっ! し、死ぬぅぅっぅっ! おぅぇっ!!」
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい!
どれだけ体勢を変えようとも痛みは消えないし、和らぐこともなかった。
次に俺はせり上がってくるものを感じ、四つん這いになった。
口から吐瀉物を撒き散らす。今日食った物全て吐いちまう勢いだった。
ただそれにしちゃ――赤すぎねぇか? 今日俺は、赤い物なんて何も食ってねぇはずなのに。
「ドゥフフ、汚いなぁ。でもほとんどそれ、血だね。内臓潰されて出血しちゃってるんだねぇ」
「ジ、ジーク様、ジーク様! か、回復を、今回復を!」
「無理だよぉユーニスちゃん。ここまでの傷はTier5じゃなきゃ回復出来ないよぉ? それにサイクロプス君もこっち見てるしねぇ?」
「ぐすっ――そう思うなら肉壁でもなんでもなりなさいよブタ野郎! 私とあんたで治療の時間を稼ぐしかないのよ!」
「ドゥフ、無理無理ベラちゃん。君も魔力尽きてるんじゃないのぉ? そもそも通じてなかったしねぇ~。……これ以上抵抗されると、サイクロプス君じゃあ上手く手加減出来ないなぁ」
「手加減、出来ない……? は……? ど、どういうことよ」
ベラは泣きべそを書きながら、ブタドスの最後の言葉の意味を尋ねた。
ブタドスは、両手を広げた。
「ドゥフ! なんとこのサイクロプス君は、僕が操っていたんでした~っ! ――気付いていなかったのかい? 僕だけ攻撃されていなかったことに」
「な……何こんな状況で馬鹿なこと言ってるのよ! あんたみたいなC級催眠術師が、そんなこと出来るわけ――」
「出来るんだなぁ。こんな風に、ねっ」
「なっ、コインを捨てて――」
ブタドスは自分の武器であるはずのコインを――投げ捨てた。
そして『別の武器』を取り出しサイクロプスに向けると、その一つ目が光る。
「グ、ガァ」
そして。
サイクロプスは手に持っていた巨大な棍棒で、自らの片腕を叩き折ってしまったのだ。
ユーニスはその異様な光景を前に、へたり込んで言う。
「そ、そんな……自分で、自分の腕を……!」
「ドゥフ、信じてもらえたかな? まぁこの『武器』と、何より僕の催眠力があれば、このくらい造作もないことなんだよねぇ、ドゥフフ!」
ブタドスがその武器とやらを見せびらかすが――俺にはそれがなんなのか分からなかった。
同じ催眠術師なら、分かるのかもしれない。
「待って……目的は、なんなのよっ!」
そう言ったのはベラだ。苦しむ俺に変わって、ブタドスを糾弾する。
「一体なんの目的で、私達にこんなことをっ!」
「そんなの決まっているじゃないか。――おーい、みんな出ておいで~」
ブタドスが言うと、どこからともなく人が現れて、俺達を取り囲んだ。
「な、何よこいつら! 一体どこにこれだけ隠れてたってのよ!」
「ん~、別に特別なことはしてないよぉ、そんなスキル誰も持ってないし。A級のくせに、君達の注意力が足りないだけなんじゃないかなぁ?」
取り囲んだ人間の数は三〇人はいた。亜人は一人もおらず、全て人間種。
そしてよく見ると、全員体のどこかに鎖を巻きつけていて、全員――
「な、なんですかこの男性達はっ。私達を取り囲んで、助けに来た、というわけではないのですかっ」
男だった。
「違うよユーニスちゃん。君達は選ばれたんだよ」
ブタドスが言うと、男達は一斉にブタドスの方を向いて、片膝でひざまずいた。
まるで、このブタ野郎を崇めるかのようにして。
ブタドスは、改めるようにこう続けた。
「喜びたまえ、ベラちゃん、ユーニスちゃん、それにジーク君も。君達は選ばれたんだよ、この僕の――捧げ物にね」
「は……?」
「捧げ物、ですって……?」
ベラとユーニスは、目を点にして言った。俺もそんな感情だ。
すると、俺達を取り囲んでいた男の一人がブタドスの前にまで行き、再びひざまずいて、こう言った。
「き、教祖様、恐れ多くも申し上げますっ。あ、あのサイクロプス野郎の催眠が解けかかって――こ、このままじゃ俺達も襲われ」
「は? うるさいなぁっ! 解けてもすぐには暴れないって僕言ったよねぇ、この物覚えの悪い愚か者!」
ブタドスは激高すると、足を振り上げて、ひざまずいていた男の頭をそのまま踏み付けた。
グシャ、という、潰れる音がした。
男は激しく地面に顔を打ちつけて、それだけで動かなくなっていた。
だというのに。
「愚か者! 愚か者! 愚か者! 愚か者! 愚か者! 愚か者! 愚か者ぉっ!」
ブタドスは何度も何度も、頭だけを踏み続けていたのだ。
ここからじゃ男がどうなったか分からないが――ピクリとも動かなくなったのははっきりと見えていた。
「な、なんなの……アイツ……」
「お、おぞましいっ……!」
ベラとユーニスは青ざめた顔で戦慄している。
だが今は――この状況に呆けている場合じゃねぇんだ。
ユーニスは今も、俺に無駄と分かりつつも回復魔法をかけ続けていた。
俺はそんなユーニスと、ベラに小声でささやいた。
「すまねぇユーニス、動けるくらいには回復したぜ。いいかよく聞け、俺が仕掛けたら――ユーニスとベラは、ここから逃げろ」
「ジ、ジーク、何を言って」
「説明は出来ねぇ、俺もこの状況が読めねぇんだ……だがとにかく、やべぇってのはお前達でも分かるだろっ……!」
「でも、ジーク様はっ……!」
「いいから行け……! いいな、一刻も早くこの場を離れて、誰でも――あの無能催眠野郎でも誰でも構わねぇ、助けを呼ぶんだっ、いいな!」
そうだ、今は逃げることが最優先だ。
幸いブタドスとその仲間共は、奴のサイコな行動で注意が逸れている。
今なら逃げられる。二人を逃がせるはずだ。
俺は二人の女に、最後にこう言った。
「ベラ、ユーニス――愛してる」
「ジーク……ジークっ……!」
「ジーク様っ」
「逃げるんだ、いいな! ――ブタドス! てめぇよくもこの俺様をぉぉぉっ!」
「ドゥフっ!?」




