バカンス村は再興する
今回もまさかのS級大物だったが、クラーケンは無事倒した。
常夏のリゾート地・バカンス村には従来通りの平和が訪れた。
そして――
「パ、パネェ! 団体の冒険者さんがまた来たっすよー!」
「こっちもじゃサンセツ! こりゃあ大忙しじゃあっ!」
ビーチには大量の冒険者で溢れかえっていた。
「どうやら上手くやれたようだな」
「んむ、ここまで人が来るとは思わなかったが」
「金持ちってのは物好きねぇ。ま、それに釣られる冒険者も冒険者だけどさ」
「もにゅもにゅ……イカさん美味しいですっ」
最後のオリヴィアは、串に刺さった焼かれたイカを食べている。
ここまで人が増えた理由は、このイカだった。
事の成り行きを説明しよう。
最初はクラーケンを倒したこと、そしてそれが美味だったことを宣伝したんだ。
そしたら珍味マニアの金持ち貴族――本来ビーチの客層に当たる人物がすぐさま食いついた。
そこまでは、客足の回復なんて微々たるものだったが――
その貴族が、もっと食べたいと冒険者に依頼を出したのだ。破格の値段で。
つまり、ここにいる冒険者は皆S級かそれ以上ということだ。
俺達が有名になりつつあることもあって、依頼の信頼性は始めから高く、こうやってすぐに腕利きの冒険者がやってきた次第なのだった。
「冒険者もみーんな水着ね。……あたしらが着せられたえちえち水着ってなんだったのってくらい、フツーの水着だけど」
「あれは君達を宣伝塔に仕立てあげようとしてやったことだからな。観光事業が戻った今、あのアブナイ水着は必要なくなったということだろう」
「私達の水着も普通に戻りましたものね。これが従来の水着なのですねぇ……」
仲間達の水着は普通の水着に戻り、そして冒険者達も皆水着姿だった。
冒険者達も基本的には普通な水着だったが、スタイルに自身のある冒険者はなかなかエグいのをチョイスしている者もいた。
S級だろうと、水着だって着る。
俺は女性の一人が、パンツの食い込みを親指で直したところを見る。
――今のは偶然目に入っただけだ、紳士に反した行いではないと断っておく。
「しかし普通のイカも美味しいな! ヘンテコな見た目で避けていたが――ミルクに合う!」
「ミルクに合うかどうかはさておいても、美味いのは事実だな。クラーケン以外の普通のイカも美味いから、客足はしばらく減らないんじゃないかな」
クラーケンは俺達が仕留めたやつだけだが、イカの数は心配なさそうだ。
冒険者達はいずれ去るかもしれないが、この盛況ぶりが広まって従来の客層も戻るに違いない。
村の平和だけでなく、観光事業も元に戻ったと言ってよさそうだった。
「それにこのねばねばのイカスミも美味しいですっ。れろぉ……くちゅくちゅ」
「そ、それは良かった。俺は遠慮しておこう」
「何よ、美味しいのに。このだまになったとことかサイコーっ……ごっくん♪」
例の白濁イカスミも美味しいらしいが、俺はパスした。
まぁ、見た目がちょっとな……俺だけでなく、ここに来た男性冒険者は皆回避していた。
女性冒険者は舌でペロペロしながら食していたが。
――言っておくがイカスミだぞ。食糧だからな。
「とにかくこれで依頼は完了だ。S級大物も倒した、俺達は文句なしにS級試験を突破したと言えるだろう」
「これでS級になれるのだな!」
「いやフリーダ。まだ大きな関門が残っている」
「ごっくん! ……そうね。マルクと、オリヴィアにはまだアレが残ってる」
「Tier5スキルの習得――で、ございますね」
試験は問題なくパスした。
だが、最後の関門がまだ残っているのだ。
Tier5――頂点スキルの習得だ。
「どうなのだマルク、掴めたりしているのか?」
「取っかかりくらいは考案したつもりだ。クラーケンとの戦いがヒントになった」
「取っかかりって……もしかしてそれって、あたしが見せたような――」
「ああ、ジル。Tier4とTier5の間くらいのやつだな」
こう言えば俺がどのTierのスキルを考案したか分かるだろう。
多くは語らないでいると、オリヴィアが続いた。
「まぁ、さすがマルク様です。私は……まだ見当もつきません。神聖術スキルの方が早く習得出来るのか、それともメイススキルの方なのか……」
「そう焦らなくていい、A級でも十分稼ぎにはなる。それにもしかしたら、俺の考案したスキルが君を次のステージに引き上げる可能性があるからな」
「まぁっ! そうなのですねっ」
「上手くいけばな。まずは君の体質、『全基本耐性+10000%』を破らないといけないのだが……そちらの考えがまだまとまっていない。――ここはやはり、一度師匠に会うべきかもしれないな」
手を組んで感激気味のオリヴィアを尻目に、俺はそう考える。
自分と同等レベルの催眠術師と意見を交わせば何かヒントは見えるかもしれない。
俺は、今どこにいるか分からない人物を思い浮かべるのだった。
「ふぅ、疲れましたじゃ……おや皆様、そろそろお帰りなのですかの?」
「スイムン村長。ああ、依頼は終わったからな、俺達は一足先に帰るとする」
「ガチのマジでありがとうございましたっす! これで俺達村人も、ビンボーな思いしなくて済みそうっすよ!」
「君も元気でな、サンセツ補佐。あと言葉は直せよ」
騒々しかった村人二人は去って行く。
フリーダがそんな二人の背に手を振りながら、俺に言った。
「では私達も着替えて帰りの支度をするとしよう! 帰りもリフトだから楽ちんだな! ――いやー、水着の絵を残されると聞いた時はどうなることかと思ったが……クラーケンが破壊してくれて助かったっ」
「……だな。ほら、君達は着替えてこい。俺は少し寄り道をしてからにする」
「何よ、寄り道って。……ははーん、さては覗きするつもりでしょっ!」
「俺をなんだと思ってる、紳士がそんな地獄の使いみたいなことするわけないだろう。――なに、ちょっとした用だ、ちょっとした、な」
紳士な俺がそんな定番ネタはしないと言い切って、女性達とは一度別れた。
そして、ある人物らを追跡して――小屋に辿り着いた。
「じ、爺ちゃん、アレは無事ってマジっすかっ!」
「ムフフ、当たり前じゃっ。危うくクラーケンにめちゃめちゃにされそうじゃったが、一枚だけ、隠し描きさせていた絵がここに――」
「ほう、それは誰を隠し描きしていたんだ?」
「むおっ、マ、マルク殿っ!?」
向かった先はスイムン村長とサンセツ補佐のいた小屋だった。
俺はこの二人を尾けていたのである。
「い、いやこれはその……ですじゃっ」
「ち、違うんすっ! これにはワケが――」
「ほほう、フリーダ、ジル、オリヴィア、女性全員が一枚に収まった絵か。考えたな、あの時確かに一枚ずつだけと約束したものな、これなら一枚だけとカウントされる」
「そ、そうですじゃっ! これは契約通りですじゃっ!」
「だが村長、俺も描かれているのは契約違反じゃないのかな?」
「なぬっ!? ……本当なのじゃ! おなごのボデーに夢中で気付かなかったのじゃ! 男の水着姿など価値が下がると言うのに、誰じゃ描いた画家はっ!」
絵には俺も描かれていたのだ。端っこにだが。
価値が下がると言われて複雑だったが、俺はそこを突く。
するとサンセツがまだしつこく粘る。
「じ、爺ちゃん、今なら金はあるっすよ!」
「そ、そうじゃ、違約金なら払う――」
「女性の水着姿を隠れ描きするビーチ。こんな悪評が広まったら、バカンス村がどうなるか分かるよな?」
「参りましたですじゃ」
「早っ!! 爺ちゃんそんなあっさり!?」
「ま、まぁ財政状況は改善したしの、絵はもう必要ないですじゃ」
村長はあっさりと隠し描きした絵を差し出すのだった。
元々は宣伝のために描かせた絵だ、客足が回復した今はもう必要ないということだ。
「ではこの絵は没収させてもらう。またな、スイムン村長、サンセツ補佐」
「ああ……水着美女の絵が……っす」
俺は絵を回収して小屋を出た。
跡形もなく燃やすかどうか考えたが――
「……みんな、良い笑顔だな。思い出に一枚、もらってやってもいいか」
絵は片手に収まるくらいのコンパクトなサイズ。
その小さな絵に写る女性陣は、すごく良い笑顔で描かれていたので、俺は思い出にこっそりもらうことにするのだった。




