波打ち際のクラーケン戦 ② いやらしイカの本気
「隙ありだ!」
そう言って敵の隙を見つけたのはフリーダだ。
水着状態だというのも忘れて、豪快に脚をかっぴらいて、渾身の力で十字に斬る。
「片手剣Tier5――『グランドクロス』!」
「ブシュルルルッ!?」
「効いた!? 脚を一本切ってやったぞ!」
クラーケンが悲鳴を上げた。
高い物理耐性を誇るクラーケンだったが、かなりのダメージを受けたように見えた。
「フリーダさん、やりましたっ! これもマルク様の催眠デバフのお力なのですね」
「いや違う。クラーケンに俺のデバフは入っていない」
「えっ……ではなぜ、急に攻撃が通ったのでしょう……?」
「俺もそれを考えている」
俺はフリーダとジルが戦っている今も、コイン片手に催眠デバフをかけ続けているのだが――
一度たりとも、かかった手応えはない。
オリヴィアが言う。
「もしかして、フリーダさんが一撃必殺なスキルに変えたからでしょうか?」
「だがそれならジルの『竜断』だって通っておかしくないはず。変化したのは墨を吐いた後――そうか、見ろオリヴィア、クラーケンの体が萎んでいる!」
「ほ、本当ですっ! 白いの出してから、小っちゃくなってますっ!」
クラーケンは白濁液――墨を吐いてから、一回り萎んでいたのだ。
力が弱まったことでフリーダの攻撃も効いたのだろう。
ジルは俺達の会話を耳ざとく聞いていたようで、ジルも仕掛ける。
「それならあたしだって! Tier5――『竜断』! にゃん」
ジルは猫――ではなく獅子化して蹴りを放つと、クラーケンの足がもう一本千切れ飛んだ。
敵の弱点は判明した。
墨を吐いた後に、一点集中を仕掛ければ物理寄りの俺達でも勝てる。
皆がそう思った時、クラーケンが反撃に転じる。
「み、皆さん気をつけて! 白いのぴゅっぴゅしてきますっ!」
「やだっ! キモっ! ぴょん」
「簡単にぶっかけられる私ではないぞっ!」
オリヴィアが注意を発し、ジルとフリーダは避けた。
勝利が見えた油断か。それともぶっかけはマズイという女性の本能か。
二人は身動きが取れない空中方向へと避けていた。
「空中はまずい! 二波が来たら避けられんぞ!」
「ブシュルルルッ!!」
こんなふざけたクラーケンだが、S級だ。
一瞬の判断ミスを見逃すことはなく、長く太い足でジルの片足を掴んだ。
「しまったっ! にゃん!」
「ジルちゃん! ――させない!」
だがこちらも次期S級。
素早くフリーダが反応して剣でイカの足を斬ろうとする。
だが――
「ブシュルルルッ! ドピュ!」
「くあっ! 体液がかかってっ」
読み合いはクラーケンが上回った。
フリーダはイカの白い液体をもろに被って、暗闇デバフを受けてしまう。
俺が状態異常耐性アップをかける前だったので、フリーダは攻撃をミスしてしまった。
「何よっ、こんな足、振り払って――はにゃっ?」
ジルは自力で抜け出そうともがいたが――その拍子に、はらりと、布が一枚落ちた。
「にゃーっ! 水着がーっ! お、おっぱい見えちゃうにゃーんっ!」
「た、大変ですっ! ジルさんの水着が脱げちゃいましたっ! それも上下とも!」
「なんだって!? ジル、無事か!」
「無事なわけないわーっ! あとあんたはこっち見るなマルクーっ!」
ジルは戦闘どころではなくなり、両手でどうにか大事な部分を隠す。
もう頼れるのはフリーダだけだと、俺はフリーダを見るが。
「こ、こっち見ないでマルク、私のこんな姿――」
「何を君まで体を隠すようなことをしている。大丈夫だフリーダ、その白濁液はただの墨だ、深い意味は――」
「ち、違うのっ! 水着溶けちゃったのっ!」
「なん、だと……!」
フリーダの普通な爽やか水着は、イカスミで溶けてしまったようである。
体に火傷の痕がないことから、水着だけが溶かされたようだが……一体どんな成分なんだ。
とにかくこっちもこっちで、戦闘不能に陥ったようである。
「フリーダさん、と、取りあえず暗闇だけは治します! ……水着は無理ですが」
「うぅ、す、すまないオリヴィア。なぁマルク、一旦着替えに戻っても――」
「だ、ダメに決まってるでしょーっ! こっちは裸なのよっ! にゃん!」
「そんな暇はさすがにない。まぁ……イカも出しすぎてふにゃふにゃになっているが」
サハギンクイーンを引きちぎる怪力も今のクラーケンにはないようで、ジルは空中に吊られているだけだ。
「ちょっ、くすぐったい……ひゃははははっ、にゃん!」
むしろ他の足がにゅるにゅるジルの肌に触れる度、くすぐったさに笑っているくらいだった。
「マ、マルク、どうしようっ。これでは戦えないっ」
「マルク様、かくなる上は私が――」
「待てオリヴィア。勝ち筋はある」
はやるオリヴィアを止めると、俺はそう言った。
そして、この戦いを遠くで見ていたであろうある人物に、呼びかけるように叫んだ。
「スイムン村長! フリーダの水着には仕掛けがあると言っていたな! それは水着が全て溶ける、という機能ではないはずだな!?」
「あわわわわ、このままじゃ村が……って、こんな時に何を聞いておりますのじゃっ!? ま、まぁ確かに、フリーダ殿の一見普通な水着にだけは、一見普通な水着じゃなくなる仕掛けが施してありますが」
「だ、そうだフリーダ。手を退けてみろ」
「えっ、で、でもっ!」
「大丈夫、村長らは遠くにいる。――君の水着姿を俺に見せてほしい」
「う……うんっ、マルクが言うなら……で、でも、マルクだけの特別だよっ」
村長達には見えないように、俺は自分の体で隠してやる。
フリーダは顔を背けながら、その美しい体を見せてくれた。
ああ……確かに、と。
フリーダ自身が裸と勘違いしてしまうのも無理はないな、と、納得した。
「自分の目で良く見ろ、ちゃんと大事な部分は隠れているじゃないか」
「ほ、本当だ……で、でもっ、これ」
「勝ってS級になるんだろ? 君が頼りだ、相棒」
「マルク……わ、分かった、私も正義を愛する女騎士、心を決めりゅっ♡」
フリーダは手で隠しているので、まだ彼女の全貌は分からない。
だが確実に裸ではないその新衣装で、フリーダは戦う意思を固めるのだった。




